イナミドと光学活性なアルケニルスルホキシドから、2位および3位に置換基をもつ1,4-ジカルボニル骨格を合成する手法が開発された。反応は高立体選択的に進行し、4級炭素の構築も可能である。
2,3位に置換基をもつ1,4-ジカルボニル化合物の立体選択的合成
カルボニル基は様々な変換の足がかりとなる重要な官能基であり、望みの位置に複数のカルボニル基をもつ骨格の効率的な合成法が盛んに研究されている。しかし、現在でも特に2,3位に置換基をもつ直鎖1,4-ジカルボニル化合物の合成法は少なく、その立体選択的な合成手法は限られている。Ireland–Claisen転位により立体選択的に2, 3位に置換基をもつ1,4-ジカルボニル化合物の合成は可能だが、この手法は導入できる置換基が限られる[1](図1A)。
近年では2,3位の炭素–炭素結合構築により1,4-ジカルボニル化合物合成する手法も開発されている。Baranらは鉄(III)または銅(II)塩を用いる酸化的エノラートカップリングを開発し、これをEvans不斉補助基をもつ化合物に適用することで中程度の立体選択性で1,4-ジカルボニルが合成できることを報告した[2](図1B)。また、Deciccoらはα位にトリフラート基をもつエステルを求電子剤として不斉補助基を有するエノラートのアルキル化を行うことで1,4-ジカルボニル化合物を高立体選択的に合成できることを示した[3](図1C)。一方で、Rovisらは不斉NHC触媒を用いるグリオキサミドとアルキリデンケトアミドとの不斉Stetter反応により、2位と3位の置換基の立体選択性の制御に成功したが、基質の制限が大きいことが課題として残る[4](図1D)。また、これらの手法を用いて4級不斉炭素を構築した例はなく、直鎖1,4ジカルボニルの自在合成法の確立にむけては挑戦的な課題とされていた。
今回Vienna大学のMaulide教授らはブレンステッド酸触媒存在下、イナミドと光学活性なスルホキシドから1,4-ジカルボニル化合物を合成する手法を開発した(図1E)。本反応は広範な基質に対して高い立体選択性を示し、これまでの手法では困難であった4級炭素の構築も可能である。
“Stereodivergent synthesis of 1,4-dicarbonyls by traceless charge-accelerated sulfonium rearrangement”
Kaldre, D.; Klose, I.; Maulide, N. Science 2018, 361, 664. DOI: 10.1126/science.aat5883
論文著者の紹介
研究者:Nuno Maulide
2007 Ph.D., University of Louvain (Prof. István E. Markó)
2007–2008 Posdoc, Stanford University (Prof. Barry M. Trost)
2009–2013 Max Planck Research Group Leader, Max Planck Institute for Coal Research
2013 Habilitation, Ruhr University Bochum
2013– Full Professor of Organic Synthesis, University of Vienna
研究内容:アミド活性化、イナミドや硫黄を用いる反応の開発、天然物合成
論文の概要
著者らはこれまでにブレンステッド酸存在下、イナミドとスルホキシドから生じる付加体1が[3,3]-シグマトロピー転位をし、a–置換アミドを合成できることを見出している[5]。
今回、アルケニルスルホキシドに対して反応を行えば、転位反応の後に生成するチオニウム中間体4の加水分解を経て2,3-二置換1,4-ジカルボニルの新規合成法へ展開できると考えた(図2A)。実際に、水および触媒量のトリフルオロメタンスルホンイミド存在下、イナミドとS-キラルなアルケニルスルホキシドをジクロロメタン溶媒中0 °Cで反応させることで、高エナンチオおよびジアステレオ選択的に反応が進行し、2,3-二置換1,4-ジカルボニル体が良い収率で得られた(図2B)。広い官能基耐性をもつだけでなく、β,β–二置換アルケニルスルホキシドを用いれば4級不斉炭素の構築も可能である。
本手法の立体選択性は、アルケニルスルホキシドの立体化学によって決まる。すなわち、アルケニルスルホキシドのS上のキラリティにより生成物のC3位のS,Rが決定し、(E)-アルケニルからはsyn体が、(Z)-アルケニルからはanti体が生成する。これは、本反応における3の転位反応がいす型遷移状態を経て進行するためである(図2C)。例えば(S,Z)-アルケニルスルホキシド5を用いた場合、オクチル基が擬エクアトリアル位を占める遷移状態6を経由することで、(2R,3S)体を高立体選択的に与える。
以上のようにイナミドと光学活性なスルホキシドから、2位および3位に置換基をもつ1,4-ジカルボニル化合物を高立体選択的に合成する手法が開発された。今後医薬品や天然物合成などに応用されていくであろう。
参考文献
- Pratt, L. M.; Beckett, R. P.; Bellamy, C. L.; Corkill, D. J.; Cossins, J.; Courtney, P. F.; Davies, S. J.; Davidson, A. H.; Drummond, A. H.; Helfrich, K.; Lewis, C. N.; Mangan, M.; Martin, F. M.; Miller, K.; Nayee, P.; Ricketts, M. L.; Thomas, W.; Todd, R. S.; Whittaker, M. Bioorg. Med. Chem. Lett. 1998, 8, 1359. DOI: 10.1016/S0960-894X(98)00218-2
- Baran, P. S.; DeMartino, M. P. Angew. Chem., Int. Ed. 2006, 45, 7083. DOI: 10.1002/anie.200603024
- Decicco, C. P.; Nelson, D. J.; Corbett, R. L.; Dreabit, J. C. J. Org. Chem.1995, 60, 4782. DOI: 10.1021/jo00120a022
- Liu, Q.; Rovis, T. Org. Lett. .2009, 11, 2856. DOI: 10.1021/ol901081a
- Kaldre, D.; Maryasin, B.; Kaiser, D.; Gajsek, O.; González, L.; Maulide, N. Angew. Chem., Int. Ed. 2017,56, 2212. DOI: 10.1002/anie.201610105