[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

嫌気性コリン代謝阻害剤の開発

[スポンサーリンク]

嫌気性コリン代謝を選択的に阻害する小分子が開発された。これは、嫌気性微生物の代謝による疾患のメカニズム解明の大きな一歩となる。

嫌気性コリン代謝

ヒトの腸内に生息する微生物は疾患に関与する様々な分子を生産している[1]。しかし、どの分子が特定の疾患をどのように引き起こすかを明らかにすることが挑戦的な課題とされている。この課題に対し、各分子を産出する微生物がもつ酵素を選択的に阻害する低分子の開発研究が求められている。

 今回紹介するBalskus教授らはこれまで、多くの腸内嫌気性微生物によって炭素源およびエネルギー源として利用されるコリンに着目して研究をしてきた。嫌気性微生物の働きにより、コリンはトリメチルアミン(TMA)に分解され、さらに肝臓でトリメチルアミンNオキシド(TMAO)となることで排泄される(1A)TMAOがヒトの血漿中で増加すると、非アルコール性脂肪性肝炎や循環器疾患、糖尿病など重大疾患を促進することが知られている[2]。これまでにBalskusらは、グリシルラジカル酵素TMAリアーゼ(CutC)とラジカルSAM活性化酵素(CutD)の働きによりコリンが分解されることを明らかにしている(1B)。具体的には、CutDによる翻訳後修飾によってCutCがグリシルラジカルを生成し、隣接するシステインから水素を引き抜き、チイルラジカルが生じる。その後、チイルラジカルがコリンの水酸基α位水素を引き抜き、続くCN結合切断を起こすことでTMAが生成することがわかっている(1C)。これまでに、嫌気性コリン代謝を制御する小分子の研究が行われており、3,3-ジメチルブタノール(DMB)が嫌気コリン代謝を阻害することがWangらによって報告されている(1D)[3]

 今回、Balskusらは、コリンに構造が類似する種々のアナログ体を合成し、CutCを選択的に阻害する小分子の開発に成功した(1D)[4]

図1. (A) コリンの分解物、(B) CutCとコリンの共結晶X線結晶構造、(C) コリン分解機構 (D) 小分子コリン代謝阻害剤

Structure-Guided Identification of a Small Molecule That Inhibits Anaerobic Choline Metabolism by Human Gut Bacteria

Orman, M.; Bodea, S.; Funk, M. A.; Martínez-del Campo, A.; Bollenbach, M.; Drennan, C. L.; Balskus, E. P. J. Am. Chem. Soc. 2019,141, 33.

DOI: 10.1021/jacs.8b04883

論文著者の紹介

研究者:Emily P. Balskus

研究者の経歴:
-2002 B.A. with Highest Honors in Chemistry, summa cum laude, valedictorian, Williams College (Prof. Thomas E. Smith)
2002-2003 M.Phil. in Chemistry, University of Cambridge (Prof. Steven V. Ley)
2003-2008 Ph.D, Harvard University (Prof. Eric N. Jacobsen)
2008-2011 NIH NRSA Postdoctoral Fellow, Harvard Medical School(Prof. Christopher T. Walsh)
2011-2015 Assistant Professor, Harvard University
2015-2018 Morris Kahn Associate Professor, Harvard University
2018-Professor, Harvard University

研究内容:ヒト細菌の理解を志向したケミカルバイオロジー、Biocompatible Chemistry

論文の概要

著者らはまず、大腸菌MS 200-1を用いて、コリン類似体による嫌気性コリン代謝の阻害について試験を行い、高活性の小分子を探索した結果、ベタインアルデヒド(BA)がよい阻害活性をもつことがわかった(2A)。そこで、高活性であったBAによる嫌気性コリン代謝阻害のメカニズムを解明するため、種々の実験を行った。CutCBAとの共結晶のX線結晶構造解析に成功し、CutC活性部位とBAの会合状態が明らかになった(2B)CutCCys489残基とアルデヒドの間に共有結合を形成している以外は、CutCとコリンとの会合状態と酷似している(2B)

 次に、炭素源としてコリンまたはグリセロールを含む培地、もしくはBHI(ブレインハートインフュージョン培地)上で培養した3種の大腸菌(MS 69-1)に対し、BAを作用させ、大腸菌の増殖を観察した。その結果、グリセロールを含む培地と、BHI上ではBAは大腸菌の増殖に影響せず、コリン含有培地で培養した大腸菌のみ増殖が抑制された。また、CutC発現遺伝子をもつ様々な細菌においてもBAによる嫌気性コリン代謝の阻害も確認できた。これらの結果は、BAが嫌気性コリン代謝を標的とし、CutCを選択的に阻害していることを示唆する。一方で、以前報告されたDMBは、in vitroや大腸菌において嫌気性コリン代謝におけるCutC阻害を直接標的としていないことがわかった。

