[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

つぶれにくく元にも戻せる多孔性結晶の開発

[スポンサーリンク]

第171回目のスポットライトリサーチは、筑波大学数理物質系・山岸 洋 助教にお願いしました。

東大工学部・相田研究室発の研究成果はこれまでケムステ上でも多数紹介しております。一見してどういったストーリー的関連があるのかが分からないほど、いずれのトピックも多岐にわたっており、目にする度に驚きを隠しきれません。今回、山岸さんがあげられた成果もその一つです。先日Science原著論文およびプレスリリースとして公開されています。

“Self-assembly of lattices with high structural complexity from a geometrically simple molecule”
Yamagishi, H.; Sato, H.; Hori, A.; Sato, Y.; Matsuda, R.; Kato, K.; Aida, T.  Science 2018, 361, 1242-1246. DOI: 10.1126/science.aat6394

山岸さんは現在、筑波大学でアカデミックポストを獲得され、今後ますます独自色を推し進めた研究を生み出していくことが期待される人材です。ぜひとも、その現場からのインタビューをお楽しみ下さい!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

多孔性結晶と呼ばれる数Åほどの微細な孔が空いた結晶の研究を行いました。近年、数多くの多孔性結晶が合成されていますが、実は熱的に安定な構造体の数は限られています。「自然は真空を嫌う」という格言にもあるとおり、孔が空いた疎な構造よりも密につまった構造の方が安定なためです。そこで重要となるのが、穴が開いた構造(準安定状態)と孔がつぶれた構造(安定状態)の間の活性化障壁です。活性化障壁が大きければ安定な多孔性結晶となり(図a)、逆に活性化障壁が小さなものには構造の可逆性が生じてきます(図b)。産業利用を念頭に置くと熱的安定性が重要ですが、省資源化の観点からは材料の自己修復を実現する構造可逆性も見逃せません。しかし、従来の化学においてこれらはトレードオフの関係にありました。例えば、Flexible MOFと呼ばれる材料群では小分子を取り込むことにより閉じていた孔が開きますが、小分子を除くとすぐにもとの孔が閉じた構造へ戻ってしまいます。

今回、孔をつぶすためには200度以上の加熱が必要な一方、つぶれた孔が室温条件で自発的に自己修復する(図c)、という何とも都合の良い多孔性結晶の合成に成功しました。孔を再生する過程は有機溶媒(CH3CN)蒸気への曝露により駆動し、再生した孔は有機溶媒分子を除いた後も安定に保たれます。詳細な熱解析を行ったところ、孔を潰す過程と再生する過程の活性化障壁が大きく異なっていることが示唆されました(図d,e)。高度な分子設計が求められるように聞こえますが、対称性の高い簡素な分子で達成できたことも大きなポイントです。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

分子設計です。この研究は、私が博士課程へ進学した折に指導教員には内緒で始めたテーマ、いわゆる裏テーマでした。修士時代のテーマが先輩のお下がりだったこともあり、オリジナルな分子を設計・合成することが楽しくて仕方がありませんでした。学会で発表すると物性やメカニズムについて様々なコメントを頂くのですが、「分子が美しい」というコメントを頂いたときは胸が一杯になりました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

条件変更に対する分子の応答が素直であったため、構造・物性・メカニズムをそろえる行程は比較的スムーズに進みました。しかしその後の論文執筆作業が思うように進まず、納得できるストーリーにたどり着くまでに1年以上の月日がかかりました。物性に注目していた当初の案をやめ、分子設計・結晶設計を中心とした話にまとめることで現在の形になりました。この過程では指導教員との様々な戦い(?)があったのですが、第一線で活躍する研究者に真剣勝負をしていただいた大変貴重な経験であったと、今になってその価値を再認識しております。多大な時間と頭脳、そして精神力を割いていただいた相田先生には、感謝してもしきれません。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本研究では、単結晶構造解析および熱分析を用いて結晶構造転移の様子を明らかにしました。しかし、そこには依然としていくつかの謎が残されています。多孔性構造が崩壊する際の活性化エネルギーはなぜ大きいのか、なぜ自己修復の際の活性化エネルギーは小さいのか、これらの疑問に答えるには結晶構造転移における遷移状態を明らかにしなければなりません。極めて困難な課題ですが、本結晶に限らずダイナミックな分子性結晶全般に繋がる根源的なトピックになると期待しているので、腰を据えて取り組みたいと思っております。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

分子性結晶は、分子間力の弱さに起因する特異的な性質を数多く備えた魅力的な材料です。興味を持たれた方は研究室へ連絡頂けると大変うれしく思います。また、現在は超分子と非線形光学を交えた化学も展開しております。こちらに興味がある方も是非連絡頂ければと思います。

最後になりますが、ご指導頂いた相田卓三教授をはじめ,研究室のメンバーにこの場を借りて心より御礼を申し上げます。

研究者の略歴

名前:山岸 洋
所属(当時):東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 相田研究室
所属(現在):筑波大学数理物質系物質工学域 山本研究室
研究テーマ:弱い分子間結合を用いた精緻な分子集合体構築

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 企業研究者のためのMI入門①:MI導入目的の明確化と使う言語の選…
  2. 新人化学者の失敗ランキング
  3. ベテラン研究者 vs マテリアルズ・インフォマティクス!?~ 研…
  4. アステラス病態代謝研究会 2019年度助成募集
  5. AIBNに代わるアゾ開始剤!優れた特長や金属管理グレート品、研究…
  6. 鍛冶屋はなぜ「鉄を熱いうちに」打つのか?
  7. シビれる(T T)アジリジン合成
  8. 海洋エアロゾル成分の真の光吸収効率の決定

注目情報

ピックアップ記事

  1. 続・名刺を作ろう―ブロガー向け格安サービス活用のススメ
  2. 超分子ランダム共重合を利用して、二つの”かたち”が調和されたような超分子コポリマーを造り、さらに光反応を利用して別々の”かたち”に分ける
  3. 合成化学者のための固体DNP-NMR
  4. クロスカップリング反応ーChemical Times特集より
  5. 室温でアルカンから水素を放出させる紫外光ハイブリッド触媒系
  6. よくわかる最新元素の基本と仕組み―全113元素を完全網羅、徹底解説 元素の発見史と最新の用途、研究
  7. 銅触媒と可視光が促進させる不斉四置換炭素構築型C-Nカップリング反応
  8. 第12回 DNAから人工ナノ構造体を作るーNed Seeman教授
  9. シャンカー・バラスブラマニアン Shankar Balasubramanian
  10. がん細胞をマルチカラーに光らせる

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP