ケンブリッジ結晶学データセンターとFIZ Karlsruhe は,無償で利用できる結晶データの登録・検索サービスAccess StructuresとDeposit Structuresを開始しました。さっそくこのサービスについて解説していきます。
結晶構造とは
そもそも結晶構造とはその名の通り結晶の構造で、食塩の結晶は面心立方格子であることを高校の化学で勉強します。一方で新しい結晶の構造を解明することは重要で、生体高分子や、電池、触媒、磁性体の分野で盛んに結晶構造に関する研究が行われています。結晶構造を検索することは構造式ほど容易ではなく、構造式の場合は化学名をGoogleで検索するとすぐにWikipediaや化学構造サイトで知ることができますが、結晶構造の場合は、各学会や研究室がそれぞれの分野に関する結晶構造を公開しているものの横断的なデータベースは見たことがありませんでした。そこで、このAccess Structuresを使うと簡単に結晶構造を調べることができ、Web上で3D画像の閲覧や結晶学の共通データフォーマットであるCIF形式のファイルのダウンロードを行うことができます。
開発組織
Access StructuresとDeposit Structuresを開発したのはケンブリッジ結晶学データセンター(The Cambridge Crystallographic Data Centre, CCDC)とFIZ Karlsruhe – Leibniz Institute for Information Infrastructure (FIZ Karlsruhe) で、CCDCはケンブリッジ大学化学科を源流とする非営利団体で世界最大の分子性結晶構造データベース、ケンブリッジ結晶構造データベース(CSD)を構築してきました。一方のFIZ Karlsruheは、ドイツ最大の科学技術情報を取り扱う非営利団体の一つとして無機結晶構造データベース (ICSD)を提供してきました。2017年に両者が共通の検索ポータルを共同で開発するとのアナウンスがあり、その共同開発により今回紹介するAccess StructuresとDeposit Structuresが2018年の7月にリリースされました。
使い方
検索サイトであるAccess Structuresでは、化学の全分野における結晶構造を網羅的に検索することができます。Access Structuresにアクセスすると下記のような検索画面が表示されます。もしも、構造を知りたい結晶のデータベース番号がわかっていれば、確実に検索でヒットします。論文名やDOI、発行年、著者でも検索できますが、データベースに登録されていないとヒットしません。化合物名や構造名からでも検索でき、誘導体も含めて検索結果に表示されます。
検索結果では、ID名をクリックすると詳細画面に移りますし、複数チェックして「View Selected」をクリックすると複数の結晶構造がタブに入った検索画面になります。「Download Selected」では、連絡先を入力後、選択した結晶のCIFファイルをダウンロードできます。
詳細画面では結晶の情報や構造式、論文の掲載元などを確認できます。HTML5形式で作られている3D viewerは様々な機能があり、結合角や距離の計測、GIFなどの画像形式への書き出しも可能です。
CSDのライセンスを持っている場合にはAdvanced Searchの機能である部分構造検索や、分子間相互作用、分子ジオメトリーを指定した検索、検索結果の統計処理(ヒストグラム表示,分散図,ヒートマップ表示)などを行うことできます。
Web上での解析には限界があるようで、有機化合物の解析には、Mercuryを使う方が便利なようです。MercuryはCSDライセンスを登録すると全ての機能が使えるようになりますが、無料でも十分使え、Access Structuresの3D viewerよりも軽快に動作します。
Deposit Structuresでは結晶構造をデータベースに登録することができます。作成者の情報とともに結晶構造のデータをアップロードすると、2営業日以内にIDが結晶構造に付与されて、Access Structuresで検索できるようになります。CCDC では,結晶構造解析したすべての構造のうち,15%くらいしか論文に発表されていないのではないかと見積もっていて、多くの結晶構造データは公表されないままになっていると考えています。結晶データを有効に活用するために論文投稿する予定のない結晶データ(CIF)もDeposit Structures への登録を研究者の皆様にお願いしています。
使ってみた感想ですが今までは、結晶構造を検索することは個々のデータベースを探す必要があり敷居が高いイメージがありましたが、このAccess Structuresでは簡単に結晶データを取り扱うことができるように感じました。単純に結晶構造を眺めてみることから反応機構の考察のための解析など、応用範囲が広いサービスだと思います。このツールにより多くの結晶構造が登録されれば、結晶を専門とする研究者だけでなく幅広い分野で結晶についての議論が深まるのではないかと期待しています。
関連書籍
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- プレスリリース: 化学情報協会によるプレスリリース
- Free, unified deposition and access of crystal structure data:CCDCによるプレスリリース
- Free, unified deposition and access of crystal structure data:FIZ Karlsruheによるプレスリリース
- Educational Resources: CSDを含めた使い方の紹介
- CSD-System:化学情報協会による有償ソフトウェア、ケンブリッジ結晶構造データベースの紹介
- ICSD無機結晶構造データベース:化学情報協会による有償ソフトウェア、ICSD無機結晶構造データベースの紹介
- 結晶構造データベースと結晶学共通データ・フォーマットCIF について:CIFファイルの解説
- Framework-Type Determination for Zeolite Structures in the Inorganic Crystal Structure Database:ゼオライトの登録番号をまとめた論文