クロスカップリングおよびイソキノリンの不斉水素化を鍵反応とした(–)-jorunnamycin A, (–)-jorumycinの全合成が達成された。生合成模倣から離れた本合成手法は、類縁体やビス–テトラヒドロイソキノリン(bis-THIQ)骨格をもった他の天然物合成への応用が期待できる。
(–)-jorunnamycin A, (–)-jorumycin
ジョルナマイシンA(jorunnamycin A:1)およびジョルマイシン(jorumycin:2)は2004, 2000年にjorunna funebrisから単離、構造決定された天然物であり、その興味深い化学構造や強力な生物活性、独自の作用機序のため注目されてきた。これらの天然物は5環式炭素骨格、高度に酸化された環末端および中央にプロイミニウムイオンを有する(図1A)。プロイミニウムイオン部位は生体内でアルキル化剤として作用し、DNAの共有結合的修飾をもたらすことで細胞死を引き起こす。したがって、これらの天然物は抗がん剤となりうる化合物として注目されている。実際に1, 2の類縁体であるエクチナサイジン743 (ecteinascidin 743:3)が既に抗がん剤として広く使われている。
1, 2の合成において鍵となるのはビステトラヒドロイソキノリン(bis-THIQ)骨格をいかにして構築するかである。これまでに報告されているbis-THIQ骨格の化学合成手法は生合成経路を模倣した芳香族求電子置換反応を応用したものであった(図1B)(1)。しかし、A環やE環上に電子求引基が存在する誘導体への適用は難しいという制限がある。
今回カリフォルニア工科大学のStoltz教授らは、生合成経路を模倣しない新合成戦略を打ち出して1, 2の全合成に成功したので紹介する(図1C)。具体的には6のビスイソキノリン骨格をC-Hクロスカップリングによって形成し、その後エナンチオ選択的水素化を行うことでbis-THIQ骨格の構築を行った。クロスカップリングを用いた本合成法は各イソキノリンユニットが電子豊富な基質に限定されることがないため、bis-THIQ骨格を有する天然物の合成に広く利用できると考えられる。
“Concise total synthesis of (–)-jorunnamycin A and (–)-jorumycin enabled by asymmetric catalysis”
Welin, E. R.; Ngamnithiporn, A.; Klatte, M.; Lapointe, G.; Pototschnig, G. M; McDermott, M. S. J.; Conklin, D.; Christopher D. Gilmore, C. D; Tadross, P. M.; Haley, C. K.; Negoro, K.; Glibstrup, E.; Grünanger, C. U.; Allan,K. M.; Virgil, S. C.; Dennis J. Slamon, D. J*.; Stoltz B. M.* Science2019, 363, 270.
論文著者の紹介
研究者:Brian M. Stoltz
研究者の経歴:1993 B.S., Indiana University of Pennsylvania
1997 Ph.D., Yale University (Prof. John Wood)
1998-2000 NIH Postdoctoral Fellow, Harvard University (Prof. E. J. Corey)
2000 Assistant Professor, California Institute of Technology
2006 Professor, California Institute of Technology
研究内容:生理活性化合物の全合成研究・反応開発
論文の概要
10のビスイソキノリン骨格をイソキノリン7と8のクロスカップリングから合成した。各ユニットの詳細な合成はここでは割愛する。著者らはFagnouらが報告したC–Hカップリング反応を改良した条件において7および8のカップリングが効率的に進行することを見出し、ビスイソキノリン10を高収率で合成した(2)。このC–H結合活性化は9のような遷移状態を経て進行すると推測されている。続いて、B環上のメチル基およびD環上のメチレン基の選択的酸化反応を行うことで11を合成した。次にB, D環のエナンチオ選択的水素化を行った。Ciba-Geigy社で開発されたイリジウム触媒とキラル配位子15を組み合わせる条件を用いることで水素化反応、続くラクタム形成が効率的に進行し、高収率・高立体選択性で14を得た。その後A, E環の酸化などを経て5工程で1の全合成を達成した。また、1のヒドロキシ基のアセチル化およびシアノ基のヒドロキシ化を行うことで2を合成した。生合成模倣から離れたクロスカップリングおよび不斉水素化を用いた本合成手法により、bis-THIQ骨格をもつ天然物やその誘導体への新たな合成アプローチが可能になると考えられる。
参考文献
- Chrzanowska, M.; Grajewska, A.; Rozwadowska, D. M. Chem. Rev. 2016, 116, 12369. DOI: 1021/acs.chemrev.6b00315
- Campeau, L. C.; Schipper, D. J; Fagnou, K. J. Am. Chem.Soc. 2008, 130, 3266. DOI: 1021/ja710451s