ニッケル触媒による芳香族アミンとボロン酸エステルとの鈴木―宮浦型カップリングが開発された。2価のニッケル種の還元と触媒サイクルの促進という2つの役割をマグネシウムが担っている。
アリールC-N結合切断を伴うカップリング
芳香族アミン(N,N–ジアルキルアリールアミン)は医薬品および天然に広く存在する骨格であり、その構築法はUllmann縮合やBuchwald–Hartwigクロスカップリングを始めとして、これまで盛んに研究されている。一方で、熱力学的および速度論的安定性をもつ不活性なアリールC–N結合の活性化は一般的に困難であり、遷移金属触媒によるカップリングの報告例は少ない。先駆的な例として、1988年にWenkertらがニッケル触媒条件下、アリールトリメチルアンモニウム塩とGrignard試薬とのカップリング反応を報告している(図1A)[1]。これを皮切りに、有機金属反応剤を用いた遷移金属触媒によるC–N結合活性化が注目されるようになった。2003年にはMacMillanらが、芳香族ボロン酸とアリールアンモニウム塩を用いた鈴木―宮浦型カップリングを開発した(図1B)[2]。しかしアンモニウム塩を求電子剤として用いるこれらの手法は、ジメチルアリールアミンを活性なアンモニウム塩へ変換する工程が必要となる。2007年に垣内らはルテニウム触媒存在下、o位に配向基をもつアニリン誘導体と芳香族ボロン酸エステルとの鈴木―宮浦型カップリングの開発に成功した(図1C)[3]。事前の求電子剤活性化を必要とせず、様々な芳香族アミンを用いることができるが、配向基が残存してしまうという課題が残る。
今回、Shi教授らはニッケル触媒存在下、マグネシウムを添加することで、N,N–ジメチルアリールアミンを求電子剤とした直接的な鈴木―宮浦型カップリングに初めて成功したので紹介する(図1D)。
“Ni-Catalyzed Cross-Coupling of Dimethyl Aryl Amines with Arylboronic Esters under Reductive Conditions ”
Cao, Z. C.; Xie, S. J.; Fang, H.; Shi, Z. J. J. Am. Chem. Soc.2018, 140, 13575-13579.
DOI: 10.1021/jacs.8b08779
論文著者の紹介
研究者:Zhang-Jie Shi
研究者の経歴:
1992-1996 BSc, Department of Chemistry, East China Normal University
1996-2001 PhD, Shanghai Institute of Organic Chemistry, CAS (Prof. Shengming Ma)
2001-2002 Postdoc Fellow, Harvard University (Prof. Gregory L Verdine)
2002-2004 Research Associate, The University of Chicago (Prof Chuan He)
2004-2008 Associate Professor, College of Chemistry and Molecular Engineering, Peking University
2008-2017 Professor, College of Chemistry and Molecular Engineering, Peking University
2017- Professor, Department of Chemistry, Fudan University
研究内容:遷移金属触媒を用いた反応開発
論文の概要
本反応はNi/IMesMe触媒存在下、添加剤としてMgを用い、N,N–ジメチルアリールアミン1とアリールボロン酸ネオペンチルグリコール2とのカップリング反応によりビアリール体3を高収率で与える。1に種々のアルキル置換基やエーテル、ケタールなどの官能基、さらにはアルキルボロン酸エステルが内在していても反応は進行する(図2A)。また2はアルキル基だけでなくアリール基、シリル基の共存も可能である。
EPR解析およびDFT計算の結果から、系中で(IMesMe)2Ni(I)Brが生成していることが確認され、Ni(I)/Ni(III)の触媒サイクルが示唆された。そこで著者らはマグネシウムの効果を調査するために対照実験を行った(図2B)。もし本反応においてマグネシウムが還元剤としての役割のみをもつならば、(IMesMe)2Ni(I)Brを触媒として直接添加しても同様の結果が得られるはずである。しかし予想に反し、Mg非存在下では3の収率が大幅に低下したが、Mgが添加されている場合、最適条件と同等の収率で3を与えた。つまりMgは還元剤としての働きに加え、本反応を促進する役割も担っていることが示唆される。本反応機構は次のように提唱されている(図2C)。まず、Mgにより、Ni(II)がNi(I)へ還元され活性種Ⅰが生成する。続いて、配位子交換によりⅡが得られた後、酸化的付加によって3価のニッケル種Ⅲが生成する。Ⅲと2とのトランスメタル化を経て、Ⅳが還元的脱離を起こすことで3を与え、また活性種Ⅰが再生し触媒サイクルが完結する。
以上、N,N–ジメチルアリールアミンを求電子剤とした直接的鈴木―宮浦型カップリングが開発された。詳細な機構は不明であるが、芳香族アミンをそのままカップリング剤として用いることができるようになったことは興味深い。
参考文献
- Wenkert, A.-L. Han and C.-J. Jenny, J. Chem. Soc., Chem. Commun., 1988, 0, 975. DOI: 10.1039/C39880000975
- Blakey, S. B.; MacMillan, D. W. J. Am. Chem. Soc.2003, 125, 6046. DOI: 10.1021/ja034908b
- [a]Ueno, S.; Chatani, N.; Kakiuchi, F. J. Am. Chem. Soc.2007, 129, 6098. DOI: 10.1021/ja0713431[b] Koreeda, T.; Kochi, T.; Kakiuchi, F. J. Am. Chem. Soc.2009,131, 7238. DOI: 10.1021/ja902829p