第146回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科(安田研究室)の小西 彬仁(こにし・あきひと)助教を紹介します。
小西助教の所属する安田研究室では、典型元素化学をベースとしたものづくりや、新規π電子系化合物の創製をテーマに研究が行われています。
小西助教は、4月に発表された日本化学会第98春季年会における優秀講演賞の受賞者です。
『π拡張ジベンゾ[a,f]ペンタレン類の合成と物性:縮環が開殻性と反芳香族性に及ぼす効果について』というタイトルで受賞されており、受賞内容となる研究は昨年JACS誌に掲載されています。
Akihito Konishi, Yui Okada, Motohiro Nakano, Kenji Sugisaki, Kazunobu Sato, Takeji Takui, and Makoto Yasuda
“Synthesis and Characterization of Dibenzo[a,f]pentalene: Harmonization of the Antiaromatic and Singlet Biradical Character”
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 15284–15287. doi: 10.1021/jacs.7b05709
安田誠教授から、小西助教へのコメントをいただいています。
小西先生は、いつも気力が満ち溢れており、一度会ったら忘れられないインパクトを残します。常に分子の気持ちになって事象をとらえ、難関をひとつひとつ突破していく様子は、たいへん頼もしいものがあります。高校で教鞭をとっていた経験から、一般の大学教員とは異なるアプローチで学生と接しており、こちらもたいへん勉強になります。学生さんや共同研究者の方々と、気さくに、かつ熱く議論を交わしながら、また違う方向でも新しい分野を拓いていってほしいと思います。
個人的なことですが、筆者がM1の学生だったときに参加した基礎有機化学討論会で、当時D2の学生さんだった小西助教に初めてお会いしました。面白い研究を行われていて印象に残ったのはもちろんですが、非常に化学・研究に熱いひとで、かつ気さくな方だったのもありすぐにファンになったのを覚えています。博士取得後、高校の教員を経てアカデミア研究者になられており、小西さんらしいユニークな道を歩まれているなあと思っておりました。この度は優秀講演賞受賞おめでとうございます!ぜひ原著論文と合わせて、インタビューをお楽しみください。
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?
ジベンゾ[a,f]ペンタレン([a,f]体)の合成とその物性解明です。ジベンゾペンタレンとして、ジベンゾ[a,e]ペンタレン([a,e]体)がよく知られています。長い歴史を持つ[a,e]体1)とは対照的に、[a,f]体はこれまで合成が達成されず、その構造と性質は長らく謎でした2)(図1)。
今回我々は、速度論的に安定化を施したメシチル誘導体を設計し、ジベンゾ[a,f]ペンタレン誘導体を世界で初めて合成、単離しました。安定な[a,e]体とは異なり、[a,f]体はきわめて不安定な化合物で、溶液状態で空気にさらすと半時間ほどですべてが分解してしまいます。単結晶X線構造解析による結合長の評価、NMR、ESR測定から、[a,f]体は反芳香族性と開殻性の両方を兼ね備えた特異な分子であり、[a,e]体と性質が全く違うことを見出しました3)。
縮環している6員環の構造に注目することで、両者の性質の違いを理解できます(図2)。[a,e]体ではペンタレン部分に縮環した6員環はいずれもベンゼンとして独立した性質を保つ一方で、[a,f]体では一方の6員環がキノイドとして系全体の共役系に組み込まれ、周辺4n系の性質が強まります。さらに、キノイド構造はベンゼン環を回復させるようにビラジカル構造へと変換できます。[a,f]体の開殻構造には、部分構造に三重項分子として有名なトリメチレンメタン(TMM)があらわれ、開殻構造の寄与が増大します。この共鳴構造式による考察は、理論計算からも支持され、分子全体に反芳香族性が誘起すること、TMM型のスピン密度分布を示すことが見積もられました。
このように、[a,f]体は周辺16π系とTMM骨格の構造寄与のため、大きな反芳香族性および開殻性があらわれたと結論づけました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
同一分子における開殻性と反芳香族性の調和です。開殻性と反芳香族性は、小さなHOMO-LUMO差の存在など、一見すると共通する性質を示します。しかし、それぞれの性質をつかさどるπ電子の振る舞いは異なります。開殻性の発現にはπ電子の局在化と相関がある一方、反芳香族性の誘起はπ電子の非局在化と関連します。このような互いに相反するπ結合の性質をうまく共存させる分子設計は何であろうか、というのが私にとっての大きな関心事でした。「できるだけ小さな4nπ電子系でキノイド構造を有すれば、うまくいくかも」と、いろいろな分子の共鳴構造を書くなかで、この分子に行き着きました。学生時代(阪大院理 久保研究室)、[a,e]体の合成に携わった4)こともあり、ペンタレンの骨格を活用することは自然な流れであったように感じます。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
