プリリツェフエポキシ化類似の機構によるアジリジン合成法が開発された。遷移金属触媒を用いず、容易にアルケンからジアステレオ特異的にアジリジンを得ることができる。
プリリツェフエポキシ化とアジリジン合成
エポキシドは、一般的にアルケンに過酸1を作用させるプリリツェフ(Prilezhaev)エポキシ化[1]による合成が常法である(図1A)。一方で、アジリジンは構造や反応性がエポキシドと類似するものの、同様の手法によるアルケンのアジリジン化反応(アザ–プリリツェフ反応)は、一般的に遷移金属触媒が必要となる。また、反応機構も異なり、金属ナイトレノイド経由で進行する[2]。さらに制限も多く、わずかな例外[3]を除いて生成物は窒素原子上に電子求引性基が置換されたアジリジンに限られる。また、遷移金属触媒を用いない場合、強力な酸化剤が必要となる、あるいは反応が立体特異的に進行しないといった欠点も加わる[4]。
一方、ブリストル大学のBower教授らは最近、保護ヒドロキシルアミン誘導体2を反応系中で脱保護することで、強力な求電子アミノ化剤3が生成することを報告した。この3は分子内脱芳香族的アミノ化や分子内C–Hアミノ化に用いることができる[5,6](図1B)。今回Bower教授らは、3の遊離塩基3’と、過酸1の構造が類似していることに着目して、合成容易なアルケン4からアジリジン5を合成できる、金属を用いない分子内アザ–プリリツェフ反応を開発した(図1C)。
“Stereospecific Alkene Aziridination Using a Bifunctional Amino-Reagent: An Aza-Prilezhaev Reaction”
Farndon, J. J.; Young, T. A.; Bower, J. F. J. Am. Chem. Soc.2018, 140, 17846.
DOI: 10.1021/jacs.8b10485
論文著者の紹介
研究者:John F. Bower
1999–2003 MSci (Hons., 1st class), University of Bristol
2003–2007 PhD, University of Bristol (Prof. T. Gallagher)
2007–2008 Postdoctoral Associate, University of Texas at Austin (Prof. M. J. Krische)
2008–2010 Postdoctoral Associate, University of Oxford (Prof. T. J. Donohoe)
2010– Royal Society University Research Fellow, University of Bristol
2014–2015 Proleptic Lectureship, University of Bristol
2015–2016 Senior Research Fellow/Senior Lecturer, University of Bristol
2016–2017 Reader in Organic Chemistry, University of Bristol
2017– Professor of Chemistry, University of Bristol.
研究内容:不斉触媒、遷移金属触媒、複素環の化学
論文の概要
本反応は、2,2,2-トリフルオロエタノール(TFE)溶媒中で、アルケン4にトリフルオロ酢酸(TFA)を常温で作用させることで進行する。二置換アルケン、三置換アルケン、四置換アルケンからでもアジリジンは得られるが、電子不足アルケンの基質4cの場合、アジリジン5cは得られない(図2A)。また、アザビシクロ[4.1.0]環の生成や、分子間反応にも応用可能である(図2B)。
本反応はジアステレオ特異的に進行し、トランス体のスチレン誘導体4aからは5aが、シス体のスチレン誘導体4bからは5bのトシル酸塩が、それぞれ単一ジアステレオマーとして得られる。また、C1位やC3位に置換基を有する4dや4eの場合、5dや5eが高ジアステレオ選択的に得られる。
これらの実験結果から、反応機構はプリリツェフ反応と類似の、アザ–プリリツェフ機構で進むことが示唆される(図2C)。つまり、tert–ブトキシカルボニル基の除去の後、6から遷移状態7を経る協奏的アルケンアジリジン化によって、5が生成する。DFT計算でもこの協奏的機構が支持されている。
以上、アザ–プリリツェフ機構で進行する、金属を用いないアルケンの新規分子内アジリジン化反応が報告された。合成容易な原料からTFAのみで立体特異的にアジリジンを得られるため、遷移金属触媒で分解する基質や分子間反応への適用、アルケンのワンポット1,2-アミノ官能基化などへの応用が期待できる。
参考文献
- Jørgensen, K. A. Chem.Rev. 1989, 89, 431. DOI: 1021/cr00093a001
- Degennaro, L.; Trinchera, P.; Luisi, R. Chem. Rev. 2014, 114, 7881. DOI: 1021/cr400553c
- Jat, J. L.; Paudyal, M. P.; Gao, H.; Xu, Q.-L.; Yousufuddin, M.; Devarajan, D.; Ess, D. H.; Kürti, L.; Falck, J. R. Science 2014, 343, 61. DOI: 1126/science.1245727
- Watson, I. D. G.; Yu, L.; Yudin, A. K. Acc. Chem.Res. 2006, 39, 194. DOI: 1021/ar050038m
- Farndon, J. J.; Ma, X.; Bower, J. F. J. Am.Chem. Soc. 2017, 139, 14005. DOI: 1021/jacs.7b07830
- Paudyal, M. P.; Adebesin, A. M.; Burt, S. R.; Ess, D. H.; Ma, Z.; Kürti, L.; Falck, J. R. Science 2016, 353, 1144. DOI: 1126/science.aaf8713