有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2018年5月号が先日オンライン公開されました。
今回も、会員の方ならばそれぞれの画像をクリックすればJ-STAGEを通してすべてを閲覧することが可能です。
今月号は天然物化学特集号です。なんと32名もの著者によって執筆されています。
マニアにはたまらない内容となっているだけでなく、読み応えも抜群です。ぜひご一読ください!
なお、今回は掲載内容が非常に多いため、ひとつひとつの記事の紹介は簡略化させていただきます。ご了承ください。なおコメントはすべて査読者によるコメントとなります。
*最後に有機合成化学協会からお知らせがあります。そちらもごらんください。
巻頭言:天然物化学特集号に寄せて
名古屋大学大学院創薬科学研究科 横島 聡 先生
単離•構造決定に立脚する天然物化学研究の展開
東京大学大学院総合文化研究科 浅井禎吾 先生
論文では、新しい化学構造や機能を有する天然物の発見を目指す「ものとり屋」である浅井らが、植物や糸状菌が作り出す多様な天然物を研究する中で、天然物探索研究の面白さを紹介している。
テルペンインドール化合物テレオシジンの生合成反応
東京大学大学院薬学系研究科)淡川孝義 先生
査読者によるコメント:
天然有機化合物を全合成する場合、その生合成経路は骨格構築法を選択する際のアイデアの源にもなり得る。本論文で紹介されたテルペンインドールアルカロイドの生合成経路では、インドール部分は電子豊富であり、テルペン部分はカチオンを生成しやすいという性質がうまく活かされている。
非天然型キニーネの実用的全合成を目指して
熊本大学大学院自然科学研究科 石川勇人 先生
不斉有機触媒として多用されているシンコナアルカロイド類。そのなかでも非天然型のキニーネは現代においても実用的な人工合成が困難な化合物です。「未来の化学者に作れないと笑われる。」 そんな気持ちで今回、石川らはその「有機触媒」を、なんと「有機触媒反応」をもちいてつくるという大胆な課題に挑みました。本稿には、最終的に超効率的な反応に仕上げた反応開発戦略とその試みが詳細に記載されています。
二量体型モノテルペンインドールアルカロイド(+)-Haplophytineの合成研究
東北大学大学院薬学研究科 植田浩史 先生
ハプロフィチンは最近全合成された化合物の中でも最も複雑な構造を有するものの一つであり、合成の過程では、極めて難易度の高い変換が数多く登場します。本論文では、合成の過程で直面した課題について、その解決の過程が詳細に述べられています。
ボーダーレス天然物化学
上智大学理工学部 臼杵豊展 先生
これまでの天然物化学の枠を超え、異分野のエキスパートと連携することで、新しいマテリアルを用いた天然物単離法の開発や、臨床応用を見据えたバイオマーカー分析法のための全合成を推進しており、天然物化学の新しいアプローチの一端を紹介します。
構造決定に向けたオマエザレンの全合成
北海道大学大学院地球環境科学研究院 梅澤大樹 先生
「付着阻害天然物」をご存知でしょうか。船底や発電所の冷却器などにフジツボや貝が付着することを低毒性で阻害する化合物で、環境に優しい付着阻害剤として注目されています。梅澤らはその一つである、オマエザレンの全合成に挑戦しました。完全に構造が決まっていない複雑天然物合成を赤裸々に語る本稿は論文では得られない苦労話・裏話が満載です。
複雑分子の立体選択的ラジカル環化に関する計算化学的考察
富山県立大学工学部 占部大介 先生
計算科学は新しい反応開発や選択性発現の考察において強い味方となりますが、分子が大きくなると結果の信頼性が下がるというイメージがあります。本論文では実際の全合成における実例を基にして、「いや、案外大きな分子でも計算科学が使えるぞ」と思える内容となっています。
有機分子触媒反応を基盤とする(+)-Gracilamineの合成研究
東京農工大学大学院工学研究院 小田木 陽 先生
柔軟な構造を持つグアニジン-チオウレア触媒による不斉合成反応を利用した天然物(+)-Gracilamineの不斉全合成に関する論文です。5つの環と7つ連続した不斉中心を持つ複雑な多環式縮環構造を、合成初期の有機触媒反応で構築した単一の不斉点を起点として鮮やかに構築していく様子が記載されており、読み応えのあるものになっています。
生合成機構に基づいたプレニル化インドールアルカロイドの探索研究
熊本大学大学院薬学教育部 加藤 光 先生
ノトアミドの発見物語です。小さい幸運に左右されて話が進んでいく様子は、アルカロイドを研究対象としている人にとって興味深いと思います。是非手にとって読んでみましょう。
質量分析を用いた海洋天然物の構造解析および標的分子における結合位置解析
名古屋大学大学院生命農学研究科 北 将樹 先生
北らの研究の基盤である天然物化学を出発点として、最新の質量分析法を武器にした極めて複雑な海洋天然物の構造解析ならびに天然物のプローブ合成を基にした標的分子の結合部位解析について、我々有機合成化学者が読んでもわかりやすく解説されている。ケミカルバイオロジー分野への天然物化学、有機合成化学の役割が再認識されるのではないだろうか。
アンドランギニンの不斉全合成と天然物の絶対立体配置について
千葉大学大学院薬学研究院 小暮紀行 先生
アルカロイドのキラリティーの起源に触れた面白い論文です。合成もスマートでわかりやすく全合成に興味を持ち始めた大学院生にお薦めします。
波乱の核酸系化合物合成研究
名古屋大学大学院創薬科学研究科 兒玉哲也 先生
本論文では、DNA損傷部位の化学的供給法の開発、そして核酸の医薬化学的利用を目的とした人口核酸の合成研究についてまとめられています。論文の端々から有機合成化学を基盤とした核酸合成の醍醐味と兒玉らの気迫が伝わっている内容となっています。なかでも損傷核酸-検出プローブの開発は、有機合成化学者ならではの感性が導いた研究成果と言えるでしょう。核酸化学を身近に感じられる論文となっていますので、是非ご覧下さい。
天然物合成で総収率を上げるには?
