2015年、スクリプス研究所・Julius Rebek Jr.らは、水溶性キャビタンド化合物をテンプレートとし、長鎖ω-アミノ酸を水中でマクロラクタム化する方法論を開発した。
“A Deep Cavitand Templates Lactam Formation in Water”
Mosca, S.; Yu, Y.; Gavette, J. V.; Zhang, K.-D.; Rebek, J.*, Jr. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 14582-14585. DOI: 10.1021/jacs.5b10028 (アイキャッチ画像は本論文より引用)
問題設定
大環状化反応は有機化学における基本反応の一つであるが、中員環化は渡環反発のためとくに難しくなり、大員環化は反応点が近接化しづらいためこれも難しい。そのため、反応効率は基質が備える配座規制(不飽和結合数や縮環骨格)に大きく依存する。そのような構造要素を含まない場合には、高希釈条件をもちいてオリゴマー形成を抑制するか、金属イオンの鋳型効果を活用しなくてはならないケースが多い。また、マクロラクタム化やマクロラクトン化といった脱水縮合反応については、当然ながら水中での実施は困難を極める。
技術や手法のキモ
Rebekらはこの課題に対し、長年研究対象としてきた独自ホスト分子・水溶性キャビタンド[1]を用いることで、全く新しい問題解決策の提案を試みた。すなわち、水溶性キャビタンドにω-アミノ酸を屈曲配座の形で取り込ませ、反応末端を強制的に近接させることで水中でのマクロラクタム化を試みた。
キャビタンド1では親水性ウレア構造が開口部を囲む形で水素結合し、さらに二量化することで疎水性化合物を取り込める空間を創り出している。大きなサイズの炭化水素分子については、図の様に屈曲配座で取り込まれることも分かっている[1b]。
今回の研究では過去に開発されたピリジニウム置換型キャビタンド1ではなく、新たに用意したイミダゾリウム置換型キャビタンド2を用いて研究を行なっている。1よりも2のほうがω-アミノ酸を取り込む効率が高く、また水溶性に優れる(up to 17 mM)ためである。
主張の有効性検証
ω-アミノ酸の脂肪鎖部分は、疎水性相互作用によってキャビタンド凹面に張り付き、屈曲配座をとる。結果として、カルボン酸・アミン部位は開口部に近接して位置することになる。今回の実験では、特にC11とC12のものが取り込まれやすいことが分かったので、ω-アミノウンデカン酸およびω-アミノドデカン酸を用いている。複合体に、縮合剤EDCと水溶性活性化剤sulfo-NHSを混合し、環化反応の様子を1H NMR(D2O)でモニタリングした。
ω-アミノドデカン酸(3, SM)とキャビタンド1・2の混合NMRチャートを以下に示す。キャビタンドのメチンピークがおよそ5.6 ppm付近に、取り込まれたアミノ酸の脂肪鎖が高磁場(0 ppm以下)に登場するため、基質の取り込まれている様子が分かる。競合実験によって2のほうが基質を良く取り込み、強塩基NaODの添加に対しても、2のほうが取り込みに影響を受けにくいことも分かる。
この脂肪鎖の部分を拡大して、ラクタム化試薬(EDC)添加に伴うNMR変化をモニターした。EDCの添加に従って原料3のピークが減り、生成物4に特徴的なピークが増えていくことが分かる。キャビタンド無しではオリゴマー生成が優先してしまい、効率が悪い。
結果として、キャビタンド2の存在によって環化効率が2.8倍向上していると計算された。ω-アミノウンデカン酸の場合も同様の実験を行なっており、環化効率が4.1倍になることを示している。
また-アミノウンデカン酸塩酸塩のp-ニトロフェニルエステルを調製し、キャビタンド2の存在下でNaODを加えて環化を行なわせると、望む大環状ラクタムが得られることも確かめている。この場合は、キャビタンド無しの高希釈条件では全く目的物が得られない。
議論すべき点
- 論文中にも明記されているが、当量もしくは過剰のキャビタンド化合物が必要になってしまうことが課題。シャペロンのように触媒的に用いるには、環化をトリガーにしてホスト-ゲスト親和性を下げる工夫が必要になる。本反応はカルボン酸+アミン→アミドの変換であるため、分子の極性自体は下がるはずだが、動的な分子交換には不十分な差異しか出ないのだろう。たとえばキャビタンドのウレア部位をより高極性に(グアニジンなど)変えたものを作って、極性相互作用の差異を明確化することができれば達成されるかも知れない。
- 基質拡張の後続研究として、ジアミン、ジイソシアネートを用いた大環状化反応が報告されている[2]。ほとんど同じコンセプトであるため、今回は割愛。
未解決問題へのアプローチ
- 触媒化を達成する目的で、超分子カプセルの中に基質を取り込み、confined space中で触媒反応を行なった各種事例は参考にしたい[3]。電荷を持つ原料から反応によって電荷を消失させるなど、基質・反応形式に工夫を凝らしている印象がある。
参考文献
- (a) Zhang, K. D.; Ajami, D.; Rebek, J., Jr. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 18064. DOI: 10.1021/ja410644p (b) Gavette, J. V.; Zhang, K.-D.; Ajami, D.; Rebek, J., Jr. Org. Biomol. Chem. 2014, 12, 6561. doi:10.1039/C4OB01032A (c) Zhang, K.-D.; Ajami, D.; Gavette, J. V.; Rebek, J., Jr. Chem. Commun. 2014, 50, 4895. doi:10.1039/C4CC01643B
- (a) Wu, N.-W.; Rebek, J., Jr. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 7512. DOI: 10.1021/jacs.6b04278 (b) Shi, Q.; Masseroni, D.; Rebek, J., Jr. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 10846. DOI: 10.1021/jacs.6b06950
- (a) Leenders, S. H. A. M.; Gramage,-Doria, R.; de Bruin, B.; Reek, J. N. H. Chem. Soc. Rev. 2015, 44, 433. doi:10.1039/C4CS00192C (b) Vardhan, H.; Verpoort, F. Adv. Synth. Catal. 2015, 357, 1351. doi:10.1002/adsc.201400778 (c) Brown, C. J.; Toste, F. D.; Bergman, R. G.; Raymond, K. N. Chem. Rev. 2015, 115, 3012. DOI: 10.1021/cr4001226