図2. (A) 阻害剤BAの発見とその阻害活性 (B) CutCと阻害剤の共結晶X線結晶構造 (C) CutC酵素をもつ種々の細菌に対する阻害剤の効果

以上、CutCを選択的に阻害する小分子が開発された。今後、疾患のメカニズム解明の分子ツールとして期待される。

参考文献

  1. (a) Sharon, G.; Garg, N.; Debelius, J.; Knight, R.; Dorrestein, P. C.; Mazmanian, S. K. Cell Metab.2014, 20, 719. DOI: 1016/j.cmet.2014.10.016(b)Postler, T. S.; Ghosh, S. Cell Metab.2017, 26, 110. DOI: 10.1016/j.cmet.2017.05.008
  2. (a) Dumas, M. E.; Barton, R. H.; Toye, A.; Cloarec, O.; Blancher, C.; Rothwell, A.; Fearnside, J.; Tatoud, R.; Blanc, V.; Lindon, J. C.; Mitchell, S. C.; Holmes, E.; McCarthy, M. I.; Scott, J.; Gauguier, D.; Nicholson, J. K. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 2006, 103, 12511. DOI: 10.1073/pnas.0601056103(b) Spencer, M. D.; Hamp, T. J.; Reid, R. W.; Fischer, L. M.; Zeisel, S. H.; Fodor, A. A. Gastroenterology2011, 140, 976. DOI:10.1053/j.gastro.2010.11.049(c) Wang, Z.; Klipfell, E.; Bennett, B. J.; Koeth, R.; Levison, B. S.; DuGar, B.; Feldstein, A. E.; Britt, E. B.; Fu, X.; Chung, Y.-M.; Wu, Y.; Schauer, P.; Smith, J. D.; Allayee, H.; Tang, W. H. W.; DiDonato, J. A.; Lusis, A. J.; Hazen, S. L. Nature2011, 472, 57. DOI: 10.1038/nature09922(d)Koeth, R. A.; Wang, Z.; Levison, B. S.; Buffa, J. A.; Org, E.; Sheehy, B. T.; Britt, E. B.; Fu, X.; Wu, Y.; Li, L.; Smith, J. D.; DiDonato, J. A.; Chen, J.; Li, H.; Wu, G. D.; Lewis, J. D.; Warrier, M.; Brown, J. M.; Krauss, R. M.; Tang, W. H. W.; Bushman, F. D.; Lusis, A. J.; Hazen, S. L. Nat. Med.2013, 19, 576. DOI: 10.1038/nm.3145(e) Tang, W. H. W.; Wang, Z.; Levison, B. S.; Koeth, R. A.; Britt, E. B.; Fu, X.; Wu, Y.; Hazen, S. L. N. Engl. J. Med. 2013, 368, 1575. DOI: 10.1056/NEJMoa1109400(f) Gregory, J. C.; Buffa, J. A.; Org, E.; Wang, Z.; Levison, B. S.; Zhu, W.; Wagner, M. A.; Bennett, B. J.; Li, L.; DiDonato, J. A.; Lusis, A. J.; Hazen, S. L. J. Biol. Chem. 2015, 290, 5647. DOI: 10.1074/jbc.M114.618249
  3. Wang, Z.; Roberts, A. B.; Buffa, J. A.; Levison, B. S.; Zhu, W.; Org, E.; Gu, X.; Huang, Y.; Zamanian-Daryoush, M.; Culley, M. K.; DiDonato, A. J.; Fu, X.; Hazen, J. E.; Krajcik, D.; DiDonato, J. A.; Lusis, A. J.; Hazen, S. L. Cell2015, 163, 1585. DOI: 1016/j.cell.2015.11.055
  4. 本論文査読中に、共有結合的にCutCを阻害する小分子が報告されている。Roberts, A. B.; Gu, X.; Buffa, J. A.; Hurd, A. G.; Wang, Z.; Zhu, W.; Gupta, N.; Skye, S. M.; Cody, D. ; Levison, B. S.; Barrington, W. T.; Russell, M. W.; Reed, J. M.; Duzan, A.; Lang, J. M.; Fu, X.; Li, L.; Myers, A. J.; Rachakonda, S.; DiDonato, J. A.; Brown, J. M.; Gogonea, V.; Lusis, A. J.; Garcia- Garcia, J. C.; Hazen, S. L. Nat. Med.2018, 24, 1407. DOI: 10.1038/s41591-018-0128-1
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 天秤で量れるのは何mgまで?
  2. ポンコツ博士の海外奮闘録⑧〜博士,鍵反応を仕込む②〜
  3. 化学にインスパイアされたジュエリー
  4. マテリアルズ・インフォマティクスに欠かせないデータ整理の進め方と…
  5. 金属ヒドリド水素原子移動(MHAT)を用いた四級炭素構築法
  6. フェニル酢酸を基質とするC-H活性化型溝呂木-Heck反応
  7. 火力発電所排気ガスや空気から尿素誘導体の直接合成に成功
  8. 小説『ラブ・ケミストリー』聖地巡礼してきた

注目情報

ピックアップ記事

  1. 不斉ストレッカー反応 Asymmetric Strecker Reaction
  2. 2012年10大化学ニュース【前編】
  3. ビュッヒ・フラッシュクロマト用カートリッジもれなくプレゼント!
  4. アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(2)
  5. 第66回「物質の宇宙:未知の化合物を追い求めて」山本 隆文 准教授
  6. ポヴァロフ反応 Povarov Reaction
  7. 化学企業のグローバル・トップ50が発表【2022年版】
  8. 植物毒の現地合成による新規がん治療法の開発
  9. 第105回―「低配位有機金属錯体を用いる触媒化学」Andrew Weller教授
  10. バリー・トロスト Barry M. Trost

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2019年3月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー