[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

ハイブリット触媒による不斉C–H官能基化

[スポンサーリンク]

第157回目のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院 薬学研究院 博士後期課程2年の佐竹 瞬 (さたけ しゅん)さんにお願いしました。

佐竹さんの所属する研究室(松永 茂樹 教授)では、医薬分子の迅速合成に向け、主に遷移金属触媒を用いた炭素–水素結合活性化反応や不斉反応の開発に精力的に取り組まれています。
今回佐竹さんらは、遷移金属触媒と有機分子触媒からなる独自のハイブリッド触媒を用いることで、高エナンチオ選択的なC–H官能基化反応を開発することに成功しました。
本成果は、最近刊行されたNature Catalysis誌に掲載されるとともにプレスリリースが行われています。

“Pentamethylcyclopentadienyl Rhodium(III)-Chiral Disulfonate Hybrid Catalysis for Enantioselective C-H Bond Functionalization”

Satake, S.; Kurihara, T.; Nishikawa, K.; Mochizuki, T.; Hatano, M.; Ishihara, K.; Yoshino, T.; Matsunaga, S.
Nature Catalysis 2018, Published online. DOI: 10.1038/s41929-018-0106-5

実際に実験に取り組まれた佐竹さんに関して、松永先生と吉野 達彦 助教からコメントをいただいています。

2015年4月に研究室を立ち上げるにあたり、当時修士1年生になったばかりの佐竹君にはラボ内でもっとも挑戦的なことに取組んでもらうことにしました。「原料回収のみ」または「滝のようなTLC」という厳しいデータしか出てこない日々が続き、正直、ボツとなったテーマの数は数えきれません。そのような状況でも、新しいことに挑戦しようという信念をもって丹念に研究に打ち込んでくれました。佐竹君の前向きな性格と混沌からタネを拾いだせる繊細さがあってこそ成功したテーマだと思っています。(松永茂樹)

佐竹君は、今の研究室の体制がスタートしてからいくつもの難しいテーマに挑戦してくれました(没になったものも多いですが、そこは教員の力不足です)。その行動力と前向きさで多くの試行錯誤を繰り返してくれた結果が今回の成果につながっています。後輩の面倒見もよく、今回の仕事でもM2の栗原君と一緒にがんばってくれました。失敗も成功も経験したことで大きく成長して、これからも活躍していってくれると期待しています。(吉野達彦)

研究(室)立ち上げ時のテーマに関わるという経験は、誰もができるわけではありません。苦労も人一倍多いかと思いますが、そのような経験でしか得られない、特別な実力をつけることができるのだと思います。そのような状況にいる方は特に、論文と合わせて佐竹さんのインタビューをご覧ください!

Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?

不斉C–H官能基化を実現するハイブリット触媒を開発しました。

Cp*ロジウム錯体は、配位性官能基 (DG) を用いるC–H官能基化反応において、優れた触媒として広く用いられています。本触媒による反応を不斉反応へと発展させるには、Cp配位子にキラルな構造を導入する手法が一般的でした。1) しかしながら、錯体の調製に合成上の手間が多く、より簡便な手法が望ましいと考えられました(図1)。

 

私たちは、触媒活性種がカチオン性である点に着目し、有機分子触媒をキラル対アニオンとして導入したハイブリット触媒を開発し、不斉C–H官能基化に成功しました。導入するアニオン種はビナフチルジスルホナート(BINSate) が最適であり、錯体の調製は極めて容易なものとなっています(図2)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究テーマは研究室立ち上げに際し、多くテーマをボツにした上で初めて得られたポジティブな成果で、最初にHPLCを確認した時の喜びは忘れられません。そのため、今回のハイブリット触媒自体に深い思い入れがあります。

また、工夫した点は添加剤です。様々な配向基を持つ基質を検討しましたが、ピリジン類でのみ良い選択性が得られました。基質以外のピリジン類の添加がポジティブに働くと想定し、わずかではありますがエナンチオ選択性の向上を確認した時は本研究の最初の壁を超えた瞬間でした。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?また、それをどのように乗り越えましたか?

