[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

一人二役のフタルイミドが位置までも制御する

[スポンサーリンク]

Nヒドロキシフタルイミドを用いる逆マルコフニコフ型のヒドロアミノ化が報告された。遷移金属触媒および光触媒を用いない温和な条件で進行し、一級アミンへの誘導も可能である。

フタルイミジルラジカルを用いた逆マルコフニコフ型ヒドロアミノ化

窒素官能基は、医薬品や農薬、多くの天然物に見られる重要な部位であり、簡便かつ効率の良いC–N結合形成反応の開発が望まれている。中でも脂肪族オレフィンのヒドロアミノ化は、アルキルアミン合成に対する魅力的な手法であり、遷移金属触媒や光触媒を用いることで急速な発展を遂げてきた。しかし、その位置選択性は主にマルコフニコフ型であり、逆マルコフニコフ型で進行する例は限られている。また、導入できるアミンは、過剰のヒドロアミノ化の進行を防ぐため、高級アミンしか用いることができない点が課題として残されていた。

 カリフォルニア大学サンディエゴ校のSchmidt助教授らは、アルケンのヒドロアミノ化において、フタルイミジルラジカル(PhthN·)に着目した。N中心ラジカルは逆マルコフニコフ付加が予想され、得られたフタルイミドは温和な条件下脱保護されて一級アミンを与える。フタルイミジルラジカルは、Ir触媒・可視光照射条件下での芳香族化合物のイミド化(1A)(1)や、紫外線照射下アルケンのハロイミド化(1B)(2)に用いられてきたものの、ヒドロアミノ化に用いられた例はない。その理由は、PhthN·の生成には水素源を有しない試薬のN–X結合開裂が用いられてきたためであり、また化学量論量の水素源の添加は望まぬラジカルプロセスを経由する可能性がある。

今回Schmidtらは、PhthN·源にNヒドロキシフタルイミド(NHPI)と脱酸素剤としてトリエチルホスファイト(P(OEt)3)を用いることで、広範なオレフィンに対する逆マルコフニコフ型ヒドロアミノ化の開発に成功したので紹介する(1C)

図1. フタルイミジルラジカルを用いた反応例と今回の反応

Intermolecular Radical Mediated Anti-Markovnikov Alkene Hydroamination Using N-Hydroxyphthalimide

Lardy, S. W.; Schmidt, V. A. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12318.

DOI: 10.1021/jacs.8b06881

論文著者の紹介

研究者:Valerie A. Schmidt

研究者の経歴:
-2007 BSc, University of Towson, USA (Prof. Ryan E. Casey and Prof. Steven M. Lev)
2008-2013 Ph.D, University of North Carolina, Chapel Hill, USA (Prof. Erick J. Alexanian)
2013-2016 Posdoc, University of Princeton, USA (Prof. Paul J. Chirik)
2016- Assistant Prof. at University of California, San Diego

研究内容:遷移金属触媒を用いた反応開発、ラジカルを用いた反応開発

論文の概要

 アルケンに対し、ジクロロエタン溶媒中、NHPIP(OEt)3ラジカル開始剤に(tBuON)2を作用させることで、逆マルコフニコフ型選択的にヒドロアミノ化が進行する。本反応は、求電子的ラジカルとの相性が良い電子豊富なアルケンにおいて、ビニルエーテル・スルフィド、ビニルシランなどの幅広い基質で適用可能である(2A)。また、電子的偏りのない不活性なアルケンに対しても、ラジカル開始剤を変更し反応温度を上げることで反応は進行する(2B)。さらに、得られたフタルイミドは、ヒドラジンを作用させることで容易に一級アミンへと誘導できる。

 種々の対照実験の結果から、以下の反応機構が提唱されている(2C)。ラジカル開始剤により生じたPhthNO·の、比較的弱いN–O結合がトリエチルホスファイトによって切断されPhthN·が生成する。PhthN·はより置換されたC中心ラジカルを生成するようにアルケンに付加する。生じたラジカルにNHPIよりH原子が移動して目的物が得られるとともに、再びPhthNO·が生成する。この反応の特筆すべき点は、NHPIを用いることで、アルケンのヒドロアミノ化に必要なH原子とN原子を同一分子から供給できる点にある。

 以上、Nヒドロキシフタルイミドを用いた、オレフィンに対する逆マルコフニコフ型のヒドロアミノ化が開発された。簡便かつ高位置選択的なアルキルアミンの合成は汎用性が高く、数多の合成での活躍が見込まれる。しかし、現状では用いるアルケンの当量に改善の余地が残されており、今後の改善を期待したい。

図2. (A),(B)基質適用範囲 (C)推定反応機構

 

参考文献

  1. (a) Kim, H.; Kim, T.; Lee, D. G.; Roh, S. W.; Lee, C. Chem Commun. 2014, 50, 9273. DOI: 10.1039/c4cc03905j(b) Allen, L. J.; Cabrera, P. J.; Lee, M.; Sanford, M. S. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 5607. DOI: 10.1021/ja501906x
  2. (a) Day, J. C.; Katsaros, M. G.; Kocher, W. D.; Scott, A. E.; Skell, P. S. J. Am. Chem. Soc. 1978, 100, 1950. DOI: 10.1021/ja00474a063(b) Luning, U.; Kirsch, A. Chem. Ber.1993, 126, 1171. DOI: 10.1002/cber.19931260517
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 2012年イグノーベル賞発表!
  2. 2023年から始めるマテリアルズ・インフォマティクスの進め方 〜…
  3. 第31回光学活性化合物シンポジウム
  4. ケムステ版・ノーベル化学賞候補者リスト【2018年版】
  5. リチウムイオンに係る消火剤電解液のはなし
  6. 向かい合わせになったフェノールが織りなす働き
  7. 書物から学ぶ有機化学4
  8. ポンコツ博士の海外奮闘録⑩ 〜博士,中和する〜

注目情報

ピックアップ記事

  1. 研究者へのインタビュー
  2. OIST Science Challenge 2022 (オンライン)に参加してみた
  3. 第28回 錯体合成から人工イオンチャンネルへ – Peter Cragg教授
  4. 【12月開催】第十四回 マツモトファインケミカル技術セミナー   有機金属化合物 オルガチックスの性状、反応性とその用途
  5. 透明金属が拓く驚異の世界 不可能に挑むナノテクノロジーの錬金術
  6. ケムステイブニングミキサー2015へ参加しよう!
  7. エステルからエーテルをつくる脱一酸化炭素金属触媒
  8. 浦野 泰照 Yasuteru Urano
  9. 2010年ノーベル化学賞予想―トムソン・ロイター版
  10. 触媒表面の化学反応をナノレベルでマッピング

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年11月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

注目情報

最新記事

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

有機合成化学協会誌2025年3月号:チェーンウォーキング・カルコゲン結合・有機電解反応・ロタキサン・配位重合

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年3月号がオンラインで公開されています!…

CIPイノベーション共創プログラム「未来の医療を支えるバイオベンチャーの新たな戦略」

日本化学会第105春季年会(2025)で開催されるシンポジウムの一つに、CIPセッション「未来の医療…

OIST Science Challenge 2025 に参加しました

2025年3月15日から22日にかけて沖縄科学技術大学院大学 (OIST) にて開催された Scie…

ペーパークラフトで MOFをつくる

第650回のスポットライトリサーチには、化学コミュニケーション賞2024を受賞された、岡山理科大学 …

月岡温泉で硫黄泉の pH の影響について考えてみた 【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい! というわけで、硫黄系温泉を巡る旅の後編です。前回の記事では群馬県草津温泉をご紹…

二酸化マンガンの極小ナノサイズ化で次世代電池や触媒の性能を底上げ!

第649回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院環境科学研究科(本間研究室)博士課程後期2年の飯…

日本薬学会第145年会 に参加しよう!

3月27日~29日、福岡国際会議場にて 「日本薬学会第145年会」 が開催されま…

TLC分析がもっと楽に、正確に! ~TLC分析がアナログからデジタルに

薄層クロマトグラフィーは分離手法の一つとして、お金をかけず、安価な方法として現在…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー