博士論文も書き終わり、ようやく時間ができたので減圧蒸留について書いてみたいと思います。今回の記事は初めて減圧蒸留する人向けのテクニカルな内容です。蒸留には確認しなければならないことが結構あるので、実際にやる時になったら昔こんなケムステ記事もあったっけ?っていう感じで読んでもらえると嬉しいです。ちなみに今回の記事の内容はラウールの法則やら、蒸留の原理が何ぞやなどが理解できている前提での話ですのでご注意ください。
はじめに
蒸留は準備が大変。カラムで精製できるなら、できれば蒸留なんてしたくない。。。と思う人もいるかもしれませんが、スケールが大きくなった際は蒸留の方が断然楽です。コストも安いです。例えば、医薬品や農薬の合成に必須の再結晶と同様に、香料業界や石油化学業界では蒸留が多用されます。
とは言っても、実際のところ大学の研究室においては、1 g 程度の化合物なら自動精製カラムで精製してしまった早くて楽かもしれませんね。ただし、5 g を超えたらカラム精製は非現実的です。諦めて蒸留しましょう。蒸留で得られた化合物は多くの場合、溶媒のコンタミもありませんし、個人的にはカラム精製より綺麗になるのではないかと思っています。(もちろん反応や化合物にもよるし、蒸留が適用される化合物は大抵シンプルということもあるのだろうけれど。。。)
そんな感じの嫌われ者の蒸留の中でも一番面倒くさいのが、減圧蒸留。しかも、初めての減圧蒸留する場合、ほぼ必ずどこかで失敗するので、いいイメージを持っておられない方も多いもしれません。しかし、抑えるべきポイントさえしっかりカバーすれば、簡便に大量の化合物の精製が可能となります。以下ではそんな減圧蒸留のポイントを紹介していこうかと思います。
準備(基本)
基本的に準備するものは以下の通り。ガラス器具の組み方は学生実習で習った通りです。
温度計、適当な大きさの受け口フラスコ、蒸留管、分留受器、オイルバス、適当なポンプ、減圧に耐えるホース、デュアー、冷却管、スターラー、クランプ、、、こんなところでしょうか。
準備(特に注意すべきこと)
学生実験を見ていて発生する減圧蒸留の失敗の半分は準備に問題があります。準備をしっかりしておけば、蒸留は簡単です。いかに注意点を羅列します。
- 大抵、蒸留で精製する化合物は低沸点です。収量をあまり気にしないならいいのですが、少量スケール(1 g-)の実験の場合は特に、合成前に化合物の沸点をしっかり把握しておくことが重要です。あまりにも沸点が低いものの場合、反応溶媒や、濃度、work upの溶媒種類と量を検討するべきです。化合物と溶媒の沸点が近い場合はかなりの量をロスします。
- 一般的にラボでの蒸留で分けられる主生成物と副生成物の沸点の差の限界は±20 °C程度です。沸点の近い副生成物、溶媒、小過剰入れる出発物質などがcrudeにコンタミしないように反応をデザインすべきです。
- 蒸留に用いるガラス器具に星や傷が無いか必ず確認しましょう。高真空で引くと割れます。
- 減圧蒸留にはポンプが必要です。減圧度に応じて適切なポンプ(高真空ポンプまたはダイアフラムポンプ)を選びましょう。減圧度はマノメーターで測るのが一般的かと思います。現実的には、ラボには真空度の異なるポンプがいくつか転がっていると思うので、適切そうなやつを引っ張ってきて、そいつを使うのが楽かと思います。
- リービッヒ冷却管の大きさなどは化合物の量に合わせて調整しましょう。小さいスケールの蒸留器具はこちらなど。
- 減圧度の調節は三方コックやシュレンクについている弁を用いて調節したり、圧力調節機能付きエバポレーターの圧力調整弁を利用すると便利です。
- 特に高真空蒸留を行う場合、ポンプと蒸留管の間にドライアイストラップ(もしくはKOH管や液体窒素トラップなど)などをかまし、ポンプへの有機化合物の吸入を防ぎましょう。同時に、これによりもし万が一突沸した時に化合物の回収が可能になります。(蒸留に失敗し、シュレンクが化合物まみれ。。。といった事態も見たことがあります。)
- 普通の合成と同じように、化合物を受ける全てのフラスコの重さを量っておきましょう。器具と器具のジョイント部分はグリースを塗るか、PTFEもしくはテフロンリングでシーリングすることで、減圧度のロスを防ぎましょう。(個人的にはグリースは混じると面倒臭いので、最近はもっぱらPTFEリングを使っています。下にも写真を載せておきました。)
- 蒸留装置が組み終わったら、まずは空のフラスコを組み立てた蒸留装置につけて、空気漏れがないか確認しましょう。また、水冷管の水の向きが合っているかの確認も。
- 蒸留前には化合物の量に応じて適切なフラスコに、化合物を入れ替えてから蒸留することが重要です。私は最終的な液体量がフラスコ容量の1/2位までになるようにしています。(化合物が多すぎると突沸に気をつける必要がある一方で、フラスコが大きすぎるとロスが多くなります。バランスが大事ですね。)
- 蒸留前には必ずしっかりと溶媒をとばしましょう。飛ばさずに蒸留を始めてしまうと溶媒が飛ぶまでずっと待つ羽目になったり(そのせいで、冷却ドライアイストラップが詰まってしまったり)、突沸したりと、いいことはありません。蒸留条件が80 °C、10 mbarとかだと、ロータリーエバポレーターでしっかりと(40 °C, 10 mbar)引いてしまってから、蒸留するといった感じです。沸点の低いもの、高いものについてはそれぞれそれに合わせて溶媒をとばす条件をご検討ください。
- 蒸留温度は基本的に、60 – 150 °Cが妥当かと思われます。僕は大抵80 – 120 °C位でできるように、ポンプの真空度をいじっています。あまりに高温になりすぎると、オイルが痛みますし、低沸点過ぎた場合は化合物のロスが発生します。沸点計算はAldrichさんが供用してくれているこちらのNomographなどが便利です。
蒸留
準備が完了したところで、ようやく蒸留の開始です。。。。
- 蒸留中はずっと蒸留の様子をみているようにしましょう。(ラボノートを書いているうちに、いつの間にかフラスコが空焚きになってたり、知らぬ間に蒸留が始まっててフラスコを変えるのを忘れていたみたいな失敗案件は僕も経験しました。)
- まずは冷却用の水を流し、スターラーが暴れない程度にできるだけ激しく攪拌、その後真空度を少しずつ上げていきます。(スターラーを先に回したり、真空度を徐々に上げていくのは、突沸を防ぐためです。フラスコの中身がブクブクとなっていたら、それ以上真空度を上げるのは一旦やめ、暫く経って低沸点の不純物の揮発が収まってからまた徐々に上げていきましょう。)
- その後、フラスコをどっぷりとオイルバスに浸け、真空度が目的とする状態に近づいたらオイルパスの昇温を開始します。(スターラーをオンにした段階でフラスコを浸けておいてもいいですが、その段階でオイルバスはオンにしないようにしましょう。オイルバスを初めから昇温しておくと突沸の原因となります。)
- 昇温を開始したら、蒸留装置にアルミホイルか綿などを巻き付けて保温します。蒸留が始まり、蒸留装置の上に刺している温度計の温度が一定になったらフラスコを変え本留分を取ります。蒸留の最終留分は捨ててOKです。
- もし、化合物量が少なく、crudeがかなり綺麗であることが分かっている場合、蒸留が終わったら、蒸留管をヒートガンで炙って最後の一滴まで回収することも可能ですが、急に熱し過ぎたことによる不純物のコンタミには十分な注意が必要です。
- 蒸留は報告されている沸点の+20 °C位のオイルバスの温度が適切です。その温度になっても蒸留が始まらない場合は、温度を上げるか、真空度をさらに上げるかしましょう。
- 蒸留が終わったら、まずはオイルバスを切り、フラスコをオイルバスから揚げます。そして徐々に真空を解放し(場合によっては窒素もしくはAr置換)ます。水も止め、必要ならポンプの空運転もしておきましょう。液体窒素のトラップを使った場合は、液体酸素ができないように、早めにデュアーからトラップを抜いておきましょう。
その他
- 沸点が例えば40度など、かなり低沸点の化合物の場合は、受け口のフラスコをドライアイスバスに浸けて水冷管の代わりに用いてダイレクトに揮発性物質を回収するなど、工夫が必要です(下に昔やった簡易蒸留の写真を載せておきました。)。
- エバポレーターで到達可能な減圧度での蒸留の場合は、減圧度調整機能付きのエバポレーターを経由して蒸留すると、わざわざマノメーターで減圧度を計ったり、三方コックで減圧度を調節したりせずに済むので便利です。
- 壊れやすい化合物の場合は、蒸留前にBHTなどの酸化防止剤を入れたりすることがあります。また、エバポレーターに使う低温循環機を冷却に用いれば、水温以下の低温での冷却、より低い温度での蒸留も可能です。
- 沸点が近く分けずらい副生成物がある場合は、蒸留用のカラムを取り付けることで理論段数を稼ぎましょう。(もっとも、これができるのは結構なスケール(sub mol)での仕事になるので、一般のラボで実際に行うかどうか微妙なところかもしれません。)
- 常圧蒸留の場合は絶対に密封系にしないようにしましょう。窒素置換に使った空の風船もしくは塩カル管を付けておくようにすればコンタミが防げます。(僕も一度M1の時にやらかしましたが、密封系にすると爆発の原因となります。これだけは絶対に注意してください。)
- 大量スケールの溶媒の蒸留には蒸留塔を立てましょう。また、純度がそれほど気にならない場合はロータリーエバポレーターで溶媒の不純物を除くことも出来ます。
- 水銀柱を真空度の測定に用いた場合、それを元に戻すときは必ずゆっくりと行うこと。急にコックを開き、圧力を開放すると水銀が跳ね上がって真空柱が割れます。ものによっては圧力を開放する前に、傾けてから解放してやると跳ね上がりをある程度防止できたりするものもあるので、初めて使うときは特に注意しましょう。水銀はまき散らすととても厄介です。近年はデジタルの真空計?が市販されているのでそちらを使えば、水銀の心配は必要ありません。
まとめ
今回は基本的な(ちょっとAdvanced?)減圧蒸留操作についてまとめました。より詳しい蒸留については香料屋さんがこういった事情に詳しいので、友達にそういった分野で働いている人がいたら聞いてみてください。