第190回目のスポットライトリサーチは、神田 智哉(かんだ ともや)さんにお願いしました。
神田さんは修士課程から名古屋大学大学院理学研究科・野依特別研究室に所属し、今回紹介するお仕事のキーマンとして活躍されました。すぐさま壊れてしまう不安定化合物・シアノヒドリンの水和反応を進行させる新たな触媒系を実現した本成果は、J. Am. Chem. Soc.誌原著論文として公開され、Most-Accessed Articleにも選定されています。
“Catalytic Transfer Hydration of Cyanohydrins to α-Hydroxyamides”
Tomoya Kanda, Asuka Naraoka, Hiroshi Naka* J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 825–830. DOI: 10.1021/jacs.8b12877
研究を現場で指揮された中寛史 助教から、神田さんについて以下の人物評を頂いています。縦横無尽に新たな世界へと身を置き続ける、今後が楽しみな若手研究者です。
神田君は,同じ化学科の篠原研 (物理化学)から M1 として野依特別研の私のグループに参加してくれました.電子顕微鏡で無機物を覗いていた一年間から一転,有機化学•触媒反応の世界に飛び込んできて,新しい研究を一気に切り開いてくれました.荒削りでしたが研究に対する思い入れと集中力が凄まじく,「やってみなければ分からない」の精神でバリバリ実験していましたね.面白いこと,新しいことに挑戦するのが本当に好きなんだと思います.昨年修士号をとった後は D1 からはまた分野を変えて東大藤田研 (錯体化学)で研鑽を積んでいます.これからも神田君のチャレンジに期待しています.
Q1. 今回ハイライトされた研究はどのようなものですか?簡単にご説明ください。
今回私は,カルボン酸アミドを水の代わりとして利用する新たな水和反応(水移動型水和反応)に着目し,様々なシアノヒドリンを触媒的に水和することに成功しました(図1).
この水和反応で得られるヒドロキシアミドは医薬品などの原料として有機化学で重要な化合物です.しかし,原料のシアノヒドリンは,塩基性あるいは高温条件では対応するカルボニル化合物とシアン化水素に分解してしまいます.特に,ケトンから合成できるシアノヒドリンはとても不安定で,これまでの方法では分解反応を防げないことが問題でした.
この分解反応が起こらない条件でシアノヒドリンの効率的な水和反応を進行させるために,水の代わりとしてカルボン酸アミドを用いる水和法を利用できないかと考えました.条件検討を行った結果,シアノヒドリンに対し,硝酸パラジウムと脂肪族カルボン酸アミドを組み合わせて使うことによって,50 ºC, 10分で対応するヒドロキシアミドを高収率で得る方法を発見しました.この手法は,アルデヒド由来だけでなくケトン由来の様々なシアノヒドリンを効率よく水和できる初めての例です.
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
実用性の高い反応をつくることを常に心がけました.やっぱり,反応はつかってもらってナンボだと思うので,反応を使う人の気持ちを考えながら反応条件の検討を行いました.試行錯誤の末,安価で入手容易な硝酸パラジウムおよび脂肪族カルボン酸アミドを用いることで,かなりシンプルな反応に仕立てあげることができました.また,触媒量も基質によって微調整し,反応時間10分にこだわりました.さらに,一部の芳香族シアノヒドリンの場合には,反応剤としてアセトアミドを用いることで,再結晶により簡便に単離できることもアピールポイントです.
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
シアノヒドリンは分解しやすいので,その取り扱いに苦労しました.ケトンから合成できるシアノヒドリンはとても不安定で分解するとシアン化水素が発生するので,細心の注意を払いながら実験を行いました.また,シアノヒドリンを合成してしまうと,時間の経過とともに徐々に分解するため,すぐに次の水和反応を始める必要があったので体力的に厳しかったです.加えて,化合物データ採取など,同時にやらなければならないことが多く,気の休まる時がなかなかありませんでした.持ち前の精神力で乗り切りました(笑).
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学とどう関わっていくかについては,まだはっきりと回答できません.ただ,有機化学で培った力を生かし,異なる分野の人と共同して新しい価値を生み出したいと考えています.また,日本の中だけに留まらず,国境を越えたグローバルな人間になりたいです.
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
皆さんに伝えたいことは,「化学を楽しむ」ということです.嫌々ながら研究をやっていても得られることは少ないし,時間の無駄だと思います.逆に,化学を楽しむことができれば学ぶ量も多くなると思いますし,これほどワクワクする学問はないと思います.ぜひ,化学を楽しんでください!
最後に,今までご指導して下さった野依先生,斎藤先生,中先生をはじめとする研究室の皆様,そしてこのように研究紹介する機会を下さったChem-Stationのスタッフの皆様に深く御礼申し上げます.
研究者の略歴
前所属:名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 野依特別研究室
当時の研究テーマ:シアノヒドリンの水移動型水和反応
経歴
2016年 名古屋大学理学部化学科 卒業
2018年 名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻 博士前期課程修了
2018年 東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻 博士後期課程 在学