[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

チオカルバマートを用いたCOSのケミカルバイオロジー

[スポンサーリンク]

チオカルバマート型硫化水素ドナー分子を用いた硫化カルボニル(COS)の生理学的機能の研究が行われた。COSが量依存的な細胞毒性を示すことが明らかとなった。

硫化水素と硫化カルボニル(COS)

硫化水素(H2S)はガス状シグナル伝達物質の一つであり、体内にてイオンチャネルの制御や心血管の保護などの重要な機能を担う(1)。そのため、硫化水素のもつ生理機能の解明や疾患治療への利用を目的とした研究が盛んに行われている。この研究ツールとして、気体で取り扱いが困難な硫化水素に代わり、局所投与や投与濃度のコントロールが容易な「H2Sドナー小分子」が用いられてきた。その一つに、チオカルバマート型ドナー分子がある(1)。この分子は保護部位、リンカー部位およびCOS担持部位からなり、自己分解により生じる硫化カルボニル(COS)を経由して、細胞系中でH2Sを発生させるCOSH2Sへの変換は細胞中に含まれる脱酸脱水酵素(CA)の役割である。今回の著者であるオレゴン大学のPluth准教授らは、エステラーゼによる加水分解を起点とした、自己分解及びCOS生成を経由するH2Sドナー分子(チオカルバマート型ドナー分子)を開発している(1A)(2)。この研究にて、COSがミトコンドリアの呼吸を阻害することで、細胞毒性を示すことが示唆された。COSは細胞系中では速やかに分解されるためその性質を調べるのは困難であったが、当該研究はこのH2Sドナー分子がCOSの生理学的機能を調べる上で新たな研究ツールとなりうる可能性を提示した。

 今回著者らはCOSが細胞毒性を有することを踏まえ、チオカルバマート型ドナー分子のCOS生成速度の違いが細胞毒性に与える影響を調査した(1B)。エステル部位の嵩高さ及び芳香環の電子状態をパラメータに設定し、COSの生成速度を変化させた種々の誘導体を合成した。エステルの加水分解及び自己分解が速く進行する分子は、COSの生成速度がCAによる分解速度を上回り、COSが細胞内に蓄積する。そのため、COS生成が遅い誘導体よりも強い細胞毒性を示すことが予想される。

図1. (A)エステラーゼを起点としたCOS/H2Sドナー (B)今回の内容

 

Esterase-Triggered Self-Immolative Thiocarbamates Insight into COS Cytotoxicity

Levinn, C. M.; Steiger, A. K.; Pluth, M. D. ACS Chem. Biol.2019, 14, 170.

DOI: 10.1021/acschembio.8b00981

論文著者の紹介

研究者:Mike Pluth

研究者の経歴:
-2004 B.S., University of Oregon, USA
2005-2008 Ph.D., University of California Berkeley, USA (Prof. Robert G. Bergman and Kenneth N. Raymond)
2008-2011 Posdoc, Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Stephen J. Lippard)
2011-2016 Assistant Prof. at University of Oregon, USA
2016-  Associate Prof. at University of Oregon, USA
2018-  Assistant Vice President for Research. at University of Oregon, USA
研究内容:COSH2Sのケミカルバイオロジー

論文の概要

著者らはまずチオカルバマート型ドナー分子エステル部位の嵩高さが異なる誘導体を合成後、エステル部位がH2S発生速度にどのような影響を与えるかを調べた(2A(i))。エステラーゼ及びカタラーゼ存在下にてチオカルバマート分子を作用させ、H2Sプローブを用いてH2S発生量を測定した(2A(ii))。その結果、ナフチル基等の嵩高い置換基を導入した誘導体は、シクロプロピル基等の小さな置換基を導入した場合よりもH2Sの発生速度が低下した。この原因として嵩高い置換基がエステラーゼによる加水分解の反応速度の低下を引き起こし、COSひいてはH2S発生速度が減少したことが考えられる。この結果より、小さな置換基をもつ誘導体はCOS生成速度が速く、細胞中にてCOSの蓄積が増加するため、より強い毒性を示すと予想された。そこで、これらの誘導体を細胞へ投与し細胞毒性を測定したところ、実際にメチル基等の小さな置換基をもつ誘導体は嵩高い置換基をもつものよりも強い毒性を示した(2A(iii))。これよりCOSは量依存的な細胞毒性を示すと判明した。

