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アメリカの大学院で受ける授業

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アメリカと日本の大学ってどう違う?と聞かれて、私がまず挙げるのが授業の大変さです。今回は、アメリカの大学院での授業の様子について、私の体験を具体的に綴りたいと思います。

(学科や大学によって状況は異なるので、あくまで一例と考えてください。)

1. 1年目は授業に追われる日々

アメリカのPhD課程では、卒業までにかかる5年間(5〜7年間)のうち、初めの1年は授業に多くの時間を割くことになります(図1)。私が在籍する大学院の化学科では、2年目のCandidacy試験までに、最低5科目でB以上の成績を取ること、と決められています。取る科目は科学・工学系ならどんな分野でも良く、自分の興味や研究テーマに沿った科目を自由に選ぶことができます。

授業は多くの場合、週に2回・各90分で、1年目の秋・冬・春学期に1〜2科目ずつ取れば、Candidacyまでの要件をクリアすることができます。「学期に1〜2科目しか取らなくて良いなんて、案外楽そう。」と最初私は思ったのですが、実際はそんなことはありません。どの授業でも宿題がたくさん出され、こなすのにかなり必死でした。TAや研究ともうまく両立しなければならないため、1年目は夜中1時過ぎまで勉強していることは当たり前、という日々でした。

図1. PhD課程のおおまかな流れ。

2. 授業選びのサポート

履修できる科目の一覧は、学期ごとにインターネットに掲示されます。入学したてに、どの授業を選べば良いかわからない、という場合にも、教授や上級生からアドバイスを受けられる機会があったので安心でした。まず、1学期目には学科の教授との履修に関する面談が設けられ、どの授業を取れば良いか個別にアドバイスを受けました。また、Big-Sib/Little-Sibというメンタープログラムがあって、1年生一人ひとりに上級生が1人ずつ割り当てられており、履修を含め大学生活全般について気軽に相談することができました。もちろん、研究室の先輩も「あの授業は役に立った」などいろいろアドバイスをくれました。

3. 授業のスタイル

私が取ったのは、「生体分子の反応速度論」「NMRによる構造解析」「高分子化学」「構造生物学」「生体マクロ分子の生化学」の5つでした。どの授業も5〜20人程度の少人数制で、教授1人とTA4人ほどで担当されていました。授業のスタイルはあまり日本と変わらず、基本的に教授がスライドや黒板を使って講義をし、学生は配布資料に簡単にメモをとったり、たまに質問をしたりする、という感じでした。

講義の内容はというと、基礎的な理論が実際の研究における事例とともに説明されており、実践的な知識を教える工夫がなされていました。例えば反応速度論の授業では、2分子の結合解離式の導出、という理論的な内容に対し、あるタンパクとその受容体の相互作用の様子を解明した論文(PNAS 2009, 106, 1754)が示され、FRETのデータを理論に当てはめながら読み解くプロセスを学ぶことができました。さらに、授業では研究でよく使うソフトウェア(PymolやMATLAB)の使い方を1から学べることも多く、とても有益でした。

図2. 高分子化学の授業の様子。

4. 宿題と、TAによるオフィスアワー

日本の大学との大きな違いは、とにかく宿題が多いことだと思います。毎週または隔週で宿題が出され、それが成績評価の30~70%ほどを占めます。以下に、構造生物学での宿題の例を示しています(図3)。このような大問が1~6まで、各大問ごとにa~cまで出題されました。出される問題は、論文中に明らかに示されている事柄だけでなく、データや手法を深く読み取らなければ答えられないものが大半でした。中には、「この論文は、Science誌に掲載されるに値すると思うか。理由も合わせて述べよ。」というような、自分の意見を述べる問題もありました。宿題の度に、論文を何報も深読みしなければならないので、かなりの労力が要りました。

図3. 宿題の一例。

宿題が大変とは言っても、TAによるサポート体制もしっかり整っています。締め切りの数日前にはオフィスアワーが設けられ、分からない部分を個別に質問することができます。TAは大抵、近い分野の研究に取り組んでいて、問題を作成する本人でもあるので、いろいろと細かくヒントをくれます。また、宿題は一人でやるのではなく、他の学生と協力してやることが推奨されています。なので、宿題のある週にはよく友達とラウンジに集まり、相談しながら問題に取り組みました。大学側としては、実際の研究においても重要な「コラボレーション力」を学生に身につけさせるという意図があるそうです。

宿題は、TAによって採点され、解答例とともに返却されます。できなかった部分を確認することができるので、さらに理解を深められます。授業中にみんなで答案を発表しながら答え合わせをする、という場合もあり、他の学生の解答を聞くことができるので、とても参考になりました。

5. 成績評価

成績がどう評価されるかは、授業初日に配られるシラバスに書かれています。期末試験35%、中間試験30%、宿題30%、授業での発言5%というように割合が明示されているので、返却された宿題や試験のスコアと照らし合わせながら、どれくらいがんばらないといけないか確認できます。

私は初め、「それなりにやっていれば、B以上の成績はもらえるだろう」と甘く見ていたのですが、実際にはそんなに簡単ではありませんでした。TAの仕事や他の授業とのバランスをとりつつも手は抜かず、宿題・試験は全て提出したのですが、ある科目でB-を取ってしまいました。成績がB-以下だった科目は、学科の要件である「最低5科目でB以上の成績を取ること」に算入されないので、他の科目を取って補う必要があります。研究に時間を割きたいのに、もう1科目余分に授業を取らなければいけないとなると、結構な負担です。

ただ、アメリカでは何でも交渉次第ということで、成績をBに上げてもらえる余地はないか、授業を担当する教授に相談してみました。すると、「期末の成績が悪かったんだよね…」と言われつつも、追加のレポートを提出することで成績をBに上げてもらうことができました。

6. 講義資料はウェブページから手に入る

もう一点、便利だと感じたことは、それぞれの授業にウェブページが設けられていることです(図4)。授業のスライドや宿題・解答はそのページにアップロードされるため、講義に出席できなかった場合にも必要な資料を得ることができます。「資料が全て手に入るなら、授業に出る学生がいなくなるんじゃないか」という懸念もあるかもしれませんが、実際には、ほとんどの学生が授業に出席しています。講義資料にはない教授の話や学生とのやりとりが自分の理解を深めてくれることが多いので、授業に出る価値は結構あります。また、少人数制なので、欠席すると教授やTAに簡単に把握されるという心理も働いていると思います。

図4. 授業用ウェブサイトの様子。

7. おわりに

アメリカの授業は大変、と書きましたが、難易度は日本とあまり変わらず、違いは言語の障壁があることくらいです。実際、読解記述の問題が多い生物系の授業の方が、理論中心の化学系の授業よりも宿題が大変でした。なので、授業が難しくて着いていけない、という心配はあまりありません。また、宿題がたくさんあるからといって、詰め込み型教育という感じでもなく、問題を解く過程で深く考えたり、友達とディスカッションしたりと、学ぶのが結構楽しく感じられました。

8. アメリカの教育についての雑感

最後に、教育制度という観点から、良いと感じた点をまとめると…

  • 宿題、中間・期末試験による授業内容の定着
  • TAによるオフィスアワーなどのサポートの充実
  • 少人数制による発言のしやすさ
  • 基礎的な理論を実践に即して教える授業内容
  • 学生のニーズに合わせた評価方法

特に、勉強した分が宿題や試験によってきちんと評価されるという点が、学生のモチベーションを高めていると感じました。

ただ、これだけの授業を行うためには教える側のリソースも必要で、宿題や試験の作成、採点、オフィスアワー、メールでの質問受付など、学生TAがたくさんの役割を担っていました。TAも大学院生なので、自分の研究や授業に忙しいですが、「教えることで自分も深く学べる」というメリットに加え、以下のように「TAをやらざるを得ない理由」があるので、みんな責任を持ってTAの仕事をこなしていました。

  • 授業料、生活費を大学や教授にサポートしてもらっている分、やる責任がある
  • 学期末にTAの評価アンケートが実施され、学校全体に公開される
  • 受講している学生と顔見知りになるので、ちゃんと教えないといけないというプレッシャーがある
  • 進路によっては、ティーチングの経験が重要(特にアカデミアを目指す人)

評価アンケートに関しては、教授に対しても実施されていて、学校全体に公開されるだけでなく、昇進などの評価にも関わるようです。概して、教える側・教えられる側の双方において、動機付けがきちんとされている教育制度だと感じました。

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アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

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