2017年、スクリプス研究所フロリダのWilliam R. RoushおよびCristoph Raderらは、二重可変領域(Dual Variable Domain : DVD)に高反応性リジンを組み込んだ抗体を作成し、そこに薬剤を結合させる形式での新たな均質抗体―薬物複合体(ADC)製造法を開発した。
“Harnessing a catalytic lysine residue for the one-step preparation of homogeneous antibody-drug conjugates”
Nanna, A. R.; Li, X.; Walseng, E.; Pedzisa, L.; Goydel, R. S.; Hymel, D.; Burke, T. R. Jr., Roush, W. R.*; Rader, C.* Nat. Commun. 2017, 8, 1112. doi:10.1038/s41467-017-01257-1 (アイキャッチ図は本論文より引用)
問題設定
抗体―薬物複合体(ADC)はがん治療に有用な薬物プラットフォームとして注目を集めている。従来より汎用されるリジン(Lys)・システイン(Cys)などの求核残基に薬剤を結合させる手法では混合物が生じやすく、均質なADCが得られないという問題がある。位置特異的に反応させたい場合には、遺伝子工学的手法によって非天然アミノ酸を導入するか、酵素反応に適した配列を導入する必要がある。しかしながら操作が煩雑になる、薬物結合反応に時間がかかるといった問題に加え、導入した配列変異に患者が免疫応答を起こす可能性を排除できないという課題があった。
技術と手法の肝
今回Raderらはh38C2というヒト化抗ハプテンモノクローナル抗体に着目した。このh38C2は抗原認識能を持たないが、可変部位の疎水ポケット内に求核力の高いLys残基を有し、これが生体内pHにおいて選択的な修飾標的となる[1]。
Raderらは、このh38C2に別途抗原認識能を持たせる考え方によって、どんな抗原―抗体の組み合わせに対しても、対応する均質ADCを高確率・高純度・低毒性にて調製できる一般的プラットフォームになるのではと考えた。そこで二重可変領域(DVD)型抗体とし、そのうち一方を抗原認識用、もう一方を薬剤結合用と役割分担し、Lys修飾法を施すことで均質ADCを作成した(冒頭アイキャッチ図)。
主張の有効性検証
①DVDを有する抗HER2抗体の作成
HEK293T細胞にDVD抗体をコードする遺伝子を導入して培養し、所望の抗体を得た。抗原認識部位としては抗HER2抗体の可変部位を用いている。可変部位をつなぐリンカーとしては、アミノ酸6残基のもの(DVD1)と12残基のもの(DVD2)の二つをそれぞれ調製した。
DVD抗体が生成していることは、SDS-PAGEで抗体の分子量がもとのh38C2と比べ増えていることで確認した。また、DVD抗体がHER2提示細胞にのみ結合することはフローサイトメトリーで確認している。
②DVDにおけるLysの反応性確認・ADCの作成
まず、DVD抗体のLysがh38C2のLysと同等の反応活性を持つことを確認している。このLysはレトロアルドール反応を進行させる触媒活性があるため、Methodolの分解を確認することでLysの活性の強さを確認できる。結果、DVD1がh38C2と同等の活性を持ち、DVD2は低い活性を示したので、DVD1をADC用の抗体として採用した。
続いて、ADCの調製を行なった。PBSバッファ中でDVD1に4当量のβラクタム-MMAF試薬を4時間反応させ、抗HER2-DVD-ADCを調製している(DAR = 2)。反応の進行は上記レトロアルドール触媒活性の消失で確認できている。
③抗HER2-DVD-ADCの活性評価
調製した抗HER2-DVD-ADCをSK-BR-3細胞(HER2発現)に投与したところ、既存の抗HER2-ADCであるKadcylaと比べて遜色ない細胞毒性を示した。薬物の結合していないDVD抗体やHER2認識部位をもたないh38C2をADC化したものでは細胞毒性が弱く、MDA-MB-468細胞(HER2非発現)に対しては毒性を示さなかったことから、本法で製造したADCの有効性が伺える。
また、HER2陽性ヒト乳癌細胞を移植したマウスに対してDVD-ADCの投与を行うと、ADC化していないDVD抗体に比べ、有意に腫瘍の抑制と生存期間の延長が観察された。薬剤分子数を揃えて投与量を調節した場合にはKadcylaよりも高い抗腫瘍活性が示されており、一部のマウスでは腫瘍の完全な消失が確認された。
抗HER2型以外のDVD-ADCも調製している。多発性骨髄腫の治療標的となるCD79Bや、非ホジキンリンパ腫の治療標的となるCD138を起源とするDVD-ADCを同様の手法で調製し、抗原陽性細胞に投与したところ、いずれの場合も対応するDVD-ADCのみが細胞毒性を示すことがわかり、適用範囲の広さが示されている。
議論すべき点
- 抗体生産が比較的容易(オーバーラップ伸長PCR法で製造可能)、薬剤Conjugationが温和な条件下で高効率・高選択性で進む、精製が容易、既存のADCと比べても遜色ない薬効、体内動態もよいなど、有効な点は多い。
- これらの特性を全て保ったままに、いかなる抗原―抗体の組み合わせに対しても適用可能なADC製造プラットフォームになりえる、高いポテンシャルを秘める。
- 薬物結合時の反応時間が短いことが一つの売りだが、裏を返せば長時間反応させると他のLysに反応したりする可能性もあるのではないか。
関連論文
- Rader, C.; Turner, J. M.; Heine, A.; Shabat, D.; Sinha, S. C.; Wilson, I. A.; Lerner, R. A.; Barbas, C. F. J. Mol. Biol. 2003, 332, 889. doi:10.1016/S0022-2836(03)00992-6