 続いてアニリンの芳香環部位の電子状態が異なる種々の誘導体を合成し、まず上述の2種の酵素存在下でH2Sの生成速度を比較した(2B(i))。強い電子供与性のフェニル基や求引性のニトロ基を導入した場合、H2Sの生成速度が低下した(2B(ii))。これより電子供与能ないし求引能が大きい置換基を導入した場合、COSの生成速度が低下すると予測された。続いてこれらの誘導体の細胞毒性を測定したところ、電子供与能ないし求引能が強い置換基を導入した場合は毒性が低下する傾向が見られた(2B(iii))。著者らはH2S/COSの生成速度と置換基効果の関係を次のように考察している。強い電子供与性置換基を導入した場合、アニリン部位の脱離能が低くなり、自己分解速度が低下する(C)。また、強い電子求引性置換基を導入した場合、酸性度が上昇したアミドのN–Hの脱プロトンに続くイソチオシアネート生成後、遅い加水分解を受けてCOSを生成する経路が優先する(C)(3)

図2. (A)エステル部位の嵩高さの影響 (B)芳香環の電子状態の影響 (C)置換基効果とCOS生成速度の関係

 

以上、COSの蓄積が細胞毒性を示すことが示された。本研究をきっかけとしてCOSの生理学的機能についてさらなる研究が行われるのが待たれる。

参考文献

  1. Powell, C. R.; Dillon, K. M.; Matson, J. B. Pharmacol. 2018, 149, 110. DOI: 10.1016/j.bcp.2017.11.014.
  2. Steiger, A. K.; Marcatti, M.; Szabo, C.; Szczesny, B.; Pluth, M. D. ACS Chem. Biol.2017, 12, 2117. DOI: 1021/acschembio.7b00279.
  3. Zhao, Y.; Henthorn, H. A.; Pluth, M. D. J. Am. Chem. Soc.2017, 139, 16365. DOI: 10.1021/jacs.7b09527.
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 論文チェックと文献管理にお困りの方へ:私が実際に行っている方法を…
  2. 細胞が分子の3Dプリンターに?! -空気に触れるとファイバーとな…
  3. シンプルなα,β-不飽和カルベン種を生成するレニウム触媒系
  4. 金属を使わない触媒的水素化
  5. ACS Macro Letters創刊!
  6. 化学者のためのエレクトロニクス講座~めっきの基礎編~
  7. Evonikとはどんな会社?
  8. 化学者のためのエレクトロニクス講座~5Gで活躍する化学メーカー編…

注目情報

ピックアップ記事

  1. クネーフェナーゲル ピリジン合成 Knoevenagel Pyridine Synthesis
  2. UiO-66: 堅牢なジルコニウムクラスターの面心立方格子
  3. コラボリー/Groups(グループ):サイエンスミートアップを支援
  4. ハプロフィチンの全合成
  5. ハニートラップに対抗する薬が発見される?
  6. ポール・ロゼムンド Paul W. K. Rothemund
  7. ゾイジーンが設計した化合物をベースに新薬開発へ
  8. ポンコツ博士の海外奮闘録⑤ 〜博士,アメ飯を食す。バーガー編〜
  9. 住友化学の9月中間営業益は+20.5%、精密・医薬など好調で
  10. 有機合成化学協会誌2019年8月号:パラジウム-フェナントロリン触媒系・環状カーボネート・素粒子・分子ジャイロコマ・テトラベンゾフルオレン・海洋マクロリド

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年3月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー