第182回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院生命科学院 ソフト&ウェットマター研究室の博士後期課程の松田 昂大(まつだ たかひろ)さんにお願いしました! 松田さんの所属するソフト&ウェットマター研究室はグン剣萍教授のもと、あっと驚く機能を持った様々な新規ゲル/ソフトマターを開発されている研究室です。
普通の材料は、伸ばしたり縮めたりと負荷を繰り返すと、だんだん疲労・劣化して強度が弱くなりますよね。負荷を与えてもしばらくすると回復して元の強度を保つ自己修復材料の研究も進んでいますが、今回ご紹介いただける内容は、なんと負荷をかけることで強度が増す、自己強化ゲル材料の報告です。新しいコンセプトを持った新材料の開発という画期的な成果で、筆者も驚きとワクワク感を持って論文を読みました。百聞は一見に如かず、是非記事の中にある動画を見てみてください。一回目では持ち上がらない重りが、筋トレの成果(?)で二回目は持ち上がる様子が紹介されています。本成果はScience誌に掲載されており、プレスリリースでの和文解説のほか、朝日新聞、NewScientist、Chemistry Worldなどの国内外メディアで取り上げられています。
“Mechanoresponsive self-growing hydrogels inspired by muscle training”
Takahiro Matsuda, Runa Kawakami, Ryo Namba, Tasuku Nakajima, Jian Ping Gong,
Science 2019, 363, 504-508. DOI: 10.1126/science.aau9533
グン剣萍先生からは、松田さんと本研究成果について以下のようにコメントをいただいています。
松田さんは物の本質を見抜くための思考を常にし、本質を理解した上で綿密な実験設計をするタイプの研究者です。含水DNゲルが内部破壊するときにメカノラジカルが発生する現象に注目し、そのラジカルのイメージング、定量化から、そのラジカルを利用した物質の成長にと幅広い研究をしてきました。このような一連の研究から今回の研究成果に結びつきました。この研究の他にも、複数の研究テーマを自ら開拓して進めています。
好奇心にあふれ、向上心が強い学生で、様々なことを積極的に経験しています。慶應義塾大学を卒業し、北大の生命科学院で大学院生として勉学している傍ら、MBAの学位取得も目指しています。現在国際企業のDSMで半年間のInternshipのためにオランダに滞在しています。常に教員と対等な立場で議論をし、納得がいくまで問い続けます。また、研究室のほかの学生の研究には高い関心を持ち、よい助言をします。このような姿勢は研究者として最も大切です。今後の成長と活躍に高く期待しています。
それでは、松田さんからの気持ちの入ったメッセージをご覧ください! 元気をもらえます!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
鍛えるほど強度が増していく、筋肉のような材料を開発しました。百聞は一見にしかず。まずは下の動画をご覧ください。
最初は引張られてゴムのように伸びた物質が、二回目には、おもりを持ち上げるほどに強くなりました。物質が強くなりましたので、おもりを重くして負荷を高めます。より重い負荷で鍛えると、今度は重いおもりさえも持ち上げることが出来るようになりました ――
今回私たちは、力学刺激がトリガーとなって起きる化学反応(メカノケミカル反応)を巧みに利用することで、このような自己成長材料の創製に成功しました。ここで使った母材材料は、「DNゲル」と呼ばれるゲル素材です。ゲルは、ゼリーやコンタクトレンズなどの水を多く含んだ柔軟な材料で、DNゲルはその中で高強度なゲルとして知られています。今回は、このDNゲルに少し工夫をすることで、力に応じて成長する機能を発現させました。動画で示したDNゲルは、成長のための原料化合物であるビニルモノマー(二官能の架橋剤を含む)の水溶液中で引っ張っています。すると、以下のようなステップを経て、メカノケミカル反応によって繰り返し強化されていきます(図1)。
(1) ビニルモノマーがDNゲル中に取り込まれる。
(2) DNゲルを引張るとゲル内部の高分子鎖が切断され、その破断末端に活性ラジカル種(メカノラジカル)が生じる。
(3) このメカノラジカルが開始点となり、ラジカル重合によりビニルモノマーが重合される。重合で得られた新たな網目状架橋高分子によって、ゲルは強化される。
(4) ステップ(1)に戻り、以降繰り返し。
このような機構は、DNゲルの特徴を生かすことで実現されました。特に重要な点は、DNゲルは、力を加えると内部で大量の高分子鎖が切断される特殊な素材である、ということです。これにより、十分量の活性ラジカル種が材料内部に発生し、力学物性を向上させるほどの重合反応を進行させることが可能となりました。また、ゲルは「開放系」の材料です。ゲルは外界(例えば周囲の水溶液)と物質交換ができるため、材料内部に新たなモノマーを定常的に導入することができ、繰り返しの強化(=成長)が実現されたのです。
このような破壊と再生の繰り返しや外界とやり取りを行う機構もまた、生体材料である筋肉を連想させます。筋肉(骨格筋)も高負荷トレーニング下では筋繊維が部分的に損傷した後に修復・強化されますし、それには外界からの栄養補給(例えばプロテイン摂取)が不可欠です。具体的な化学反応やメカニズムは異なるものの、このようなアナロジーに心を躍らせるのは、私だけではないはずです。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究は、自分のアイディアでスタートし、周りの人に助けられながら、最後まで自分が中心となって進めた点で非常に思い入れのある仕事です。
研究の発端は私が修士1年生の時でした。DNゲルを変形させるとゲル内部で高分子鎖が切れることは、分野界隈ではすでに常識でした。私も当たり前に受け入れて当時のテーマの研究をしていたのですが、ある日、ふと疑問に思ったのです。
「共有結合って(力で)切れたらどうなるんだろう?」
DNゲル中の高分子ネットワークは全て共有結合でつながっているのですが、その共有結合、例えば -CH2-CH2- が切れれば、結合の「手」の数がおかしくなるのです。私にはとても不思議に感じ、先生に聞いてみましたが、「うーん、わからないなぁ」と。数カ月後、別件で論文を探していると、偶然にもその答えを発見しました。「共有結合が力で切断されるとラジカルが生じる。その“メカノラジカル”は化学反応を起こせる。」と言うのです。その論文は色素の色変化などを示す研究(Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 3596.)だったので、これはDNゲル中でも出来ると思いました。そこで早速、見つけた論文と同様の試薬をDNゲルの中に導入しでハンマーで叩くと、本当に色が変わったのです!この時の感動は、のちの様々な実験結果や論文アクセプトでの感動や達成感にも大きく勝るものでした。
感動も落ち着くと、次は「何に使えるのか」「他に何が出来るのか」と考えるようになりました。この自己満足な感動を、世の中(少なくとも学術コミュニティ)にとって意味のある研究にしなければなりません。そのため、先行研究レビューを丹念に行いながら、アイディアを盛り込み、実験や議論、論文執筆を重ねました。気付けば5年、自分の素朴な疑問からスタートした研究が盛り上がっていき、先生や他の学生、試薬メーカーさんなどの力も借りながら、博士課程の仕事の締めとして著名な雑誌で論文を発表し、世の中に価値を提案できたことを嬉しく思っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
この研究は、素朴な疑問と発見から徐々に膨らませた研究です。変形による色の変化と定量評価や、力で引き起こすラジカル重合とそれによる高強度化など、本研究の基盤要素は比較的早い段階(1~2年ほど)で大部分が出来上がっていました。しかし、論文執筆に本腰を入れ始めると、明確な真新しさと科学的意義を見出すのは容易ではないことに気づきました。メカノラジカル重合の現象自体は1950年代(!)から知られていましたし、この10年ほどは高分子化学の世界で「メカノケミストリー」の分野が急成長しており、力を加えると色が変わる、強くなることを提唱するような論文は既に報告されていたのです(例えばケムステ記事やNat. Chem. 2013, 5, 757. )。
私も周囲もメカノケミストリーの素人でしたから、論文を読み、学会や留学を通して専門家と意見交換を行いました。研究室の先生とも議論や論文執筆を通じて意見をぶつけ合いました。その中で見えてきたのは、固体材料を破壊することなく、効果的に材料内部でメカノケミカル反応を起こすことは難しく、これが分野発展の大きなボトルネックになっているということでした。そして私の研究は、DNゲルはメカノラジカルを大量に発生する特殊な材料だから上手く行ったということに気づかされました。化学反応システムだけでなく、材料側からもアプローチすることで、先人の前に立ちはだかっていた壁を壊すことが出来たのです。
やっとゴールが見えた、と思いきや、この後も苦戦は続きます。上記コンセプトに基づきデータを増やして某化学雑誌に投稿するも、早々にお断り(リジェクト)のメールが返ってきました。普通なら、ほぼその原稿のまま、別の雑誌に投稿していたはずです。しかし私は、教授と相談の結果(グン先生に乗せられて?)、もう一度内容を揉み直して高いレベルを目指すことを決意しました。(ちなみに、この論文を通さずに博士の学位を取るのは恥ずかしいとの思いがあり、この揉み直しの決断のお陰で学位取得は遅れることになりました(笑)。)
