関東化学が発行する化学情報誌「ケミカルタイムズ」。年4回発行のこの無料雑誌の紹介をしています。
今年3つめとなるケミカルタイムズの特集は天然物の全合成。CSJカレントレビューの発刊や有機合成化学協会誌の特集号も天然物合成でした。新たな手法が多数開発されて、再び最新合成戦略で華麗に複雑化合物をつくる天然物合成が注目されています。
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有機触媒を用いた生物活性化合物の全合成
東北大学の林雄二郎教授らによる記事。有機触媒反応とポット合成をキーワードとした全合成研究を行っています。私自身も林研究室出身であり、その走りの研究に携わっていたことからなかなか懐かしさを覚えます。
さて、今回紹介彼ら独自で開発したジフェニルプロリノールシリルエーテル(林・ヨルゲンセン触媒)を用いた有機触媒反応(不斉マイケル反応)を応用したもの。
1つは多くの著名な有機合成化学者が合成に挑戦したプロスタグランジン類のなかからプロスタグランジンE1メチルエステルの合成を行いました。ハイライトはもちろん不斉マイケル反応ですが、導入したニトロアルケンをDABCO条件下という温和な条件で不飽和エノンに変えている(改良Nef反応)のもなかなか乙なところです。
その他にも東レによって開発された肺高血圧治療薬ベラプロストや女性ホルモンエストロゲンの一種であるエストラジオールメチルエーテルの合成を紹介しています。有機触媒は水や酸素などを気にならず、さらに次工程にもあまり影響がなくそのままワンポットで行うことができます。いずれの合成もポット合成(反応容器を変えずに変換している)を駆使することで、既存の合成法より大幅に工程数(ポット数)を短縮することに成功しています。
分子内野崎-檜山-高井-岸反応を用いた天然物の全合成
慶應義塾大学の高尾賢一教授による寄稿。カリオフィレン型セスキテルペンであるペスタロチオプシンAとシトスポロリドAおよび、環状ジペルペノイドビブサニンAの全合成について紹介してます。環を形成する鍵反応は野崎・檜山・岸カップリング(NHK)反応。
特に、ペスタロチオプシンAの閉環反応に苦労していて、下図の青い部分における炭素結合形成反応はすべて失敗に至ったそうです。中員環であるためなかなか形成しづらい。分子内NHK反応がこの環を形成する唯一の反応だということです。著者はこのことを「クロムが遠くにいるアルデヒドを引っ張ってきてくれるようなイメージ」と述べています。
その他の変換反応も基本的なもので勉強になりますのでぜひお読みください。
ジャガイモシストセンチュウふ化促進物質の化学合成
北海道大学の谷野 圭持教授による寄稿。代表作である「ソラノエクレピンA」の全合成と活性評価に関する記事です。じゃがいもの根に寄生してその収穫に被害を及ぼすジャガイモシストセンチュウ。そいつらを寄生する植物が現れる前に無理やりう化させることができる天然物です。そのような生物活性もかなりユニークですが、構造もユニークかつかなり複雑。長年の合成研究の末、匠な「ワザ」で合成を達成しており、講演を聞いたことをある人は多いと思います。記事では特徴的なトリシクロ[5.2.1.01,6]デカン骨格をいかに作り上げるかに焦点をあて、本全合成研究を紹介しています。彼らの解法は、エポキシニトリルの環化反応を用いること。
合成ルートは妙技ともいえるものである注目です。化合物の生物活性評価にも成功し、現在の目標はこれをばら撒くことによるシストセンチュウの殲滅。どれだけの量まいたらよいのか、それだけを供給できるのか。この農薬開発が1つのライフワークになっているようです。もう少し構造簡略化できたらいいんですけどね。
内容的には2011年に報告したものであり新規性はあまりないですが、天然物合成化学の分野では偉業の1つだと思いますので、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
「きのこ」由来の天然物の合成
最後は、静岡県立大学の菅敏幸教授らによる寄稿。「きのこ」にまつわる生物活性物質の合成・活性評価研究に関する論文です。きのこ研究の大家、静岡大学の河岸洋和教授が見出した化合物の合成に関するお話が主です。不安定なアジリジンカルボン酸構造を有するスビヒラタケの毒の構造証明や「フェアリー」化合物と呼ばれる、ICA・AHX、またドクカサコ由来カイノイドの合成など、小さくかなりの低分子化合物ですが、合成だけでなく・天然物化学と密接に関与している生物天然物合成化学なので、かなり面白いと思います。
上述した「フェアリー」化合物は突如現る円状に芝が繁殖する現象であり、コムラサキシメジの繁殖が原因であるといわれています。このきのこが産生する天然物が「植物生長物質」になっていることだろうという仮定からはじまった研究。得られた化合物はICA・AHXというかなり単純な化合物ですが、その合成と生物活性評価まで行っており、「すべては天然物からはじまる」を実践している研究です。
過去のケミカルタイムズ解説記事
- 有機分子触媒(No. 2)
- 分析技術(2008, No.1)
- イオン液体(2017年 No.4)
- 電子デバイス製造技術(2017年 No.3)
- 食品衛生関係 ーChemical Times特集より (2017年 No.2)
- 免疫/アレルギー(2017年No.1)
- 標準物質(2016年No.4)
- 再生医療(2016年No.3)
- クロスカップリング反応 (2016年No.2)
- 薬物耐性菌を学ぶ (2016年No.1)