今回はScience of Synthesis(SoS)という合成化学のオンラインデータベースを紹介します。
Thieme 社が提供する「Science of Synthesis」は、国際的に著名な有機合成参考書シリーズ「Houben-Weyl Methods of Organic Chemistry」を全面改訂した新版です。 今回ご提案いたします「オンライン版・Science of Synthesis」は、1800 年代初めから現在までの有機および有機金属化合物の合成方法を集めた、重要かつ信頼性の高い合成化学分野における包括的なデータベースで、化合物 の調整法と、実証済みの詳細な合成手順を提供しております。(日本語カタログ文より引用)
ということで、これを読むに「有料版のOrganic Syntheses」なのかな?という第一印象を持ちました。SciFinderやReaxysでは検索結果が無数に出てくるため、自前で信頼性の高いものを選別する眼が必要です。これが合成化学者目線からすでにフィルタリングされているとする触れ込み。
ご存じの通りOrganic Syntheses (https://www.ukmeds.co.uk/)は、プロ合成化学者が追試を行ったプロトコルしか載せないため、信頼性は抜群です。反面、網羅的な検索には向きませんので、失敗したくない合成法を選ぶ時に使うのがよいとされています。これが対抗馬と目されるなかで、SoSは一体どのような位置づけなのでしょうか?実際に試して見ました。
早速使ってみた
検索画面はシンプルで、テキスト検索と構造式検索の2通りが使えます。ケミカルバイオロジーでよく使われているClick反応(Huisgen環化)について、プロトコルを調べて見ました。
まずはテキスト検索。フレーズを確定させたい場合は、ダブルクオーテーションマーク(”)で囲む方がベターです。
すると3件がヒット。SciFinderに慣れた感覚からは「少な!」と思いますが、そもそも掲載時点から絞られているので、こんなものなのでしょう。
一番求めるものに近そうな「Azide Cycloadditions」の項を開いてみます。するとこんな感じの画面が。概要と基礎的情報が記事冒頭で簡潔に紹介されます。実験を上手くいかせたり、早く終わらせるために必要な情報も盛り込まれています。
どうやら各ページは、反応パタンごとに分類・整理されているようです。
下へスクロールしていくと基質一般性のTableが。それぞれの事例に対応した参考文献(Ref)にもハイパーリンクで飛べるようになっています。
もう少し下にスクロールすると、実験項があります。実験上の注意点なども記載されています。このケースではフェニルアジドに爆発性があるので気をつけるように、との記載。
しかしこの検索クエリーではなんとヒットせず。うむむ、これでダメなのか?どうすればいいの。
※Thiemeからの補足情報(2019/1/18追記):検索ワードを適切に短くすれば当然ヒット数は増えるので、それでやってみるのも一手とのこと(たとえば上記事例だと「Huisgen」のみで検索するなど)。また構造式検索では、少なくとも原料と生成物の組み合わせをセットで探す必要があるそうです。原料を指定したくない場合は、矢印を書かず分子(structure)として検索するのが良いそうです。
使ってみた感想
反応に関する踏み込んだ理解が進む、整理された記述は◎
単なる実験項コレクションに終止せず、反応パタンそのものについての基礎的事項や実験的TIPSなどがまとめられているのは利点です。複数の文献を横断参照せずとも、一歩踏み込んだ理解が簡便に得られます。表面的ではなく少し詳しいことが知りたいとする目的には、便利に使えると思います。
事例がやや絞られ”すぎて”いるか?
これが一番気になった点です。上記以外にも思いつくまま検索をかけてみたのですが、さほど柔軟性がないためか、なかなか思ったような反応が引っかかってこないことが多かったです(例えば下記)。筆者がコツを掴み切れてないだけかも知れませんが、特に構造式検索で「この書き方で引っかからないの?」というのが複数あると、使用につまづく印象です。
※Thiemeからの補足情報(2019/1/18追記):これについては「Aラベル」(水素除外ワイルドカード)または「Qラベル」(炭素・水素除外ワイルドカード)をつかうことで解決出来るそうです。
学際領域はまだ手薄?
印象として、低分子合成目線は充実しているようなのですが、Click反応や生体共役反応のごとく学際領域で使われる反応パタンについては、まだまだ記述が手薄なのではと思われました。今後新しい編集者の目線が加わることで、時代に即したものにアップデートされていくことを期待します。
テキスト検索結果には構造例も表示して欲しいところ
実際に合成をおこなう立場からしてみると、どういう化合物での変換例が掲載されているかは、やはり気になるところです。また分類スタイルで編纂されているので、テキスト検索だとどれが望む項目なのかがぱっと見分かりにくいです。信頼性の高い内容ではあると思うのですが、一目でどんな内容かがわかるよう、化学構造式TOCも一緒に表示されると助かるかなと思いました。
動作がやや遅い
滅茶苦茶に遅いわけではないのですが、Organic SynthesesやSciFinderに慣れてしまっているとやや気になるレベルです。これは今後ともアップデートに期待したいところです。
結論
というわけで試験的に試して見たのですが、「実際にこういう化合物を合成したい!」と考えてSoSを使うと、かなり手間取りそうな印象です。たぶん現場としてはSciFinderか、無料のOrganic Synthesesを使う方向に行くかなーと思います。
ただそもそもの第一印象が間違っていたのかも知れず、SoSは実験プロトコル集というよりも、「合成反応が体系的にまとまっている教科書」と捉える方が適切なのかなと感じました。ケムステのODOSをよりシステマティックに整理した感じでしょうか。記述そのものはしっかりしていますし、簡潔で分かりやすいので、勉強目的には良さそうだと感じました。必要性はお値段との相談でしょうか。