不斉反応では当然のことではありますが、選択性を上げる点です。本研究では既存の戦略の多くが裏目に出ました。例えば、ビナフチル骨格への3,3’位への置換基の導入、接触イオン対の形成を狙った非極性溶媒の利用 2)、等々です。メカニズムの予想がつかない中で、まさに手探りで実験・考察・議論を繰り返し、選択性を高めた過程は難しかった点ではありますが、頭と身体をフルに働かせる実験科学の醍醐味であった気がします。基質に細工を加えることで目標の選択性に到達し、また後輩の栗原くんの成果にも助けられて、今回の報告に至りました (図3)。3)  しかし、難関の立体反応経路に対する検証が残っており、未だに全てを乗り越えられていないという印象です。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学をベースに新たな価値を見出し、社会に貢献することが目標です。今回の成果は、先生方をはじめとした研究室のメンバーとの議論のおかげで達成できました。今までの研究生活で、議論は良い成果につながるだけでなく、多くの学びを与えてくれると強く感じています。将来は、同じ目的を持つ人たちと熱く議論をすることで、化学だけに留まらずさらに幅広い分野を学び続けて、目標に向かって邁進できたら幸せだろうと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

今回の紹介の機会を頂きありがとうございました。ケムステの読者の一人である私にとって大変光栄に思います。

元々、化学や実験がそれほど好きでなかった私が、研究の楽しさに目覚めたのは「とりあえず、やってみる」ができる様になってからです。初めのうちはできることが少ないのですが、可能な限りで「とりあえず、やってみる」を繰り返すうちに知識と技術が身につき、できることが増えて研究がどんどん楽しくなっていきました。研究に上手く乗れていない学生の参考になると幸いです。

最後に、松永茂樹先生、吉野達彦先生をはじめ研究室の皆様、共同研究先の石原一彰先生、波多野学先生、並びに石原研関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:佐竹 瞬(さたけ しゅん)

所属:北海道大学大学院 生命科学院 薬品製造化学研究室 博士後期課程2年(日本学術振興会特別研究員 DC2)

研究テーマ:Cp*Rh(III)-キラルジスルホナートハイブリット触媒による不斉C–H官能基化反応の開発

 

参考文献

1) Newton, C. G.; Kossler, D.; Cramer, N. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 3955. DOI: 10.1021/jacs.5b12964

2) Hamilton, G. L.; Kang, E. J.; Mba, M.; Toste, F. D. Science 2007, 317, 496. DOI: 10.1126/science.1145229

3) Kurihara, T.; Satake, S.; Hatano, M.; Ishihara K.; Yoshino T.; Matsunaga, S.
Chem. Asian. J. 2018Early ViewDOI: 10.1002/asia.201800341

Avatar photo

めぐ

投稿者の記事一覧

博士(理学)。大学教員。娘の育児に奮闘しつつも、分子の世界に思いを馳せる日々。

関連記事

  1. サイエンス・コミュニケーションをマスターする
  2. 化学と権力の不健全なカンケイ
  3. ノーベル賞受賞者と語り合おう!「第16回HOPEミーティング」参…
  4. 高専の化学科ってどんなところ? -その 2-
  5. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑫: XP-P…
  6. 高分子材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用:高分子…
  7. 出張増の強い味方!「エクスプレス予約」
  8. 化学Webギャラリー@Flickr 【Part1】

注目情報

ピックアップ記事

  1. 真島利行系譜
  2. フタロシアニン phthalocyanine
  3. 2017年の注目分子はどれ?
  4. ジボリルメタンに一挙に二つの求電子剤をくっつける
  5. ものごとを前に進める集中仕事術「ポモドーロ・テクニック」
  6. 量子化学計算を駆使した不斉ホスフィン配位子設計から導かれる新たな不斉ホウ素化反応
  7. 電気刺激により電子伝導性と白色発光を発現するヨウ素内包カーボンナノリング
  8. Utilization of Spectral Data for Materials Informatics ー Feature Extraction and Analysis ー(スペクトルデータのマテリアルズ・インフォマティクスへの活用 ー 特徴量抽出と解析 ー)
  9. 骨粗しょう症治療薬、乳がん予防効果も・米国立がん研究所
  10. 飽和C–H結合を直接脱離基に変える方法

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年9月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

注目情報

最新記事

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP