[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

環状アミンを切ってフッ素をいれる

[スポンサーリンク]

環状アミンの開裂をともなうフッ素化が報告された。医農薬分子に頻出であるフッ素原子を導入するための新たな手法として注目される。

環状アミンの開裂をともなうフッ素化反応

分子の官能基化を行う方法の一つに、既存の結合切断を起点とした官能基化がある。すなわち、分子がもつもともとの結合を切り、官能基化に必要な新たな結合に組み替えるといった手法である。この手法を環状アミンに適用した例として、Ferroudらと樋口らは独立に、アミンα位の酸化によるC–N結合切断をともなうC–O結合形成反応を報告している[1](1A)。また窒素原子上がアルキル化された環状アミンの開環をともなう塩素化も知られているが[2]、小員環に限定される(1B)

一方、医農薬に頻出であるフッ素原子をsp3炭素に導入する手法の開発も求められている。Mn触媒を用いたsp3炭素フッ素化反応が報告されているが[3](1C)、未だにカルボニルa位やアリル・ベンジル位といった高反応性部位のフッ素化反応が主であり、さらなる方法論の拡大が必要である。

これらを背景として、著者であるカリフォルニア大学バークレー校のSarpongらは環状アミンのC(sp3)–C(sp3)結合切断をともなうフッ素化反応を開発した(1D)。アミンα位の酸化によるヘミアミナール形成、続く開環で生成する一級ラジカルのフッ素化により反応が進行する。小員環のみならず中員環に対しても適用可能であり、含フッ素ペプチド合成への応用も期待される。

図1.(A) C–N結合切断をともなうC–O結合形成 (B) 環状アミンの開環的塩素化 (C) Mn触媒を用いたsp3炭素のフッ素化 (D)本論文の反応

“Deconstructive fluorination of cyclic amines by carbon-carbon cleavage”

Roque, J. B.; Kuroda, Y.; Göttemann, L. T.; Sarpong, R. Science 2018, 361, 171. DOI: 10.1126/science.aat6365

論文著者の紹介

研究者:Richmond Sarpong 

研究者の経歴:

1991-1995 B.S., Macalester College, St. Paul, MN (Prof. Rebecca C. Hoye)
1995-1997 M.S., Princeton University, Princeton, NJ
1997-2001 Ph.D., Princeton University, Princeton, NJ (Prof. Martin F. Semmelhack)
2001-2004 Posdoc, Califonlnia Institute of Technology, Pasadena, CA (Prof. Brian M. Stoltz)
2004-2010 Assistant Professor, University of California, Barkeley
2010-2014 Associate Professor, University of California, Barkeley
2014- Full Professor, University of California, Barkeley

研究内容:天然物の全合成と新規反応開発・ケミカルバイオロジー

論文の概要

本フッ素化反応は銀塩(酸化剤)に過剰量のAgBF4、フッ素化剤にSelectfluorを用いることで効率よく進行する。基質適用範囲は広く、大小さまざまな環状アミン1a,b、さらに置換基をもつ環状アミン1c,dや縮環した二環式環状アミン1eにおいても反応が進行する。一部の基質1f,gにおいて中間体のヘミアミナールが過剰酸化されることでラクタムが生じる(2A)

NMRによる反応追跡や種々の基質を使った対照実験の結果、図2Bに示すような反応機構が提唱された。まず、銀(I)Selectfluorにより生じた銀(II)とラジカルジカチオンAが基質1jと反応しイミニウムイオンBが生じ、続いてBに水が付加することでヘミアミナールCを与える。その後、生じたヘミアミナールCがアルコキシラジカル中間体を経たのち、ラジカル的開環により中間体Dとなる。その後DSelectfluorによりフッ素化され生成物2jとなる(path A)。別の経路として、ヘミアミナールCの開環体が酸化されカルボン酸Eとなったのち、脱炭酸的フッ素化[4]を起こし生成物2j’を与える経路も提唱された(path B)。そのため、図2A1hのようなカルボキシ基をもつ基質ではジフッ素化がおこる。なお、path Apath Bの両機構を支持する実験結果が得られている(論文参照)

以上、環状アミンの開裂的フッ素化が報告された。方法論として環状アミン開裂体をラジカル等価体としてみなす発想もさることながら、医農薬に有用である含フッ素化合物の新たな合成法としても興味深い。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 推定反応機構

 参考文献

  1. (a) Cocquet, G.; Ferroud, C.; Guy, A. Tetrahedron,2000, 56, DOI: 10.1016/S0040-4020(00)00048-X(b) Ito, R.; Umezawa, N.; Higuchi, T. J. Am. Chem. Soc. 2005, 127, 834. DOI: 10.1021/ja045603f
  2. Yu, C.; Shoaib, M. A.; Iqbal, N.; Kim, J. S.; Ha, H.-J.; Cho, E. J. J. Org. Chem.2017, 82, 6615. DOI: 10.1021/acs.joc.7b00681
  3. Liu, W.; Huang, X.; Cheng, M.-J.; Nielsen, R. J.; Goddard III, W. A.; c J. T. Science2012, 337, 1322. DOI: 1126/science.1222327
  4. Yin, F.; Wang, Z.; Li, Z.; Li, C. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 10401. DOI: 10.1021/ja3048255
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 【超難問】幻のインドールアルカロイドの全合成【パズル】
  2. 水と塩とリチウム電池 ~リチウムイオン電池のはなし2にかえて~
  3. 高専の化学科ってどんなところ? -その 2-
  4. ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法
  5. 第2回慶應有機合成化学若手シンポジウム
  6. 逆生合成理論解析という手法を開発し、テルペン系類縁天然物 pen…
  7. イスラエルの化学ってどうよ?
  8. 炭素をつなげる王道反応:アルドール反応 (3)

注目情報

ピックアップ記事

  1. ちょっとした悩み
  2. 合成後期多様化法 Late-Stage Diversification
  3. ブレデレック ピリミジン合成 Bredereck Pyrimidine Synthesis
  4. リンダウ会議に行ってきた③
  5. 製薬系企業研究者との懇談会
  6. 危険物に関する法令:危険物の標識・掲示板
  7. ボロールで水素を活性化
  8. 有機合成化学協会誌2024年2月号:タンデムボラFriedel-Crafts反応・炭素-フッ素結合活性化・セリウム錯体・コバルト-炭素結合・ホスホロアミダイト法
  9. 製造業の研究開発、生産現場におけるDX×ノーコード
  10. 大阪・池田 リチウム電池の実験中に爆発事故

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年10月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  

注目情報

最新記事

新発想の分子モーター ―分子機械の新たなパラダイム―

第646回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院理学研究院化学部門 有機反応論研究室 助教の …

大人気の超純水製造装置を組み立ててみた

化学・生物系の研究室に欠かせない超純水装置。その中でも最も知名度が高いのは、やはりメルクの Mill…

Carl Boschの人生 その11

Tshozoです。間が空きましたが前回の続きです。時系列が前後しますが窒素固定の開発を始めたころ、B…

PythonとChatGPTを活用するスペクトル解析実践ガイド

概要ケモメトリクスと機械学習によるスペクトル解析を、Pythonの使い方と数学の基礎から実践…

一塩基違いの DNA の迅速な単離: 対照実験がどのように Nature への出版につながったか

第645回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院工学系研究科相田研究室の龚浩 (Gong Hao…

アキラル色素分子にキラル光学特性を付与するミセルを開発

第644回のスポットライトリサーチは、東京科学大学 総合研究院 応用化学系 化学生命科学研究所 吉沢…

有機合成化学協会誌2025年2月号:C–H結合変換反応・脱炭酸・ベンゾジアゼピン系医薬品・ベンザイン・超分子ポリマー

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年2月号がオンライン公開されています。…

草津温泉の強酸性硫黄泉で痺れてきました【化学者が行く温泉巡りの旅】

臭い温泉に入りたい!  というわけで、硫黄系の温泉であり、日本でも最大の自然温泉湧出量を誇る草津温泉…

ディストニックラジカルによる多様なアンモニウム塩の合成法

第643回のスポットライトリサーチは、関西学院大学理工学研究科 村上研究室の木之下 拓海(きのした …

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP