2019年新年1回目、トータルで第176回のスポットライトリサーチは、北海道大学工学研究院の伊藤肇研究室に所属する久保田浩司特任助教にお願いしました。
久保田先生は、2018年4月から現在の伊藤肇研究室にて特任助教としてのキャリアを開始されたばかりですが、新しいポジションでゼロから築き上げた研究の成果が早くもプレスリリースとして発表されました。
Olefin-accelerated solid-state C—N cross coupling reactions using mechanochemistry
Kubota, K.; Seo, T.; Koide, K.; Hasegawa, Y.; Ito, H.
Nature Communications 2019, 10, 111.
DOI:1038/s41467-018-08017-9
研究室を主宰されております伊藤肇教授から、久保田先生の人物評と今回の研究の発端について、次のようなお話を伺っております。
うちの研究室は、メカノクロミズムの研究もやっているので、固体を測定する装置やノウハウがありました。彼がうちの研究室にスタッフとしてやってくることが決まったときに、「これらを利用して新しいことをしませんか」と私が誘ったのがこの研究のきっかけです。具体的なところは彼におまかせしたら、一年ほどで論文発表まで達成してくれました。次は固体内独自の反応や他にない選択性などを見つけるのが課題ですね。
実は、久保田先生は学生時代にもスポットライトリサーチでインタビューさせていただいています。その際には、当時の研究テーマであるインドールの触媒的不斉ヒドロホウ素化反応のお話にくわえて、研究者としての今後の意気込みも熱くお話していただきました。今回は、研究者としてさらに磨きがかかった久保田先生から、前回の続編的なお話も伺うことができました。それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「固体状態で進行するクロスカップリング反応」を開発しました。
一般的に化学者は、有機溶媒に反応させたい分子を一度溶かし、目的の反応を溶液中で行います。つまり、これまで化学者が理解または議論している「分子の反応性」のほとんどは、無意識のうちに「溶液という反応メディアにおける分子の反応性」と言うことになります。一方、固体を反応メディアとする有機反応は、メインストリームである溶液系の反応に比べあまり注目されておらず、固体中での分子の反応性というは十分に理解されていると言えません。そこで私たちは、固体中の異方的かつ強い分子間相互作用を活用した新合成反応開発を新しい研究プロジェクトとして立ち上げました。また、固体反応はボールミルなどのメカノケミストリーを利用して行うため、そのような機械的刺激により分子を活性化できる「メカノドリブン触媒 (Mechano-Driven-Catalysis)」の開発も視野に入れて、研究をスタートしました。
ところが、いざやってみるとユニークな選択性の発現どころか、固体反応そのものがうまくいかないケースばかりでした。固体メディア中では、分子は規則的かつ密に配列しており、触媒や基質の極めて低い分散効率がその原因であると考えられます。有機溶媒の偉大さを改めて確認できました (苦笑)。そんな困った状況のなか、伊藤先生から「”固体メディア向け”の新しい反応デザイン、みたいなことができても面白い」という新しい方向性を提示して頂きました。
そこでまずはじめに、パラジウム触媒を固体メディア中でうまく働かせる反応デザインをしよう、と思い立ちました。ボールミルを用いた固体クロスカップリング反応は報告例があるものの、いずれも反応効率が悪いものばかりでした。実際に、自分で固体C-Nクロスカップリング反応を実施してみたところ、良くて20%、ノーリアクションの場合がほとんどでした。
「パラジウム触媒がきちんと分散していないことが原因に違いない!」と勝手に想像し、配位性のある添加剤を少量混ぜ合わせれば、パラジウム触媒が固体メディア中をうまく”動く”ことができるのでは、と考えました。そこで少量のアルケン添加剤を入れて反応を行うと、定量的にカップリング反応が進行することを発見しました。[1] 透過型顕微鏡による観察により、狙い通りアルケン添加剤がパラジウムナノ粒子の凝集を抑え、アルケンにより安定化された均一なナノ粒子が形成されていることがわかりました (下図)。
本研究はただ溶液系の反応を固体中で行った、という話に留まらず、以下のような、特に化学工業への展開において利点があると考えています。
- コストのかかる脱水・脱気溶媒の使用を抑えれる上、溶媒由来の廃棄物や毒性、安全性を懸念する必要がありません。
- 溶媒を用いる必要がないため、反応装置のダウンサイジング化が可能になります。
- 空気下で効率良く進行するため、窒素置換操作が不要であり、実験操作が格段に簡単になります。
- 反応が一般的な溶液系に比べ速く、反応時間の短縮による高効率化が期待されます。
以上の利点から、環境負荷を抑えたうえで生産プロセス全体のコストダウンが期待されます。もちろん今後は、こういった実用的な面だけでなく、固体メディアや機械的なエネルギーを活用したユニークな化学反応、合成触媒を世に出していきたいと思っています。
最後に、本反応で使っているボールミルがいったいどんなものなのか、どのように反応を実施するのか、写真で紹介したいと思います。反応のセットアップが非常に簡単なので、今後の発展次第では有機合成のやり方が根底から変わるのでは、とそのポテンシャルに期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
新しい研究をスタートするにあたって、「重要な研究課題を発見すること」がいかに難しく、またいかに大事かを痛感しました。論文から思いつくアイディアは、もうすでに誰かがやっています。世界中の化学者がまだ気づいていない、かつ科学的に重要な課題を見つけ、その具体的な解決策を提示し、論文として発表する。基本的な研究のワークフローのように感じますが、実は学生時代やポスドクのときは、研究室の流れを汲んだテーマをもらって、そこに少しアイディアを足すだけで何とかなるので、重要な研究課題を設定する、という部分はきちんと経験していませんでした。今回の研究では、実験を通して新しい研究課題を見出し、その具体的な解決策を提示することができたので、その部分に思い入れがあります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
論文執筆には十分時間をかけました。Toste研(UC Berkeley)とBuchwald研(MIT)でそれぞれ一年間ずつポスドクをしていたのですが、そこで痛感したのは、やはり一流のアメリカ人研究者は論文を書くのが本当にうまい。自分ならJACSに出すかなあという題材であっても、簡単にNature、Scienceに通す。実際論文を読んでみると、そのケミストリーに引き込まれ、査読者を納得させる素晴らしい内容に仕上がっています。これは書き方でズルをしているという話ではなく、論理的かつスマートな英文、プレゼンテーション技術がとても重要であり、英語ネイティブではない僕は学び続けなければいけない、と強く感じたということです。したがって今回の研究では、特に論文の文章にこだわりを持って書きました。もちろんこの論文の出来栄えは適切かつ迅速に修正・アドバイスして頂いた伊藤先生のおかげであり、この場を借りて感謝申し上げます。実験はそこまで苦労もなく、M1瀬尾さんの大きな助けもあって2か月ほどですべてのデータを揃えることができました。
Q4. 以前のインタビューで、将来も「自分が面白いと思う化学をとことん貫きたい」と伺いました。今、どんな化学を面白いと思っていますか? その化学とどう向き合っていきたいですか?
誰も着目していなかった、もしくは気付いていなかった研究課題や切り口を提案している研究が面白いと思います。僕はまだまだ未熟者で、そのような研究は未だできていませんが、そのような化学を今後展開できるよう、才能ある学生たちとともに精進していきたいと思っています。
Q5. 以前のインタビューで、将来の化学との関わり方について、「自分に「有機合成化学者」というレッテルを貼らない」と伺いました。今の自分に客観的にレッテルを張るならどんな化学者だと思いますか? あるいは、将来にどんな化学者になりたいですか?
この考えは今も変わっていません。MITでポスドクをしていたときはタンパク質修飾やバイオ系に手を出してみたり[2]、今回の研究では透過型電子顕微鏡の使い方をマスターしたりと、普通の反応開発研究者がやらないことにも果敢にチャレンジするように意識しています。ただ、今はまだ能力としては、ただの有機合成化学者の一人でしかないと思います。今後は、最近北大でスタートした新学術領域ソフトクリスタルやWPI-ICReDDなどにも顔を出させていただき、いろいろな分野の研究者の方々と交流して、ユニークな研究者を目指して学び続けたいと思っています。
Q6. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の研究は、自分で手を動かして実験をして初めて研究課題が見えてきました。僕は実験している当事者でしかわからない感覚的な部分、これを大事にするようにしています。注意深く、そして最大限想像を膨らませながら実験していると、新しい研究課題、研究の切り口が見えてくるものだと信じています。先生方のアドバイス通りにただ実験をこなすのではなく、(やってみたらどうかと言われたことはササっとこなした上で)自分で仮説をたて、感じた違和感などを徹底的に考えて、能動的に実験に取り組んでほしいと思います!
また、二年間アメリカで修業してきた経験から感じたこととして、やはり若い人はもっと世界に飛び出してチャレンジする経験をして欲しいと強く思います。日本は良くも悪くも平和すぎます。ハングリーでチャレンジャーだらけの国際的な環境で自分の力を試す、というかけがえのない経験をアメリカでできたことは、僕にとって大きな自信と財産になっています。
最後に、本研究を含むこれまでの研究において研究指導をしてくださった伊藤肇先生、実験において大いに助けてくれたM1瀬尾さん、TEMの測定などに協力、ご指導して頂いた同大学院長谷川靖哉教授、M2小出くんに深く御礼申し上げます。また、伊藤肇研究室の皆様、この研究を紹介する機会をくださったケムステーション運営の方々に深く御礼を申し上げます。
伊藤先生、久保田、M1瀬尾さん
関連論文
- Kubota, K.; Seo, T.; Koide, K.; Hasegawa, Y.; Ito, H. Nature Communications 2019, 10, 111.
DOI:1038/s41467-018-08017-9 - Kubota, K.; Dai, P.; Pentelute B. L.; Buchwald S. L. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 3128 – 3133. DOI:10.1021/jacs.8b00172
関連リンク
関連動画
略歴
名前:久保田浩司
所属:北海道大学工学研究院伊藤肇研究室
研究テーマ:メカノケミストリーによる新反応開発
経歴:1989年北海道千歳市生まれ。2012年3月北海道大学工学部応用化学コース卒業、同年4月同大学院に入学、2016年3月同大学院博士課程修了(一年短縮)。2014年1月〜3月カナダ・アルバータ大学短期留学(Dennis Hall研究室)。2016年6月〜2017年3月アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校博士研究員(F. Dean Toste研究室)、2017年4月〜2018年3月アメリカ・マサチューセッツ工科大学日本学術振興会海外特別研究員(Stephen L. Buchwald/Bradly L. Pentelute研究室)、2018年4月より北海道大学工学研究院特任助教 (伊藤肇教授)。