[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

少量の塩基だけでアルコールとアルキンをつなぐ

[スポンサーリンク]

カリウムtertブトキシドを触媒とするαアルキルケトン合成法が報告された。遷移金属を用いず、高い原子効率の炭素炭素結合形成反応である。

遷移金属を用いない炭素炭素結合形成反応

遷移金属触媒を用いた炭素炭素結合形成反応は有機化合物の強力な合成手段の1つであり、数多の新奇変換反応が開発されている。しかし、遷移金属は毒性やコスト面の制約があり、使わなくて済むのならば用いないことが理想である。そのため、近年遷移金属を用いない変換反応の開発が報告されている。なかでもカリウムtertブトキシドは魔法の試薬であり、数々の遷移金属を用いない反応が報告されている[1]。例えば、2010年に報告されたハロゲン化アリールとアレーンとのクロスカップリング反応がある[1c]。本反応は、カリウムtertブトキシドを当量以上必要とする(1A)。最近では、カリウムtertブトキシドで触媒されるヘテロアレーンのC–Hシリル化反応も報告された(1B)[2] 。しかし、未だカリウムtertブトキシドを触媒として用いる反応は限定的である。

 今回、ワイツマン科学研究所のMilstein教授らは遷移金属触媒を用いないαアルキルケトン合成法を見出したので紹介する(1C)。カリウムtertブトキシドを触媒として用いた新たな反応となる。

図1. カリウムtert-ブトキシドを用いた反応 (A)クロスカップリング (B)ヘテロアレーンのシリル化(C)α-アルキルケトン合成

“C–C Bond Formation of Benzyl Alcohols and Alkynes using Catalytic Amount of KOtBu: Unusual Regioselectivity via a Radical Mechanism

Kumar, A.; Janes, T.; Chakraborty, S.; Daw, P.; Wolff, N. V.; Carmieli, R.; Diskin-Posner, Y.; Milstein, D. Angew. Chem. Int. Ed. 2019,58, 3373-3377.

DOI:10.1002/anie.201812687

論文著者の紹介

研究者:David Milstein

研究者の経歴
1976 PhD, Hebrew University of Jerusalem (Prof. J. Blum)
1977-1978 Posdoc, Colorado State University (Prof. J. K. Stille)
1979-1982 Senior Research Chemist, Central Research and Development Department, DuPont Co.
1983-1986 Group Leader DuPont Co.
1987-1992 Associate Professor, Department of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
1993-          Full Professor, Department of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
1996-2005 Head, Department of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
1996-          The Israel Matz Professorial Chair of Organic Chemistry, Weizmann Institute of Science
2000-2017 Founder and Head, Kimmel Center for Molecular Design, Weizmann Institute of Science

研究内容:選択的官能基化の開発、環境調和的な均一性触媒の開発と応用

論文の概要

 トルエン溶媒中、触媒量のカリウムtertブトキシドを添加しベンジルアルコール1と一置換アセチレン2を加熱下反応させると、αアルキルケトン3が良好な収率で得られる。ベンジルアルコールの芳香環および、アルキンの置換基に電子供与性の置換基、電子求引性の置換基のいずれを有していても本反応に適用できる(2A)。アルキンの置換基としてアリール基の代わりにシクロヘキシル基やノルマルヘキシル基を用いても中程度の収率で3が得られる。

 種々の機構解明検討の結果、本反応は以下のようなラジカル機構で進行すると考えられている(2B)(1)カリウムtertブトキシドによるベンジルアルコールの脱プロトン化、続くフェニルアセチレンとの水素移動(HAT)によりアルコキシラジカルAの生成(2)Aのフェニルアセチレンへの挿入によるアルコキシラジカルBの生成(3)Bから1,2-水素シフトによりCを生じ、BCから1,3-水素シフト、1,2-水素シフトによりDの生成(4)Dの共鳴構造であるEのプロトン化によりラジカル中間体Fを生じる。(5)アルコキシドとFとの水素移動によりエノール体3’を与える。3’の異性化によりαアルキルケトン3が得られる。

図2. (A) 基質適用範囲, (B) 推定反応機構

今回、カリウムtertブトキシドを触媒とする新奇αアルキルケトン合成法が開発された。ベンジルアルコール限定ではあるものの、標的化合物が類似の化合物の場合、有用な反応であろう。

関連するケムステ記事

参考文献

  1. [a] Sun, -L.; Shi, Z.-J.; Chem. Rev. 2014,114,9219. DOI; 10.1021/cr400274j [b] Barham,J. P.; Coulthard, G.;Emery, K. J.;Doni, E.;Cumine, F.;Nocera, G.; John,M. P.; Berlouis,L. E. A.; McGuire, T.; Tuttle,T.; Murphy,J. A. J. Am. Chem. Soc. 2016,138,7402. DOI; 10.1021/jacs.6b03282[c] Sun, C.-L.; Li, H.; Yu, D.-G.; Yu, M.; Zhou, X.; Lu, X.-Y.; Huang, K.; Zheng, S.-F.; Li, B.-J.; Shi, Z.-J. Nat. Chem. 2010, 2, 1044. DOI; 10.1038/NCHEM.862
  2.  [a] Toutov, A. A.; Liu, W.-B.; Betz, K. N.; Fedorov, A.; Stoltz, B. M.; Grubbs, R. H. Nature 2015, 518, 80. DOI; 10.1038/nature14126 [b] Liu, W.-B.; Schuman, D. P.; Yang, Y.-F.; Toutov, A. A.; Liang, Y.; Klare, H. F. T.; Nesnas, N.; Oestreich, M.; Blackmond, D. G.; Virgil, S. C.; Banerjee, S.; Zare, R. N.; Grubbs, R. H.; Houk, K. N.; Stoltz, B. M. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 6867. DOI; 10.1021/jacs.6b13031 [c] Banerjee, S.; Yang, Y.-F.; Jenkins, I. D.; Liang, Y.; Toutov, A. A.; Liu, W.-B.; Schuman, D. P.; Grubbs, R. H.; Stoltz, B. M.; Krenske, E. H.; Houk, K. N.; Zare, R. N. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 6880. DOI; 10.1021/jacs.6b13032
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 電子1個の精度で触媒ナノ粒子の電荷量を計測
  2. 論文執筆で気をつけたいこと20(1)
  3. カルベンで炭素ー炭素単結合を切る
  4. アンモニアがふたたび世界を変える ~第2次世界大戦中のとある出来…
  5. 美しきガラス器具製作の世界
  6. ネコがマタタビにスリスリする反応には蚊除け効果があった!
  7. ケムステスタッフ Zoom 懇親会を開催しました【後編】
  8. ケムステのライターになって良かったこと

注目情報

ピックアップ記事

  1. 工業製品コストはどのように決まる?
  2. 高峰譲吉の「アドレナリン」107年目”名誉回復”
  3. サリンを検出可能な有機化合物
  4. リーベスカインド・スローグル クロスカップリング Liebeskind-Srogl Cross Coupling
  5. 第172回―「小分子変換を指向した固体触媒化学およびナノ材料化学」C.N.R.Rao教授
  6. カテラニ反応 Catellani Reaction
  7. 実験と機械学習の融合!ホウ素触媒反応の新展開と新理解
  8. 大学院生のつぶやき:UCEEネット、ご存知ですか?
  9. パット・ブラウン Patrick O. Brown
  10. カラッシュ・ソスノフスキ-酸化 Kharasch-Sosnovsky Oxidation

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年3月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

ヤーン·テラー効果 Jahn–Teller effects

縮退した電子状態にある非線形の分子は通常不安定で、分子の対称性を落とすことで縮退を解いた構造が安定で…

鉄、助けてっ(Fe)!アルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化

鉄とキラルなエナミンの協働触媒を用いたアルデヒドのエナンチオ選択的α-アミド化が開発された。可視光照…

4種のエステルが密集したテルペノイド:ユーフォルビアロイドAの世界初の全合成

第637回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科・天然物合成化学教室(井上将行教授主…

そこのB2N3、不対電子いらない?

ヘテロ原子のみから成る環(完全ヘテロ原子環)のπ非局在型ラジカル種の合成が達成された。ジボラトリアゾ…

経済産業省ってどんなところ? ~製造産業局・素材産業課・革新素材室における研究開発専門職について~

我が国の化学産業を維持・発展させていくためには、様々なルール作りや投資配分を行政レベルから考え、実施…

第51回ケムステVシンポ「光化学最前線2025」を開催します!

こんにちは、Spectol21です! 年末ですが、来年2025年二発目のケムステVシンポ、その名…

ケムステV年末ライブ2024を開催します!

2024年も残り一週間を切りました! 年末といえば、そう、ケムステV年末ライブ2024!! …

世界初の金属反応剤の単離!高いE選択性を示すWeinrebアミド型Horner–Wadsworth–Emmons反応の開発

第636回のスポットライトリサーチは、東京理科大学 理学部第一部(椎名研究室)の村田貴嗣 助教と博士…

2024 CAS Future Leaders Program 参加者インタビュー ~世界中の同世代の化学者たちとかけがえのない繋がりを作りたいと思いませんか?~

CAS Future Leaders プログラムとは、アメリカ化学会 (the American C…

第50回Vシンポ「生物活性分子をデザインする潜在空間分子設計」を開催します!

第50回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!2020年コロナウイルスパンデミッ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP