第169回目のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科博士課程・清原慎さんにお願いしました。
これまで科学的営みは実験主導によって導かれてきた面が多くあります。しかしIT技術の発達した現代では、AIや機械の導入によって得られる膨大なデータを解析することで、より合理的な戦略を導こうとする「データ駆動化学」が現実味を帯びています。この潮流下にあって、清原さんの所属する溝口研究室では、マテリアルズインフォマティクスと呼ばれる材料科学と情報科学の融合領域に精力的に取り組んでいます。今回取りあげる研究は、材料の測定・分析に欠かせないデータの解釈をAIのチカラで圧倒的速度で成し遂げたという、まさに今を時めく成果であり、Scientific Reports原著論文およびプレスリリースとして公開されています。
“Data-driven approach for the prediction and interpretation of core-electron loss spectroscopy”
Kiyohara, S.; Miyata, T.; Tsuda, K.; Mizoguchi, T. Sci. Rep. 2018, 8, 13548. doi:10.1038/s41598-018-30994-6
研究室を主催されている溝口 照康 准教授から、清原さんについて以下の様な評を頂いています。AI+化学という先駆的融合領域において、大変大きな期待が寄せられている人物像がうかがえます。是非とも、新領域からのインタビューをお楽しみ下さい!
清原君の好奇心旺盛な性格と,昼夜を問わずバグやエラーと戦い続ける不屈の精神はマテリアルズインフォマティクスの研究に最適のキャラクターでした。マテリアルズインフォマティクスの大きなプロジェクトが国内外で走っています。清原君が行った「機械学習による界面構造決定」と「機械学習によるスペクトル解釈」は,みんながやりたくて,でも誰も実現できなかったことです。清原君がこの分野の世界的なリーダになることは疑いの余地がありません。あとは,私の「前向き思考」を清原君がDeep learningし,回帰モデルをつくることができれば,様々な状況や問題に対処できる最強の研究者になると思います。今後が楽しみな若者です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
透過型電子顕微鏡に付属するEELS(electron energy loss spectroscopy)と呼ばれる分光装置を用いることで,原子一個レベルで原子配列と電子状態を測定することが可能です.しかしEELSで得られるスペクトルから意味のある情報を抽出する(つまり,スペクトルを解釈する)ためには理論計算を行う必要があり,それには専門的な知識が必要でした。今回我々は,決定木(Decision tree)と階層型クラスタリング(Hierarchical clustering)と呼ばれる2種類の情報科学的手法を応用することで、研究者が行っていたスペクトルの解釈をデータ駆動的に行うことを可能にしました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
私は修士までは電子状態ではなく原子構造に関する研究を行っていました。しかし電子状態に関する研究を行いたいと思い溝口研究室を志望したので,それを行うことができた最初の研究であり非常に思い入れがあります。また,国際学会にて発表する予定だったにもかかわらずなかなか結果が出ず,アイデアを思ついたのが学会直前だったので非常につらい思いをしました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
マテリアルズインフォマティクスはまだ始まったばかりの分野であるため,どのような統計手法をどのように使っていけばいいという経験があまり蓄積されていません。ゆえに数多くの統計手法を網羅的に調べ,プログラミングで実装可能なまでに理解するのに苦労しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
ケモインフォマティクスやバイオインフォマティクスと呼ばれる化学・生物学と情報科学の融合は材料科学よりもはるか先を走っています。マテリアルズインフォマティクスがそれらに少しでも追いつけるように少しでも貢献したいと思います。また,今回の研究で対象とした透過型電子顕微鏡や電子分光法のように,材料の研究でひろくつかわれている手法や考え方が,化学・生物学の分野ではあまり有効に利用されていないケースもあるように思います。材料の知識と経験をもとに,化学分野の発展にも貢献できればと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
先生や先輩を見て,「些細なことでも見逃さず疑問に思う」ことと「ポジティブに考える」ことが重要だと思いました。後は寝ずに頑張れば何とかなると思うので、この2点を忘れずに研究生活を送りたいと思います。
最後に本研究は指導教員である溝口照康先生をはじめ,すでに同研究室を卒業された宮田智衆博士,東大の津田宏冶先生によるご指導の下行うことができました.この場を借りて感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:清原 慎(きよはら しん)
平成26年 東京大学工学部マテリアル工学科卒業
平成28年 東京大学工学系研究科マテリアル工学専攻博士前期課程修了
平成28年- 東京大学工学系研究科マテリアル工学専攻博士後期課程在学