出発物質である1の合成法の確立と[a,f]体の単離です。化合物1は塩基を用いた通常のKnoevenagel縮合では満足する結果が得られず、我々の研究室で以前見出したインジウム塩を用いたカップリング反応を用いました5)。目的とする[a,f]体の単離には、さらに検討が必要でした。[a,f]体を温和かつ定量的に発生させるために、ジヒドロ前駆体からジアニオン6)を経由して目的物を得ました。得られた粗固体を厳密に空気・水を除いた脱気封管を用いて再結晶することで単離し、物性評価へ展開できました。[a,f]体は驚くほど不安定で、グローブボックス中でもアミン等の溶媒蒸気により分解してしまうので、特に注意が必要でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
ʺπ電子は面白いʺというのがモットーですが、安田研で研究を始めて、π電子と典型金属元素との相性の良さを実感しています。両者の特性をうまくいかした、面白い構造、不思議な性質、特異な反応性、を創り出したいです。また、この世界に入る前、地元の兵庫県で公立高校の理科の先生として働いていました。学問をすることは、次の世代のヒトを育てることだと強く思います。日々の研究生活の中で、学生さんに化学という学問をどう捉えてもらえるか、良い背中を示せたらと、日々感じています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今の所属になって4年目になりますが、特に強く感じていることがあります。それは、研究の繋がり、研究室のミーム(meme)の大切さです。今回の[a,f]体の研究は、確かに非ベンゼン系炭化水素の構造有機化学的な仕事ですが、インジウム塩のルイス酸性の活用やジアニオンの配位子としての展開を含んでいます。自分が育ってきた研究の背景と新しい研究の背景の融合の楽しさを日々感じています。もっともっと混和させ深化させていきたいと思っています。
Chem-Stationの読者には学生さんも多いかと思います。是非、博士号をとって世の中に出てください。うちの学生さんにもよく話をするのですが、「ドクター(博士号)は足の裏のご飯粒。ʺ取らないʺと気持ち悪いでしょ??」と。博士号があれば、また研究の世界に戻ってこられる。そうでなくても、博士課程での経験は、修士課程までのそれと比にならないぐらい濃密。学問をちゃんと深められる経験はかけがえのないものと思います。人口が減って社会の構成が大きく変わるこれからだからこそ、もっともっとドクターの必要性が増すでしょう。掛け値なく学問の研究ができるのは、やっぱり研究室の特権です。ぜひ一緒に面白い研究をしようじゃないですか。
最後に,本研究を進めるにあたりご指導、ご助言を頂いた大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻安田誠先生に感謝致します。実際の実験においては岡田優衣さんがほぼ一人でまとめ上げてくれました。この場を借りて御礼申し上げます。さらに、磁気的挙動の評価に関して、中野元裕先生(阪大院理)、杉崎研司先生、佐藤和信先生、工位武治先生(阪市大理)に多大なご指導を頂きました。深く感謝いたします。
研究者の略歴
名前:小西 彬仁(こにし あきひと)
所属:大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻安田研 助教
研究テーマ:有機合成化学、構造有機化学
趣味:地元の祭り
好きな言葉:Etwas Neues?(何か新しいことあった?何か新しいことに挑戦した?by Prof. M. Kotake and Prof. H. Wieland)
(経歴)
2013年3月:大阪大学大学院理学研究科化学専攻 博士後期課程修了(指導教官:久保孝史教授)
2013年4月~2015年3月:兵庫県立神戸甲北高等学校 教諭(理科)
2015年4月~現在:大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻安田研 助教
参考文献
- (a) [a,e]体の初例。K. Brand, Ber. Dtsch. Chem. Ges. 1912, 45, 3071. (b)最近の研究をまとめた総説としてM. Saito, Symmetry 2010, 2, 950. (c) T. Kawase, J. Nishida, Chem. Rec. 2015, 15, 1045.
- [a,f]体は60年以上前に合成に挑戦した報告がなされているが、その後ずっと未解決のままであった。W. Baker, J. F. W. McOmie, S. D. Parfitt, D. A. M. Watkins, J. Chem. Soc. 1957, 4026.
- A. Konishi, Y. Okada, M. Nakano, K. Sugisaki, K. Sato, T. Takui, M. Yasuda, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 15284. DOI: 10.1021/jacs.7b05709
- T. Kawase, A. Konishi, Y. Hirao, K. Matsumoto, H. Kurata, T. Kubo, Chem. Eur. J. 2009, 15, 2653. DOI: 10.1002/chem.200802471
- M. Yasuda, T. Somyo, A. Baba, Angew. Chem., Int. Ed. 2006, 45, 793. DOI:10.1002/anie.200503263
- T. Uyehara, T. Honda, Y. Kitahara, Chem. Lett. 1977, 6, 1233.