第192回目のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学研究院(王子田研究室)・進藤 直哉 助教にお願いしました。
本成果は、これまで見過ごされてきた医薬設計コンセプト「コバレントドラッグ」に焦点を当てた研究です。結合が強力であるという利点の反面、望まぬ標的にくっついてしまうと影響も大きいためそもそも忌避されてきた設計指針なのですが、進藤先生らは独自の結合基を開発することによってこの課題をスマートに解決しています。筆者自身、とあるシンポジウムで研究ストーリーを拝聴したことがあるのですが、発見に至った化学系の設計がかなり巧みであり、大変感銘を受けました。興味を持たれた方は、是非とも原著論文を当たって頂けると幸いです。Nature Chemical Biology誌に掲載される栄誉を果たし、プレスリリースとしても公表されています。
“Selective and reversible modification of kinase cysteines with chlorofluoroacetamides”
Shindo, N.; Fuchida, H.; Sato, M.; Watari, K.; Shibata, T.; Kuwata, K.; Miura, C.; Okamoto, K.; Hatsuyama, Y.; Tokunaga, K.; Sakamoto, S.; Morimoto, S.; Abe, Y.; Shiroishi, M.; Caaveiro, J. M. M.; Ueda, T.; Tamura, T.; Matsunaga, N.; Nakao, T.; Koyanagi, S.; Ohdo, S.; Yamaguchi, Y.; Hamachi, I.; Ono, M.; Ojida, A. Nat. Chem. Biol. 2019, 15, 250–258. DOI: 10.1038/s41589-018-0204-3
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
狙ったタンパク質と高選択的に共有結合を作るための、新たな求電子的反応基を見出しました。
コバレントドラッグは標的タンパク質と共有結合を形成して不可逆的に機能を阻害し、強く持続する薬効を示します。しかし、非特異的な反応は副作用の原因になるため、標的選択性が極めて重要となります。最近、アクリルアミドなどのマイケルアクセプターで標的のシステイン残基と結合するコバレントドラッグが盛んに開発されていますが、選択性は必ずしも十分ではありません [1]。
我々は、標的以外の生体分子とはほとんど反応せず、可逆的相互作用で標的と近接したときのみ十分な反応性を示すような、新たな求電子的反応基を探索しました。今回報告したα-クロロフルオロアセタミド基 (CFA) はマイケルアクセプターよりも反応性が穏やかですが、システイン残基と近接することで十分な反応性を示します。実際にEGFRというキナーゼ (肺癌の分子標的のひとつ) の阻害剤に応用し、阻害活性はアファチニブ (マイケルアクセプター型の既承認薬) と同等で、選択性は遥かに高い化合物を見出しました。下図のゲル画像は化合物と共有結合したタンパク質を蛍光ラベル化したものですが、マイケルアクセプターと比べCFA誘導体が高濃度でも非常に高いEGFR選択性を示すことが分かります。
また、CFA−チオール付加体の加水分解という面白い現象も見出しました。標的タンパク質との付加体は可逆的相互作用等で安定化されますが、オフターゲットチオールはCFAと反応しても加水分解により再生します。これは普通のマイケルアクセプターには無いCFAの特長で、高い標的選択性に寄与しているものと考えます。最終的にNS-062という化合物がin vivoでもアファチニブと同等の抗腫瘍効果を示し、結晶構造で想定する共有結合の形成も確認しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
個人的には、やはり化合物の構造に思い入れがあります。EGFR阻害剤の開発では、CFAを反応点となる797番目のシステイン残基に近づけるため、ドッキングモデルを眺めながらキナゾリン骨格とCFAの間のリンカー構造を色々考えました。あるとき、リンカーをD-プロリンにしたら良さそうなことに気が付いて実際に合成したところ、これがピタリとハマりました。この構造に辿り着くまでに時間がかかったこともあり、化合物のパフォーマンスには興奮を覚えました。
また、CFA-チオール付加体が加水分解されることに初めて気が付いた瞬間も印象に残っています。はじめは全く予期しておらず、CFAにはフッ素があるので19F NMRでスクリーニングや反応追跡ができないか検討していました。CFA由来のフッ素ならダブレットのはずなのに、いつも見えるシングレットピークがあったため、フッ素が脱離しているのでは…?というところから加水分解の発想に至りました。このお陰で、CFAがただ反応性が低いだけではないユニークな反応基になったと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ほとんどノウハウがないところからスタートした研究なので、困難の連続でした。難しかったところを具体的に挙げるとキリがないのですが、実験を担当してくれた学生さんと共同研究者の皆様のおかげで乗り越えることが出来ました。特に大変だったのが、質量分析による定量プロテオミクス解析のためのサンプル調製と、マウスに投与したNS-062がin vivoで実際にEGFRと共有結合していることを示す実験です。いずれも論文のリバイスで要求されたのですが、前者については当時博士課程の学生だった渕田大和博士 (現・大鵬薬品工業) が、後者については博士課程学生の佐藤磨美さんが共同研究者の渡先生 (九大薬学研究院) のご助言のもと、文字通り寝る間も惜しむような不断の努力の末に達成してくれました。どちらも論文では一つのFigureの一つのパネルですが、当時の苦労を見ていた僕としては本当に頭が下がります。なお、渕田博士と佐藤さんは論文のCo-first authorです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
僕は王子田研に来る前は、学部生からポスドクまで新しい有機反応の開発に力を注いできました。今回報告したコバレントドラッグの研究は一見全然違うことをしているように見えるかもしれませんが、それは全くの誤解です。実際、有機化学をする場所がフラスコの中から生きた細胞の中に変わっただけで、僕自身有機化学を研究しているという認識は今も昔も変わっていません。一方で、フラスコの中と生細胞の中は全く異なる環境なので、フラスコの中では反応性が低すぎて使えなかったようなものが意外な有用性を示したり (CFAがまさにそうです) 新しい発見が沢山あります。生細胞中の有機化学はフラスコの有機化学と比べるとまだまだ未開拓で、魅力的な新発見がまだまだ眠っていると思うので、今後もしばらく引き続き追求していきたいと考えています。将来的には、有機化学が出来る場所をもっともっと広げていければと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
僕の研究生活は有機合成化学から始まりました。今回論文の表に有機合成はほぼ全く出てきませんが、研究全体を通して有機化学の視点で物事を考え、化合物をデザインし、実際に合成する能力は非常に重要な部分を占めていたと思います。一方、有機合成以外の部分では、その道のプロフェッショナルである先生方との共同研究が無ければ研究が成り立ちませんでした。普段有機合成を研究されている読者の皆さまも、色々な分野の研究に興味を持って話を聴きに行くことで、自分の持つ「有機化学力」の今までとは違う使い方が見えてきたり、共同研究の伝手ができるのではないかと思います。
最後にこの場をお借りして、研究室主宰者の王子田先生、貴重な時間を割いて研究に協力をいただいた共同研究者の皆さま、粘り強く実験をして結果を出してくれた王子田研の学生さんたちに深く感謝申し上げます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
- B. R. Lanning et al. A road map to evaluate the proteome-wide selectivity of covalent kinase inhibitors. Nat. Chem. Biol. 2014, 10, 760‒767. doi:10.1038/nchembio.1582
研究者の略歴
名前:進藤 直哉
所属:九州大学大学院薬学研究院 創薬ケミカルバイオロジー分野 助教
2006年3月 東北大学薬学部卒業
2008年3月 東北大学大学院薬学研究科修了
2011年3月 京都大学大学院薬学研究科修了
2011年5月~2013年4月 The Scripps Research Institute Research Associate (Prof. Valery Fokin)
2013年6月 九州大学大学院薬学研究院 特任助教
2016年11月より現職