第183回のスポットライトリサーチは、東京工業大学 科学技術創成研究院(福島・庄子研究室)の石割文崇 助教にお願いしました。
石割先生は以前にもスポットライトリサーチにご登場頂いており、今回2回目の掲載になります(参照:カルシウムイオン濃度をモニターできるゲル状センサー)。今回の成果は高分子化学・超分子化学・有機合成化学の境界領域に位置する仕事であり、精密設計された高分子末端の劇的な効果が見いだされています。
最近の研究成果がプレスリリースおよびJ. Am. Chem. Soc.誌の原著論文として発表されたため、再びインタビューさせていただきました。年度末進行のお忙しい中を縫ってのやりとりでしたが、現場のリアリティ溢れる充実内容はもちろん、楽しさと熱意満載の文章をいただきました。若手をハイライトしてきたケムステの趣をしっかり汲んで頂き、感謝感謝です。
”Terminal Functionalization with a Triptycene Motif That Dramatically Changes the Structural and Physical Properties of an Amorphous Polymer”
Ishiwari, F.; Okabe, G.; Ogiwara, H.; Kajitani, T.; Tokita, M.; Takata, M.; Fukushima, T. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 13497–13502. DOI: 10.1021/jacs.8b09242
研究室を主催されている福島孝典 教授からは以下のコメントを頂いています。今回のストーリーも是非お楽しみ下さい!
石割さんとの出会いや人となりは、すでに以前のChem-Station の記事で十分紹介させて頂きましたので、ご興味のある方はそちらをご覧頂ければと思います。今回は、石割さんの大学教員としての特徴について紹介致します。石割さんは東工大高分子工学科出身(高田研究室)なのですが、在学時はキラルロタキサンを題材に、基礎有機化学、構造有機化学的な研究に携わっていたため[1]、高分子科学にも有機合成化学にも精通しています。このバックグランドが、私の主宰する研究室での研究と教育を進める上で大きなadvantageとなっています。時折、「ここまでやるの?」と言うくらい、学生さんは新規化合物のNMRのアサインメントを論文に書かされていますが(笑)[2]、実際にこういった有機化学の基礎を身につけることは学生さんの将来にとっても非常に大切なことと思っています。私は、「有機合成は遅くとも修士課程の早い段階で身につけておかないといけない、後になってからでは決して身につかない」と考えていますので、有機化学を志望している学生さんは、是非、当研究室での研究と教育を経験してみてはいかがでしょうか?学生さんにとっては、研究室配属や大学院進学先の調査の時期ですので、この場を借りて石割さんと同じく研究室の宣伝をさせて頂きました(笑)。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「バラバラの分子の長さのアモルファスな高分子に対し、重量分率にしてわずか約5%の末端修飾のみで、まるで精密合成されたブロックコポリマーのミクロ相分離で見られるような高規則構造が誘起され、物性値を1万倍以上変化させることができた!」という研究です。今回の研究で末端置換基として用いた分子は、我々が最近開発に取り組んでいる、二次元自己集合化能を示す三脚型トリプチセンの類縁体です。このトリプチセンユニットは、以前 Chem-Stationでもて取り上げていただきましたように、著しく高い自己集合化能を発揮する分子です。驚いたことに、分子量2万以上かつ分子量分布2以上のポリマーの末端に導入しても、低分子の場合と同様に、高規則な2D+1D構造へと自己集合し、結果として、複素粘度の1万倍の上昇を引き起こしました(図1)。末端ユニットの重量分率はわずか5%程度であるため、まさかそんな少ない量でここまで高分子の高次構造と物性に影響するものなのかと、分子の世界の不思議を感じました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
私は「汎用高分子に一工夫加えることで、これまでと全く異なる新たな性質を引き出す」ことが高分子化学の醍醐味の一つと思っています。例えば、同じスチレンモノマーから、発泡スチロールなどのアタクチックポリスチレンも得られるし、重合法次第ではエンジニアリングプラスチックであるシンジオタクチックポリスチレン(SPS)も合成できる、ということに高分子化学の面白さを感じています[3]。今回の研究にもその醍醐味があったと思っており、そこに思い入れがあります。今回とは研究内容自体は全く異なるのですが、以前に Chem-Station で取り上げていただきました私の研究でも、汎用的なポリアクリル酸に数%の修飾を施し、全く異なる用途を与えるというもので、そういう意味では実は共通していると思っています。また、この論文で用いた反応は Williamson エーテル化反応とヒドロシリル化反応の二つだけです。シンプルな反応のみを用いて研究を遂行できたことも、高分子化学らしくて気に入っています。加えて、急遽研究費を前倒しして導入したレオメーターが活躍してくれて、それも嬉しかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
