2018年、東工大の豊田真司先生らによって、まるで土星を型どったような分子の合成が報告された。フラーレン(C60)が惑星本体、アントラセンを主鎖骨格に持つ大環状分子が土星の輪を模したような分子構造を持つ、ホスト−ゲスト錯体である。
Nano-Saturn: Experimental Evidence of Complex Formation of an Anthracene Cyclic Ring with C60Yamamono,Y.; Tsurumaki, E.; Wakamatsu, K.; Toyota, T.*Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, Early View DOI: 10.1002/anie.201804430
本論文の概要
著者の豊田先生らは、アントラセンにこだわった特徴ある分子を多数報告している。本研究では、アントラセンどうしの2,7位が直接結合し、それが6個環状に連なった分子2を合成した(図1、論文より転載)。その合成は、2,7‐ジブロモアントラセン誘導体4をNi(cod)2/bipy (bipy: 2,2′-bipyridine)によるホモカップリング反応に付すことで達成した。副生成物として、アントラセンが7、8、9個環状に連なった環状分子が得られた(それぞれ27 (0.6%)、28 (1.4%)、29 (0.6%))。
著者らは環状分子2、および環状分子2のフラーレンの包接錯体2⊃C60、それぞれの単結晶X線構造解析に成功した(図2、論文より転載)。
環状分子2の結晶構造は歪んだ平面構造をとっていた。アントラセン環どうしのねじれ角は6-28°程度である。対面するアントラセン環9位の水素‐水素間距離は平均で1.27 nmであった。水素のファンデルワールス半径(0.12 nm)を考慮して差し引けば、環内孔の直径はおおよそ1.03 nmである。C60の直径は1.02 nmであるから、環状分子2がC60の包接に適した構造であるといえる。
包接錯体2⊃C60は土星のような構造として結晶構造が観測された。環の内側を向いたアントラセンの水素からフラーレン表面までの距離は0.29-0.33 nmであり、アントラセン環のCH結合とフラーレン表面のπ結合とでCH‐π相互作用が多数存在する。この相互作用が包接の駆動力となっている。
次に、著者らは溶液状態でのホストゲスト相互作用を検証した(図3、論文より転載)。環状分子2、27および28が混在する溶液にフラーレンを加えた(2:27:28:C60= 2:4:3:8)。その溶液の1H NMRを測定したところ、2に含まれるアントラセン環9位のプロトンのシグナルのみが低磁場シフトした(図3(a)、(b))。続いて、環状分子2とフラーレンを種々の比率(2:C60 = 10:0~1:9)で混合した溶液を調製した。その1H NMRを測定すると、C60の比率が多くなるほどアントラセン環9位のプロトンのシグナルのみが低磁場シフトした(図3(c))。Job’s plotによって複合体中に含まれる2とC60 の比率を求めると、2:C60 = 1:1であった。すなわち、溶液中においても2とC60は 1:1のホスト-ゲスト錯体をつくることがわかった。
最後に、その相互作用における熱力学的パラメーターをNMRにおける滴定実験によって算出した。その結果は以下である:会合定数Ka = (2.3 ± 0.2) × 103 M-1(298 K)、ギブス自由エネルギーΔG = -19.2 kJ·mol-1(298 K)、エンタルピー項ΔH = -18.1 ± 2.3 kJ·mol-1(298 K)、エントロピー項-TΔS = -0.8 ± 2.2 kJ·mol-1(298 K)。この結果は、ホストゲスト錯体形成にはエンタルピー項が寄与していることを示している。ホスト-ゲスト錯体形成による自由度の低下よりも、脱溶媒和の寄与が大きいことを示唆している。これらの錯体形成に関しては理論計算によっても考察している(詳細は本文を参照)。
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- 豊田研究室HP:http://www.chemistry.titech.ac.jp/~toyota/members.html
- 土星について(Wikipedia):https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%9F%E6%98%9F