置換シクロヘキサンの新たな立体選択的合成法が報告された。頻出の構造であるシクロヘキサン合成の新戦略として利用できる。
置換シクロヘキサン合成法
シクロヘキサン環は、天然物をはじめとした多くの分子に含まれる一般的な構造である。置換シクロヘキサン環合成法は、それぞれのユニットとなる炭素数の組み合わせを用いて、[6+0]、[5+1]、[4+2]、[3+3]の4種類に分類できる(図1A)。具体的には、[6+0]や[4+2]としてそれぞれ芳香環の水素化[1]やDiels–Alder反応、続く還元[2]による合成法がある。また、シクロプロパンの二量化による[3+3]型の合成法も知られている[3]。一方、[5+1]の合成法は、マロン酸ジエステルのジアルキル化の後、脱炭酸を行う方法があるが、工程数が多く広く用いられていない[4]。
一方、本論文の著者であるDonohoeらは最近、水素移動触媒と呼ばれるイリジウム1と塩基存在下、1級または2級アルコールを用いたケトンのa–アルキル化に成功している[5](図1B)。今回Donohoeらはこの水素移動触媒反応を応用し、ペンタメチルフェニル(Ph*)ケトン2と1,5-ジオール3から置換シクロヘキサン4の立体選択的合成法を開発した(図1C)。
“Stereoselective Synthesis of Cyclohexanes via an Iridium Catalyzed (5 + 1) Annulation Strategy”
Akhtar, W. M; Armstrong., R. J.; Frost, J. R.; Stevenson, N. G.; Donohoe, T. J.J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 11916.
DOI: 10.1021/jacs.8b07776
論文著者の紹介
1985–1989 BSc (Hons) first class, University of Bath. (Professor T. J. Gallagher)
1989–1992 PhD, Oxford University, (Prof. S. G. Davies)
1993–1994 Post doctoral research (Prof. P. D. Magnus FRS)
1994–2000 Lecturer in Chemistry, University of Manchester
2000–2001 Reader, University of Manchester
2001–2004 Lecturer, Magdalen College and the University of Oxford
2004– Professor, Magdalen College and the University of Oxford
2006–2011 Head of Organic Chemistry, University of Oxford
研究内容:新規触媒反応開発、天然物の全合成
論文の概要
本反応は、イリジウム1と水酸化カリウム存在下、ケトン2とジオール3を加熱することで進行する。ジオールの基質適用範囲は広く、無置換の1,5-ジオール3aから、一置換ジオール(3b–3e)、二置換ジオール3f、環構造をもつジオール3gでも反応が進行する(図2A)。
本反応は、中程度から高いジアステレオ選択性をもつ。この選択性については、種々の基質を用いた検討の結果、図2Bに示すような機構が提案された。まず、反応全体の機構は、以下の水素移動反応を2回繰り返すことによって進む。すなわち、1)イリジウム触媒によるアルコールの酸化とイリジウムヒドリド[Ir-H]の生成、2)生じたカルボニル化合物の塩基によるアルドール縮合、3)生じたエノンの[Ir-H]による水素化とイリジウム触媒の再生である。この機構に基づき、図2Bに示すような中間体を経由して反応が進行する。また、各置換基の立体化学は以下のような中間体の反応で定まる。C1位の立体化学は生成物4のケトンα位のエピメリ化によって熱力学的支配で決まる。C2位はシクロヘキセン中間体Cに対する[Ir-H]の水素付加の面選択性で立体が決定する。C3位は生成するジケトンBのエピメリ化によって定まる。最後にC4位に関してはエピメリ化などには関与しないため、出発物質の立体化学が生成物に反映される。
本水素移動触媒反応で必須のPh*基は、レトロFriedel–Crafts反応を用いてエピメリ化させずにエステル5やアミド6へ変換できる(図2C)。
以上、立体選択的置換シクロヘキサン合成法が報告された。この新規[5+1]の置換シクロヘキサン合成法により入手容易な原料から多様な置換様式のビルディングブロックが提供できる。
参考文献
- (a) Wang, D.-S.; Chen, Q.-A.; Lu, S.-M.; Zhou, Y.-G. Chem. Rev. 2012, 112, 2557. DOI:1021/cr200328h(b)Stalzer, M. M.; Nicholas, C. P.; Bhattacharyya, A.; Motta, A.; Delferro, M.; Marks, T. J. Angew. Chem., Int. Ed.2016, 55, 5263.DOI: 10.1002/anie.201600345
- Fringuelli, F., Taticchi, A., Eds. The Diels-Alder Reactions: Selected Practical Methods; J. Wiley & Sons Ltd.: Chichester, U.K., 2002.
- (a) Ivanova, O. A.; Budynina, E. M.; Chagarovskiy, A. O.; Trushkov, I. V.; Melnikov, M. Y. J. Org. Chem. 2011, 76, 8852. DOI: 1021/jo201612w(b) Ma, W.; Fang, J.; Ren, J.; Wang, Z. Org. Lett. 2015, 17, 4180. DOI: 10.1021/acs.orglett.5b01927
- Li, X.; Wang, B.; Zhang, J.; Yan, M. Org. Lett. 2011, 13, 374. DOI: 1021/ol102570b
- (a) Frost, J. R.; Cheong, C. B.; Akhtar, W. M.; Caputo, D. F. J.; Stevenson, N. G.; Donohoe, T. J. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 15664. DOI: 10.1021/jacs.5b11196(b) Akhtar, W. M.; Cheong, C. B.; Frost, J. R.; Christensen, K. E.; Stevenson, N. G.; Donohoe, T. J. J. Am. Chem.Soc. 2017, 139, 2577. DOI: 10.1021/jacs.6b12840