前述のように、今回の研究では簡単な反応しかしていませんし、得られたポリマーが勝手に自己集合してくれたので、難しかったところはなかったと言ってもいいかもしれません(笑)。ただ、このデザインに至るまでに、実験を主に行ってくれた卒業生の岡部君には様々なポリマーを合成してもらっており、そこに多少の苦労はありました。岡部君は、いつもは大人しいタイプなのですが実験室では感情を解放する傾向にあり、SPring-8でのSAXS(小角X線散乱)測定で、今回の二次元像が得られた際には過去一番の雄叫びをあげ、周囲の鹿が驚き逃げたという伝説が残っております。そのときの二次元像をご覧ください(図2)。私が学生のころには「高分子のSAXSのピークは心の目で見る」と言われたくらいで、SAXSでここまで鮮明な回折像を見た経験はほとんどありませんでした。岡部君は常に真摯に実験に取り組んでおり、その努力がこの結果を引き寄せたものと思っております。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私ができる最大の社会貢献は、TLCの上げ方からNMRチャートの解析まで、正しい化学の基礎を持った学生を育てて輩出して行くということだと思っています。地味なことではあるのですが、自分はこれらの基本をとても大事に考えていますし、みなさんご存知の通り、スラムダンクでは赤木キャプテンも強調しているところと思います。
また、研究室生活では学生さんには楽しんで研究してもらいたいです。青山学院大学原監督の「ワクワク大作戦」です。どんなことでも(研究結果でもTLCでもNMRでも)、「面白い」と思ってもらいたいです。なぜならそれこそが成長への(教員にとっては良い教育への)1番の近道だと思うからです。
研究面では、今回のように驚きのある研究成果を出せるよう頑張りたいです。また、一生のうち何か一つでも、例えば先に紹介したSPSのように、実用化につなげられる研究ができればと夢見ております。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の発見をうけ我々は、さらに高い自己集合化を引き起こす分子ユニットの開発を進めており、2018年高分子学会年次大会などでお披露目する予定です。我々自身もさらに驚いた結果が得られていますので、驚きたい方はぜひ足を運んで頂けますと幸いです!(笑)
また、有機合成化学に興味があり、大学院での研究室を悩んでいる学生の皆様、ぜひ、福島・庄子研に足を運んでみてください。福島・庄子研では、日々皆、驚き、楽しみながら研究をしています。また、今回の研究は昨年修士2年で卒業した岡部玄君と、4月から博士課程に進む修士2年生荻原君ら学生の努力によるところが大きく、学生のみなさんが主役になれます。みなさん一緒に、SPring-8まわりの鹿が逃げるほどの「雄叫び」をあげるほどの驚きの結果を目指し、研究を楽しみましょう!
研究者の略歴
名前:石割文崇
所属:東京工業大学・科学技術創成研究院 化学生命科学研究所・福島・庄子研究室 助教
専門:高分子化学・超分子化学
研究テーマ:高分子センサー、二次元自己集合材料、ラダーポリマー
略歴:
1985年6月11日 富山県生まれ(この日は奇しくもSPSが初めて合成された日だそうです[3b,3c]。)
2004年3月 富山県立富山中部高校卒業
2007年3月 東京工業大学高分子工学科卒業(早期卒業)
2008年9月 同大学院有機・高分子物質専攻修士課程修了(高田十志和研究室)
2011年9月 同大学院有機・高分子物質専攻修士課程修了(高田十志和研究室)
(この間、2010年7月~2011年1月までマサチューセッツ工科大学 T. M. Swager研究室訪問研究生)
2012年 4月 東京工業大学資源化学研究所(福島孝典研究室)特任助教
2012年10月 東京工業大学資源化学研究所(福島孝典研究室)助教
2016年 4月 東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所(福島孝典研究室)助教(改組による)
2018年 4月からは庄子先生の准教授昇進に伴い、福島・庄子研究室となっております。
参考文献
- Ishiwari, F.; Nakazono, K.; Koyama, Y.; Takata, T. Induction of Single-Handed Helicity of Polyacetylenes Using Mechanically Chiral Rotaxanes as Chiral Sources, Angew. Chem. Int. Ed. 2017, 56, 14858-14862. 東工大ニュース:新しい不斉源「トポロジカルキラリティ」の機能を解明
- Ishiwari, F.; Takeuchi, N.; Sato, T.; Yamazaki, H.; Osuga, R.; Kondo, J. N.; Fukushima, T. Rigid-to-Flexible Conformational Transformatdion: An Efficient Route to Ring-Opening of a Trogers Base-Containing Ladder Polymer, ACS Macro Lett. 2017, 6, 775–780.
- (a) シンジオタクチオックポリスチレン, 鞆津 典夫・蔵本 正彦・石原 伸英 高分子論文集, 2018, 75, 527–542. (b) 第66回高分子討論会, 2017, 1A14IL 『ブレークスルーに必要なSerendipity』-耐熱性ポリスチレン(XAREC)はこうして生まれた. 石原 伸英. (c) 3bの講演ではSPSの開発までの過程を当時の実験の日付も紹介しながら説明していただいたのですが、SPSの生成をNMRで確認した日が私が誕生した日と同日、1985年6月11日だったということでとても忘れがたいものとなりました。第7回新化学技術研究奨励賞の授賞式の懇親会では石原先生とそのことについてお話しさせていただき、感謝しております。