第163回目のスポットライトリサーチは、慶應義塾大学理工学部 ・川上了史(かわかみ のりふみ)講師にお願いしました。
川上先生はアカデミアポスト着任後より、「人工タンパク質の自己集合を設計し、機能創出を目指す研究」を精力的に展開しておられます。本成果もその一環にあるもので、Angew. Chem. Int. Ed.誌での原著論文、およびプレスリリースとして先日公開されています。
”Design of Hollow Protein Nanoparticles with Modifiable Interior and Exterior Surfaces”
Kawakami, N.; Kondo, H.; Matsuzawa, Y.; Hayasaka, K.; Nasu, E.; Sasahara, K.; Arai, R.; Miyamoto, K. Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 12400. DOI:10.1002/anie.201805565
研究室を主催される宮本 憲二教授より川上先生についてコメントを頂いております。自ら新しい分子設計に取り組み、切り拓いていく姿勢を是非ご覧いただければと思います。
川上君は、今まで経験してきた様々分野の知識を基盤として、私の研究室に着任してから新たな分野の研究に挑戦しています。今回の研究では、川上君は超分子の設計からその評価まで行い、今までに無い特徴を持つ新たな分子を作り出すことに成功しました。非常に魅力ある分子だと考えていて、川上君を中心としてこの様な分野が大きく広がっていくことを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
天然に存在するタンパク質を使って、サッカーボール型タンパク質ナノ粒子の構築に成功しました。その設計は、5角形で5量体のタンパク質に直線状の構造を持つ2量体タンパク質を連結した、いわゆる融合タンパク質を作るというものです(図1)。これが、それぞれの部位で自己組織化することで、自発的にサッカーボールに組み上がります。名称は「60分子で構成される切頂二十面体型タンパク質」という英名からTIP60としました。TIP60は中空で、内部に小分子を導入できることもわかりました。また、外部表面の電荷を、負電荷になるよう設計したことから、正電荷を持つ化合物と相互作用して、さらに巨大構造を構築することもできます。したがって、カプセルやナノビルディングブロックとしての応用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
昔から、「形」をキーワードとした研究をしたかったことから、今回の設計がうまくいったときはやはり嬉しかったですね。研究の中身で言えば、流行は、中空分子=カプセルの図式があります。これはこれで、面白い研究課題ですが、私はあえてカプセル内側だけでなく外側の表面も積極的に利用しようと考えました。論文の査読段階で、外部表面を利用できると書いたパラグラフは削ってもよいのではないかという指摘がありましたが、結局残す方向で回答しました。その点は、こだわっていると思います。これが意味のあるものであったと思ってもらえるように、発展させていきたいですね。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
TIP60の設計方針については、他の分子設計で失敗を積み重ねてしまっていた間にある程度固まっており、実際に構築する段階になってからは驚くほどスムーズに進展しました。それよりも、私一人でできる実験などたかが知れているので、実験を分担してくれる学生さんを鼓舞することや自分にできない構造解析などの共同研究者探しが大変でした。各学生のキャラクターに合わせてテーマを調節したり、知らない学会に単身出席してみたり、と手探りで進むうちに、徐々にテーマに共鳴してくれる人が増えていった手応えはありました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
これまで、私は様々な分野の研究室を転々としてきましたが、自分の中心に据えてあったのは、やはり化学的な考え方(というほどわかってないのですが)であったように思います。この思考をベースにして、色々な領域の科学を開拓したいと思っています。また、理学という興味で始めた研究が気づいたら実用化していた、など、想像していなかったところにまで広がっていたというパターンのお話も好きなので、自分が作り出すもので、自分の想像を超える世界が切り開けると嬉しいですね。まずは、TIP60に興味を持って使ってみたいという方がでてきてくれるとありがたいです。お気軽にご相談ください。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私は、大学院時代の恩師(動物生理学者、道端斉教授(当時))から、「楽しい経験も、つらい経験も、全て自分を成長させる糧として感謝できるようになれるといいですね」とよく言われてきました。当時、つらい立場にあった自分には、当事者じゃないから言えるんだ、と生意気に思っていましたが、今では本当に重要な言葉だったなと実感しています。ですので、今、逆境にいるような方にこそ、このメッセージが届くとよいなと思います。
最後になりましたが、自由に研究できる環境を与えてくださった宮本先生、構造解析の共同研究提案をご快諾くださった信州大学の新井先生、そして、実験でサポートしてくれた多くの学生の皆様に心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 川上 了史 (かわかみ のりふみ)
所属: 慶應義塾大学・理工学部・生物機能化学研究室
研究テーマ: タンパク質超分子化学・酵素工学
経歴:
2004年 宇部工業高等専門学校専攻科物質工学専攻 修了
2006年 広島大学大学院理学研究科生物科学専攻博士課程前期 修了
2009年 同博士課程後期 博士(理学)取得
〜2013年 名古屋大学物質科学国際研究センター 博士研究員
〜2014年 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 博士研究員
〜2017年 慶應義塾大学理工学部生命情報学科 助教(有期)
〜現在 同専任講師(有期)