[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ニンニクの主要成分を人工的につくる

[スポンサーリンク]

ニンニクの主要成分であるアホエンの新規全合成が達成された。酸化条件でオレフィンとスルホキシドを一挙に構築する手法により、簡便かつ短工程なアホエンの大量合成が可能となった。

ニンニクの主要成分アホエン

ユリ科ネギ属の植物であるニンニクは香辛料として食用にすることはもちろんのこと、広く薬用としても用いられてきた。ニンニクは、ビタミンやミネラルの他に硫黄化合物が豊富に含まれており、脳卒中、冠動脈血栓症及びアテローム性動脈硬化症の予防にも効果があるとされている。ニンニクの主要成分であるアホエン(ajoene1)は、1984年に発見されたビニルスルフィド部位をもつアリルスルホキシド化合物である。1の生合成経路は、以下のように説明されている(1A)。ニンニク中のアリイン(alliin2)が酵素アリイナーゼによりアリルスルフェン酸(3)へと変換され、二量化することでアリシン(allicin4)が生成する。反応性の高い4がさらに3と反応することで1を生じる。

 これまで1を人工合成した例はBlockらによる報告[1a,b]のみであり、4をアセトン水溶液中で4時間加熱することで1が得られた(1B)。この方法は短段階であり、最近フッ素をもつ類縁体の合成にも拡張されている[1c]。しかし、多くの副生成物を生じるため1は低収率(34%)にとどまる。また、2012年にアホエン誘導体5の合成法が報告されているが、1自体の合成には適用できていない(1C)[2]

今回、Cardiff大学のWirth教授らは入手容易な化合物から、効率的かつ大量合成可能な1の全合成を達成した(1D)

図1. (A)ajoene(1)の生合成経路、(B)過去の1の合成、(C) ajoene誘導体5の合成、(D)今回の合成

“Short Total Synthesis of Ajoene”

Silva, F.; Khokhar, S. S.; Williams, D. M.; Saunders, R.; Evans, G. J. S.; Graz, M.; Wirth, T. Angew. Chem., Int. Ed.2018, 57, 12290

DOI: 10.1002/anie.201808605

論文著者の紹介

研究者:Thomas Wirth (研究室リンク)

研究者の経歴(一部抜粋):

1984–1990 BSc, University of Bonn
1989–1992 PhD, Technical University of Berlin (Prof. Siegfried Blechert)
1992–1993 Posdoc, Kyoto University (Prof. Kaoru Fuji)
1994-1998 Habilitation, University of Basel
2000–present Professor, Cardiff University

研究内容:セレンの化学、天然物合成、マイクロリアクター化学

論文の概要

著者らは1のアリル部位とスルホキシド部位を合成終盤に一挙に構築する効率的手法を考案した。以下1の合成経路の詳細を述べる(2)

まず、出発原料である臭化物6をチオウレアと反応させ、続く加水分解、生じたチオールのプロパルギル化を経てチオエーテル7を合成した。7に対し、セレノシアン酸2-ニトロフェニルとトリブチルホスフィンを加えることでセレニド9aが得られた。別法として、6に対し、水素化ホウ素ナトリウムとジフェニルジセレニドを作用させることで得られるセレニド8に、上述したプロパルギルチオエーテル化を行うことで置換基の異なる9bを合成した。次に、9へのチオ酢酸のラジカル付加により10とし、続くアセチル基の加水分解と、11によるスルフェニル化により12を得た。最後に12を酸化によりセレノキシドの脱離とスルホキシドの生成が同時に進行すれば1が合成できる。酸化剤として過酸化水素を用いたところ、1が収率20%程度で得られた。反応条件の検討により、10からジイソプロピルアミン(DIPA)存在下m-CPBAを用いると最も収率よく13を与えた(収率48%)。最後にスルフェニル化を行うことでアホエン1の合成を達成した(論文SI参照)。本法を用いて1169gも合成している(純度90%)

さらに合成した1のクオラムセンシング(QS:特定の遺伝子発現を調節する因子)阻害効果を確認したところ、天然から抽出した1と同等な活性を示した(詳細は論文参照)

図2. ajoene(1)の全合成

参考文献

  1. a) Block, E.; Ahmad, S.; Jain, M. K.; Crecely, R. W.; Apitz-Castro, R.; Cruz, M. R. J. Am. Chem. Soc.1984, 106, 8295. DOI:10.1021/ja00338a049b) Block, E.; Ahmad, S.; Catalfamo, J. L.; Jain, M. K.; Apitz-Castro, R. J. Am. Chem. Soc. 1986, 108, 7045. DOI: 10.1021/ja00282a033 c) Block, E.; Bechand, B.; Gundala, S.; Vattekkatte, A.; Wang, K.; Mousa, S.; Godugu, K.; Yalcin, M.; Mousa, S. Molecules 2017, 22, 2081. DOI: 10.3390/molecules22122081
  2. Kaschula, C. H.; Hunter, R.; Stellenboom, N.; Caira, M. R.; Winks, S.; Ogunleye, T.; Richards, P.; Cotton, J.; Zilbeyaz, K.; Wang, Y.; Siyo, V.; Ngarande, E.; Parker, M. P. J. Med. Chem. 2012, 50, 236. DOI: 10.1016/j.ejmech.2012.01.058
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 不安定な高分子原料を従来に比べて 50 倍安定化することに成功!…
  2. 酵素の動作原理を手本として細孔形状が自在に変形する多孔質結晶の開…
  3. 立体規則性および配列を制御した新しい高分子合成法
  4. テキサス大教授Science論文捏造か?
  5. 【ナード研究所】新卒採用情報(2025年卒)
  6. 第19回次世代を担う有機化学シンポジウム
  7. 光誘導アシルラジカルのミニスキ型ヒドロキシアルキル化反応
  8. カーボンナノリング合成に成功!

注目情報

ピックアップ記事

  1. 電化で実現する脱炭素化ソリューション 〜蒸留・焼成・ケミカルリサイクル〜
  2. 材料開発の変革をリードするスタートアップのプロダクト開発ポジションとは?
  3. ハンチュ ピロール合成 Hantzsch Pyrrole Synthesis
  4. 2つの触媒反応を”孤立空間”で連続的に行う
  5. 塩基が肝!シクロヘキセンのcis-1,3-カルボホウ素化反応
  6. 化学者ネットワーク
  7. イミダゾリニウムトリフラート塩の合成に有用なビニルスルホニウム塩前駆体
  8. PEG化合物を簡単に精製したい?それなら塩化マグネシウム!
  9. 第三級アミン酸化の従来型選択性を打破~Auナノ粒子触媒上での協奏的二電子一プロトン移動~
  10. いつ、どこで体内に 放射性物質に深まる謎

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP