日本の総合化学ジャーナルタイトルの評価をあげるために、日本化学会が行った数々の取り組み。結果はいかに?そして今後我々はどうすればよいのか?現編集長にもインタビューしてみました。
丁度3年前緊急の議題として、「日本発の化学ジャーナルの行く末」について話題を取り上げました (記事:日本発化学ジャーナルの行く末は?)。そこで、それらジャーナルを有する日本化学会の取り組みとそれに対するコメント等を求めました。おかげさまで多くの意見が集まり、多くの研究者の皆さまが懸案事項として考えていることがわかりました。
さて、それから時間が立ちましたが、結果どのようになったのでしょうか? 今回は数値として現れた結果とその内容、また今後の日本化学会の取り組みについて述べたいと思います。
BCSJのインパクトファクターが急上昇
先日昨年のインパクトファクターの結果が公表されました。インパクトファクターはクライベート・アナリティクス社の提供するInCites Journal Citation Reportsで調べることができます。インパクトファクターは学術雑誌の重要度の指標であり、昨年に一昨年・その前の2年間で引用された論文の総数を掲載論文の数で割ったものです。高いものほど論文数に対して引用された論文が多いことがわかります。インパクトファクターの善悪については前回の記事で述べたのでここでは省略します。いずれにしても高いことにこしたことはないというのは皆納得してくれることでしょう。
しかし、日本化学会の欧文氏は速報誌のChem. Lett. (ケムレット, CL)とBull. Chem. Soc. Jpn.(ブルケム, BCSJ)ともに低迷を続けていました。今回結果から申しますと、CL.は若干下がりましたが、BCSJは前回の2前半から3.526と急上昇したのです(図1)。
これは施策の成功を意味しているのでしょうか?なぜBCSJだけなのでしょうか。少しだけ高引用論文の中味をのぞいてみましょう。
上位の被引用回数を占める論文
今回発表となったIFは2015年と2016年掲載の論文が対象となります。その中で上位の被引用回数となっているのは以下の論文になります。
1位:山内悠輔先生ら Templated Synthesis for Nanoarchitectured Porous Materials Award Accounts 被引用回数: 425回
2位:中條善樹先生ら New Polymeric Materials Based on Element-Blocks Accounts 被引用回数: 131回
3位:黒田一幸先生ら Colloidal Mesoporous Silica Nanoparticles Accounts 被引用回数: 107回
中條先生の Accounts は、前回の記事に述べた新学術領域の代表者に執筆してもらい、新学術の参画したメンバーに引用してもらうという「秘策」の結果のようです。
山内先生、黒田先生の Accounts は、「Nanospace Materials」というテーマで特集を組んで、この分野で著名な先生方に Review/Accounts をご執筆いただいたそうです。
上記2つの論文以外にも、Max Planck の Markus Antonietti 先生に Accounts をご執筆いただき、上記3論文に次ぐ被引用回数となっております。
このように、ホットなトピックでのテーマを立てて特集を組み、その分野で著名な先生方に総説を執筆いただくことで、被引用回数が伸びて、今回の結果につながったのではないかと考えられます。
現在でも、Self-Organization や Fascinating Molecules and Reactions というテーマを立て、国内、海外問わず著名な先生方に総説を執筆してもらい、すでに多数掲載されているようです。
取り組みは成功を収めた?