この最後のあがきが功を奏し、「力学負荷で繰り返し強く大きくなる自己成長材料」という新概念の着想に辿り着きました。それを実証するための実験データを補強し、論文原稿も大幅に刷新し、やっと論文が受理され、公表できました。論文のタイトルにもある「self-growing(自己成長)」というコンセプトや、本論文のハイライトとなった冒頭の動画・その定量的実験データは、この最後の追い込みで盛り込んだものでした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学を大切なバックグラウンドとしながら、様々なことに挑戦していきたいです。私は大学では応用化学科で化学(卒業研究は化学工学分野)を学びましたが、大学院では研究を通してソフトマターの力学物性を中心に学んできました。このように大学院での物理寄りの研究の中でも、化学の発想を持ち合わせていたことで、今回のような材料・化学・物理の境界領域の成果が出せました。今後も、私の原点である化学の発想を大切にし、常に鍛えながら、材料研究やビジネスフィールドなどの別分野、境界領域で仕事をしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は、無から有は生まれないと思っています。
今回の研究もそうでした。私の手元にはDNゲルという面白い素地があり、他方、メカノラジカルによる化学反応は半世紀以上前から知られていました。そこに、これらを上手く組み合わせる人間(=私を含む著者5人)がいて、それを支える人や環境があって、時機も適当で、そうやって新しい価値が生まれたのです。もちろん、物は言いようで、それが“無から有”や“0から1”と表現する人もいるかもしれません。別の事例を挙げて反論する人もいるかもしれません。しかしながら、少なくとも私はそういう発想で研究をやってきました。
この発想でいくと、どうやったら意義深く斬新な組み合わせに出会えるのか、という話になります。今回の研究においてそれは、「疑問に思うこと」にありました。紆余曲折ありながらも、「共有結合が切れたらどうなるのか」という問いを最初に持ったことで、今回の一篇の論文に辿り着きました。
実際のところ、疑問に思って調べてもその答えはすぐには見つからないかもしれません。むしろ見つからないほうが普通です。そんな疑問は、頭の片隅に置いておけば良いのです。しばらくして、別の論文を探していたり、ケムステの記事を読んでいたり、文系の友人と話していたりする中で、「あれ、そういえばあの時のあれって・・・」と気づく時がままあるのです。それは直接的な事(今回の私の先行論文の発見)もあれば、もっと遠まわしでアナロジー的な事もあります。そういう瞬間に出会い、気付けるためには、疑問に思う心を持つこと、物事を構造的に考えること、そして、色々な事に触れることが大切だと思います。
今回私は、自分のアイディアで出発した研究を論文にすることができました。それは本来、学生であろうとも、博士を取らんとする人ならば当然のことだと思います。周りの助けは存分に借りながら、自分で発案した「研究」を遂行してまとめ上げ、胸を張って自分の仕事だと言える成果を認められて初めて、博士の学位を申請する資格があるのだと思います。博士に進学しようか迷っている人がこれを読んでいるならば、私はこう助言します。「行きたいと思うなら是非挑戦しましょう。ただし、甘えずにとにかく高い水準を目指して下さい。」と。
かく言う私は、標準年限では学位を取り切れなかった弱い学生でした。そんな私をサポートし本研究を一緒に作り上げてくれた共著者のグン先生・中島先生・川上さん・難波君、その他ご支援いただいた全ての方々に感謝の意を表するとともに、読み親しんでいるケムステの記事の執筆機会を与えて下さったChem-Stationスタッフの方々、そして最後まで読んで下さった読者の皆様に御礼申し上げます。
関連リンク
- 北海道大学 ソフト&ウェットマター研究室:当HPの「論文/総説/著書」一覧からは、該当論文にログイン不要でアクセスいただけます。
- プレスリリース:トレーニングで強くなるゲルを開発!~外部から“栄養”を取り込み,力学負荷で強く大きく成長する高分子材料~
- Duke大学Stephen L. Craig先生による概説記事(英文): Hydrogels muscle their way into new territory.
研究者の略歴
松田 昂大(まつだ たかひろ)
所属:北海道大学大学院生命科学院 ソフト&ウェットマター研究室
専門:高分子ゲル、ソフトマターの合成と力学
略歴:
1990年千葉県柏市生まれ。2013年3月慶應義塾大学応用化学科卒業。2015年3月北海道大学大学院生命科学院修士課程修了。同年4月に同博士後期課程に進学し、現在に至る。2017年4月~2019年3月 日本学術振興会特別研究員(DC2)。2016年2~3月 アメリカ・デューク大学留学(Stephen L. Craig研究室)。2018年9月~2019年3月 オランダ・DSM社インターンシップ。趣味はランニング、駅伝、自転車。