前回の【基本編】に引き続き、化学構造式描画の標準ガイドラインをご紹介します。
“Graphical representation standards for chemical structure diagrams (IUPAC Recommendations 2008)”
Brecher, J. Pure Appl. Chem. 2008, 80, 277-410. doi:10.1351/pac200880020277
構造式描画のガイドライン:応用編
応用編は見やすさと言うより、誤解を生まない為の表記指針になります。特に論文上の化学構造式を描く際には、一通りチェックする癖を付けておきましょう。
単結合末端にはラベルを書く
メチル基(CH3またはMe)は落としがちです。無くても意味は通じますが、誤植か否かという混乱を生まない為にも、著者側でちゃんと書いておくのが親切です。
配位結合は単実線で書く
右のような矢印表記は良く見ますが、IUPAC非推奨であることは知っておいて良いと思います。
また多中心配位結合の場合は、実線表記が原則です。非局在π電子も破線ではなく実線での曲線表記が推奨です。
環内二重結合は内側に書く
これも明確に推奨されています。
二重結合2つに挟まれた炭素は明示する
アレンだけなぜか緩くてもいいらしいですが、ちゃんと書く癖を付けておくのがベターだと思います。
原子ラベルの向きに注意
原子団のうち、結合に関与している元素を必ず実線に接続させましょう。逆にすると構造式の意味が変わってしまったり、混乱・誤解を生む元になります。筆者個人がよく見かけるミスも、確かに下の3つかと思います。
立体配置は四面体構造がイメージしやすいように書く
特に右図のヒドロキシル基のような表記は、どの方向に向いているのかが一目でイメージしづらく、誤解を生みやすい典型となります。
マイナス記号にはエンダッシュを使う
単なるハイフンでは短すぎて見にくくなるため、エンダッシュ(en-dash)の使用が推奨されています。
イオン結合はイオンペア間に線を書かない
電荷をもつ化学種を明示しつつ共有結合と区別する意図から、下記の表記が推奨されています。
おわりに
論文中ではこれ以外にも多数の推奨・非推奨事例が、「えっ、こんなことまで?」と思えるほど事細かに取りあげられています。「見やすく安心感のある構造式」をこれまで意識したことがなかった方は、一度ざっと眺めて見てはいかがでしょう。主観ベースではない、国際標準を知ることができる点で有益かと思われます。
※図は冒頭論文より引用・改変しました