第178回のスポットライトリサーチは、東京大学の細野暢彦講師にお願いしました。
細野先生は高分子化学・物性・自己集積/組織化を軸としたソフトマテリアルサイエンスを専門とする傍ら、動的分子の集積化による協同機能システムの開拓と多孔体化学への応用にも取り組んでおられます。このたび、以前に所属していた京都大学の北川進先生のグループでの研究成果がプレスリリースとして発表されたため、インタビューさせていただきました。
“Highly Responsive Nature of Porous Coordination Polymer Surfaces Imaged by in situ Atomic Force Microscopy”
Hosono, N.; Terashima, A.; Kusaka, S.; Matsuda, R.; Kitagawa, S. Nat. Chem. 2018, 11, 109–116. DOI: 10.1038/s41557-018-0170-0
当時の研究グループを主宰する北川進先生から、細野先生について次のようなコメントをいただいております。
細野先生は物事を迅速に、且つ正確にこなす優秀な研究者です。一方、今回の論文のように粘り強いところもあります。今後共この研究姿勢で良質の論文を書かれるとともに、研究者だけでなく化学から遠い一般の方々まで驚かせる成果を挙げられることを期待しています。
今回のインタビューでは、研究内容に併せて今回の論文発表に至るまでの裏話もお話していただきました。 それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?
数あるMOFの中には、細孔内に取り込むゲストに応じて結晶の格子構造を変形させ、応答するものがあります。これまでの研究では、主にX線構造解析を用いてこの変形過程が調べられてきましたが、この手法の原理上、結晶の変形過程をリアルタイムで観察することは困難でした。そのため、MOFの変形メカニズムには謎が多く残されていたのです。
そこで、我々のグループは環境制御型の高速原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、結晶格子レベルの解像度でMOF結晶表面を観察し、ゲスト応答過程をリアルタイムで直接とらえるという方法で、その観測に挑みました(図1)。結果、MOF結晶の最表面はゲストの濃度に対して連続的かつ俊敏(〜10分程度)に応答していることを明らかにすることに成功しました。さらに、MOF結晶全体が変形しない低いゲスト濃度においても、MOFの表面は応答を示しているという新事実も発見しました。
図1.MOF結晶表面のAFM観察。ゲスト分子が細孔に入り、MOF表面は正方形からひし形の格子へと俊敏に変形する。しかし、結晶全体はその濃度では変形することはなく、より高密度にゲストを導入する必要がある。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究の完遂までには数多くの困難に遭遇しましたが、中でも代表的なものは結晶の調製法の工夫でしょうか。我々が使用したMOF(図2)の結晶表面は、ピュアな溶媒(瓶だし溶媒)に浸すと溶け出し、容易に崩壊してしまうため、液体中での安定した高解像度観察が難しくなるという問題がありました。試行錯誤した結果、合成した直後のMOF結晶をピュアな溶媒(DMF)に漬け込み、長時間(一ヶ月程度)放置することで固液界面での平衡を達成させ、その上澄み溶液を使ってAFM観察するという手法を編み出しました。この手法によって、MOF結晶表面の安定した高解像度観察が可能になりました。
図2.本研究で使用したMOFの構造。dabcoが露出している001面をAFMにより観察した。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
上述の通り、この研究は実験のデザインや観測条件の決定に困難な局面が頻発し、多くの時間を費やしました。それでも完遂できたのは、一人の技術員の方の貢献が大きいです。論文の共著者であり、当時グループに技術員として参画していた寺島綾氏が、とにかくものすごい実験量をこなし、試行錯誤しながら繊細なAFM観察を根気強く繰り返しトライしてくださったおかげで、最終的に重要なデータを揃えることができました。
誰も挑戦していない試みだったので、一般的な手法や解析法がなく、我々でひとつひとつ検討し開拓する必要がありました。そのため、この研究の論文審査も初版投稿から採択まで約2年を費やしました。しかしその間、査読者からいただいたフィードバックがとても的確かつ有意義で、追加実験や解析を通して論文が顕著に良くなっていきました。最後には査読者とも一体となって問題に立ち向かっていたような印象があります(Reviewer 3さんありがとう!)。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学って、なぜか少しクラシックな学問のイメージがありませんか。それを変えたいと思っています。不夜城のような研究室、雑然とした実験室、毎回冷や汗をかくミーティング…。ちょっと良いアイデアが出てきそうにないですよね。化学でも、ふとしたアイデア、発想が自然に生まれるような環境作りは重要だと思います。新しい物質、素材の発見は我々の社会生活を大きく変えます。過去に高分子や半導体の誕生が人々の生活を一変させた時のように、我々のアイデアが日々の暮らしに大きな変革をもたらすかもしれません。そう考えると、研究環境のデザインってとても重要だと思いませんか。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
とにかく挑戦してみるというのが重要です。そして行けると思ったら自分の直感に頼って突き進む。疲れたら一息ついて、アイデアを養うのが突破口を開く鍵になると思います。
今回の研究で撮影したMOF表面の写真は、掲載誌の表紙を飾りました。ご協力いただいた共同研究者の方々には、この場を借りて感謝申し上げます。
【略歴】
細野 暢彦(ほその のぶひこ)
所属:東京大学大学院新領域創成科学研究科 講師
経歴:1983年、東京都国分寺市生まれ。2008年、東京農工大学大学院工学府応用化学専攻修士課程修了。2011年、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻博士課程修了。博士(工学)。2011年、アイントホーフェン工科大学(オランダ)博士研究員。その間、2012年〜2013年日本学術振興会特別研究員(SPD)。2014年、京都大学高等研究院物質―細胞統合システム拠点(iCeMS)特定助教を経て、2018年11月より現職。
個人ページ:http://www.nhosono.com
参考文献
- Hosono, N.; Terashima, A.; Kusaka, S.; Matsuda, R.; Kitagawa, S. Nat. Chem. 2018, 11, 109–116. DOI: 10.1038/s41557-018-0170-0
- 本記事のトップ画像の写真は 1. の論文から引用し、作成しました。
関連リンク
- 東京大学 植村研究室
- 京都大学高等研究院物質―細胞統合システム拠点(iCeMS)北川グループ
- 世界の科学者データベース: 北川進 Susumu Kitagawa