インパクトファクターを上げるという意味では成功を収めたといってもよいでしょう。しかし、その上昇の理由がアカウントや総説であることから、論文全体の質はあがっていないという批判的な意見もあるかもしれません。また、インパクトファクター至上主義にのっているという話も前回の記事をよく読まれないといわれてもおかしくなさそうです。さらに、秘策として取り組んだ上述した新学術代表におけるAcountsの執筆もほとんど進んでいないともいいます。
個人的な意見としては、これまで上にはビクともしなかった、BCSJのインパクトファクターがびっくりするほどの値となったことには、称賛したいとところです。「言うは易し行うは難し」ですから。忙しい編集委員長・編集委員など中心を中心とする先生方が動いたというのが一番の成果であるといえると思います。
今後の取り組みは?どのような位置づけを目指しているか
では、今後はどのような取り組みをしていくのでしょうか。現在のBCSJの編集長はNIMSの有賀克彦先生。被引用回数の高い論文を書く著名な研究者です。加えて、京都大学の杉野目 道紀先生が副委員長を務めています。CLに関しては、以前と同様に塩谷光彦先生が継続して行っています。
せっかくなので、今回BCSJの編集長・副編集長に今後の取り組みについてインタビューしてみました。以下回答です(両者とも多忙な時期の2日以内の返信でした)
有賀克彦編集長
- 私が目指しているのは、(日本の化学者が特に)論文を安心して投稿して、それを刊行するハッピーな場を日本化学会の手で作ることです(雑誌社や巨大海外学会の利害に異存しない)
- 例えば、BCSJ は Review や Account ではない普通の論文に著者の写真とプロフィールがつきます。著者自身のプレゼンスが前面に出るようにしています。論文と同時に研究者本人もアピールできますから、皆さん幸せになるのかなと思います。
- 論文も、Account とか Original 論文を分類してからページ数を振るのではなく、論文が完成した順にページ数をつけています。Issue が完成する前に早くページ数がつきます。
- 現実問題として、IF もそこそこあったほうが、論文を刊行する著者が幸せかなと思いますので、Chem. Eur. J. や Chem. Commun. ぐらいのIF 5~6ぐらいを目指しています。
- ただし、敷居を高くするつもりは全くありません。IF を上げるために極端に Rejection Rate をあげる雑誌がありますが、そういうことはしません。
- 3,4の施策に対して、論文数を絞らずに IF をあげるということで、Citation の多い論文が集まればいいと思っています。今は、招待 Review や受賞 Account がけん引していますが、オリジナル論文でいいものが集まるように体質変換していくつもりです。そのためには、日本の化学者の皆さんに BCSJ にいいオリジナル論文をどんどん投稿していただきたいと思います。敷居を高くして Prescreeningでどんどん Reject することはしませんし(とてもひどいのは別ですが)、論文を出しても納得できる IF も提供します。
- 国際化も重要ですが、日本人の研究力の高さを見せる、日本の学会が責任を持って運営するジャーナルにしたいと思っています。日本の化学力を示す象徴のような存在になれればと思います。それを皆さんで作りましょう。
杉野目 道紀先生
私もIF至上主義に至るのは危険だと思っていますが、研究者が気持ちよく、積極的に投稿できる環境整備であると思っています。ほとんど有賀先生が引っ張ってこられたことで、私のしてきたことはほとんどありませんが、有機関連のトップ研究者に投稿してもらえるよう、草の根活動も含めて微力をつくしているつもりです。日本のトレンドを反映できるジャーナルを所持・維持し、より高質化することが日本の化学にとって極めて重要なことを意識してもらえる記事になったらいいなと思います。よろしくお願いします。
今後の日本発化学ジャーナルへの取り組み
この化学会ジャーナルの大きな転換期として、
幸いにも、今年度、再度科研費〔国際競争力強化A〕に採択されたそうです。現在
- 新しい電子ジャーナルプラットフォームを活用した新規読者層開
拓 - 海外(特に欧米)からの投稿強化
- SNSによる国際情報発信強化
を中心にプロモーションを展開する予定となっているそうです。これまでの待受型から発信型のプロモーションへ転換による飛躍が見込まれます。
個人の取り組み
前回の記事にも記載したとおり、自分の中で最重要な論文はやはり今までどおりで構わないと思います。そこに選ばれなかった論文は日本の化学雑誌に投稿してはいかがでしょうか。
私は前回の記事から、BCSJを1報、CLを3報投稿しました。BCSJは数年書いていなかった進歩賞の受賞アカウントですが、CLは論文です。CLに関しては、一報年間でもっとも引用された論文に選ばれました。もう一報はEditor’s Choiceとしてオープンアクセス論文になる予定です。いずれもトップクラスの研究ではないですが、自信をもって出せる結果を投稿しています。いずれも他の論文誌に投稿していたら、そんなことはなかったので、共同研究者である学生も喜んでいます。
超若手研究者には研究結果を論文誌で評価する流れは絶対にあるので、なかなか厳しい選択では有るのかもしれませんが、研究室を主宰していれば関係ないですよね。
日本の化学ジャーナルをリーディングジャーナルへ押し上げませんか?まずは、効率的なアイデアと、なにかひとつ歩み寄る一人一人の小さな努力を期待します。