第153回のスポットライトリサーチは、九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)の博士後期課程1年の永田亮(ながた りょう)さんにお願いしました!
永田さんの所属する最先端有機光エレクトロニクス研究センターは安達千波矢教授のもと、有機半導体デバイスの分野で強力に世界を引っ張っている研究室で、革新的な成果を次々に世に発しています。昨年末も世界初の有機蓄光でスポットサイトリサーチに寄稿いただき、話題になったところでした。
今回ご紹介いただける内容は、なんと励起子生成効率100%を超える有機ELの報告です。個人的には一重項励起子分裂(シングレットフィッション)というある種マニアックな光化学過程を応用されている点が、基礎科学を応用に導く試みの一例として素晴らしいと思います。本成果はAdvanced Materials誌に掲載されており、九州大学、JST、マイナビニュースなど複数のメディアからのプレスリリースもされています。
“Exploiting Singlet Fission in Organic Light‐Emitting Diodes”
Ryo Nagata, Hajime Nakanotani, William J. Potscavage Jr. & Chihaya Adachi
Advanced Materials, 2018, 1801484. DOI: 10.1002/adma.201801484
中野谷一(なかのたに はじめ)先生からは、永田さんと本研究成果について以下のようにコメントをいただいています。
「明るい近赤外(NIR)-OLEDを作ろう!」永田くん(当時学部4年生)への無茶振りから始まった本研究ですが、プレッシャーにも負けず、ノイズ(?)にも負けず、修士1年時には励起子利用効率100%を示すNIR-OLEDを、そして本研究では>100%を示すNIR-OLEDを試行錯誤の上に実現してくれました! これは永田くんの研究に対する真摯かつ誠実な姿勢と、人一倍の頑張り、そして本人は隠しているつもりですが、人一倍の負けん気によるものと思います。今後も面白い研究成果をドシドシ出してくれるものと確信しています!
それでは、永田さんからの熱いメッセージをご覧ください!
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
有機EL素子において、世界で初めて一重項励起子開裂(singlet fission)過程をelectroluminescence(EL)に利用した研究です。
有機EL素子は、有機分子における電子と正孔の再結合によって生じた励起エネルギーを、発光として取り出す素子です。今回の研究では、有機EL素子内部での、100%を超える励起子生成効率の実現を目標に、singlet fission過程を利用した発光機構の提案とその実証に取り組みました(図1)。ここで励起子生成効率とは、“電荷再結合により生成する励起子の中で、発光に寄与しうる励起子の割合”です。そしてsinglet fission過程とは、励起一重項 (S1) 状態の分子が、隣接する基底状態の分子と相互作用することで、2分子にそれぞれ励起三重項 (T1) 状態を形成する過程です。この過程の利用により、有機EL素子の励起子生成効率の理論限界は125%に到達します。そして本研究では実際に、発光強度の磁場依存性等の測定から、singlet fission過程により生成した三重項励起子が、近赤外発光強度の増大に寄与していることを確認しました(図2)。本研究成果により、近赤外有機EL素子の高強度化を実現することができ、生体計測や通信用途における新しいアプリケーションの創出に繋がると期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
今回の研究を進める中で、singlet fission材料:rubreneに対する三重項エネルギーアクセプターとして、様々な材料を試しました。例えば、ポルフィリン誘導体やフタロシアニン誘導体などの近赤外発光材料です。しかし、これらの材料はSoret帯やQ帯などの非常に強い吸収帯を可視域に有し、それがrubreneの蛍光スペクトルと重なります。結果、それらの近赤外発光分子を用いた場合は、rubreneにおけるsinglet fission過程と比較して、rubreneのS1状態から近赤外発光分子のS1状態への双極子-双極子型エネルギー移動(FRET)過程が優勢となることがわかりました。そのため最終的には、S1準位がrubrene分子よりも高い配位子を有するエルビウム錯体を近赤外発光材料として用いることで、rubreneのS1状態からのFRETを遮断しつつ、rubreneのT1状態から中心金属へと直接的にエネルギー移動させることに成功しました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究で特に苦労したのは、singlet fission過程の発光への寄与を証明するプロセスです。可視・近赤外発光の磁場依存性からsinglet fissionの寄与を確認する手法自体は多くの報告がありますが1、実際に磁場測定系を構築し、測定準備を整えるまでには長い期間と試行錯誤が必要でした。そしていざ測定する段階になると、今度は近赤外発光材料に特有の「発光の弱さ」が悩みの種でした。本研究における発光の磁場依存性測定では、微弱な近赤外光のわずか数%の変化を観察するため、太陽光・室内光などの迷光の影響を極限まで排除する必要があります。そのため当時は、日没とともに実験を開始するというドラキュラのような研究生活を送っていました。今後、singlet fission増感有機EL素子の実用化を目指す上では、近赤外発光材料自体の高効率化も模索できればと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
有機光エレクトロニクスの研究は応用研究とみなされがちですが、私自身は、基礎と応用の融合領域に位置する非常に魅力的な研究分野であると思います。応用実験から理論へのフィードバックを常に意識し、将来的には、教科書に載るような原理的で美しい研究を展開できればと考えております。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
自戒を込めて、やはり研究は決して一人では成し遂げられないと思います。研究室、そして学会でも、経験・専門の異なる研究者と議論を交わし、様々な助言を頂くことで、新しい視点を手に入れることができます。また他の研究者の発表の際も、「この研究は自分の研究にどう活かせるのか?」「自分ならこのように研究を展開する」など考えながら、アグレッシブな姿勢で聴講することが重要ではないでしょうか。視野を広く保ち、議論を楽しむ。新しいサイエンスは人とのつながりから生まれるのだと思います。Singlet fission増感有機EL素子に関しましても、まだ改善すべき課題が多く残されているため、様々な研究者の方と協力して高性能化を推進できれば幸いです。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導頂きました、安達千波矢教授、中野谷一准教授、William J. Potscavage Jr.博士をはじめとして、常日頃より多大なる御支援を頂いております、九州大学OPERA、ERATO安達分子エキシトン工学プロジェクトの皆様に、厚く御礼申し上げます。
関連文献
- R. Nagata, H. Nakanotani, C. Adachi, Adv. Mater. 29, 1604265 (2017).
- J. Thompson et al., Nat. Mater. 13, 1039 (2014).
関連リンク
- 九州大学 安達・中野谷研究室 最先端有機光エレクトロニクス研究センター
- JST ERATO 安達分子エキシトン工学プロジェクト
- 九州大学プレスリリース
- JSTプレスリリース
- 九大、励起子生成効率100%以上を実現するOLEDの原理実証に成功| マイナビニュース
研究者の略歴
永田 亮(ながた りょう)
所属:九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)
専門:有機半導体デバイス
略歴:
2016/03 九州大学工学部物質科学工学科 卒業
2018/03 九州大学工学府物質創造工学専攻 修士課程修了
2018/04 – 九州大学工学府物質創造工学専攻 博士課程在学
2018/04 – 日本学術振興会特別研究員(DC1)