慶應義塾大学理工学部 佐藤隆章 先生
天然物を収率よく合成するために、佐藤があげた「3つの大原則」。その中でも最も重要なのは「優秀な人材の確保と教育」。4つの天然物の合成例とともに、優秀な学生たちの活躍を概説しています。
天然物合成—発想と発見の場
名古屋大学大学院創薬科学研究科 下川 淳 先生
分子の特性を手玉に取ったように、複雑なアルカロイドをいとも簡単に全合成しています。「どうしてこの一手なのか?」とも思えるその一手は、まさに下川らの数々の過去の経験に裏打ちされたもので、考え続けること、そしてそれを記憶にとどめておくことの重要性を思い知らされます。「信念岩をも通す」の典型とも言えるアルカロイドの全合成・3編です。
Iso-A82775Cの不斉全合成
北海道大学大学院理学研究院 鈴木孝洋 先生
コンパクトで複雑かつ不安定そうな化合物へのアプローチが読みどころです。全合成研究へのスタンスやターゲット化合物選定への(ややぶっちゃけすぎ?な)思いも伝わってくる興味深い内容です。
天然物化学における新たなペプチド研究を目指して
東京大学大学院薬学系研究科 相馬洋平 先生
「溶けないペプチドをいかに合成するか?」、「システインを多くもつペプチドで、いかに位置選択的にジスルフィド形成するか?」、「不安定なペプチドオリゴマーをいかに安定に得るか?」これらの問題はペプチド科学において大きな問題となってきました。本論文ではこれらの問題を合成化学的な工夫により見事に解決した事例が紹介されています。ペプチド化学者でなくとも楽しめる工夫が満載です。ぜひご一読ください。
ボリン酸触媒を用いた1,2-cis-立体選択的グリコシル化反応の開発と天然物合成への応用
慶應義塾大学理工学部 高橋大介 先生
ボリン酸触媒による糖類の1,2-cis-立体選択的グリコシル化の開発とそれを利用した天然物合成に関する論文です。アルコールとの交換、Lewis酸としての振る舞い、などのボリン酸の化学的性質を巧みに利用することで、天然に豊富に存在しながらも有効な方法論が極めて少なかった 1,2-cisグリコシド、さらにより困難な1,2-cisマンノシドの高立体選択的合成に成功しています。
シンビオジノライドの構造解明に向けた合成化学的アプローチ: C79-C104フラグメントの立体発散的合成と立体構造改訂
岡山大学大学院自然科学研究科 高村浩由 先生
天然物の構造決定は過去の研究なのか?そうではない。機器分析が発展した現代においても、構造解析が困難な天然物は幾多にも及ぶ。分子量2,860と61個の不斉中心を持つ巨大複雑天然物シンビオジノライドの構造解明に向けて、合成化学者がどのようにアプローチしているのか、その奮闘ぶりを紹介する。
ポリケチド系多環性天然物の全合成における試行錯誤
京都大学大学院薬学研究科 瀧川 紘 先生
瀧川らがBE-43472B、プレオスプジオン、テトラセノマイシンCを完成させるまでにぶつかった合成上の壁と、その際にフラスコ内での現象をつぶさに観察し起死回生の一手を打つまでの思考実験とが詳細に語られています。「逆境を力に変える」天然物合成の醍醐味をうかがい知ることができます。
天然核酸から学ぶ人工核酸の化学と核酸医薬
九州大学大学院薬学研究院 谷口陽祐 先生
本論文は、次世代医薬品として注目されている核酸医薬のなかでも、形成の難しい3本鎖DNAの形成を基盤としたアンチジーン法への適用を目的とした人工核酸の分子設計および合成に関する論文です。今後の新しい創薬への展開が期待されます。
非典型ストリゴラクトン・アベナオールの全合成
京都大学大学院薬学研究科 塚野千尋 先生
全シスシクロプロパン環の立体制御と天然物合成です。裏話満載で臨場感あふれる合成研究です。全合成に興味を持ち始めた大学院生にお薦めです。
21世紀における構造未決定天然物大腸発がんリスク因子コリバクチンの化学
静岡県立大学薬学部 恒松雄太 先生
大腸発ガンリスク因子「コリバクチン」の化学構造決定に向けた取り組みを紹介した総説である。発見から10年以上が経過した現在も化学構造の解明には至っておらず、研究者達がゲノム科学、合成化学、微生物学、情報科学など様々なアプローチで構造決定に向けたデッドヒートを繰り広げている様子が分かりやすく紹介されている。
窮すれば通ず-リアノジン全合成からの学び
東京大学大学院薬学系研究科 長友優典 先生
複雑な骨格上に多数の酸素官能基を有するリアノジンは、超難関天然物である。その素晴らしい全合成を達成した長友先生が、特に困難を極めたC15位へミアセタール構造の構築に焦点を当て、その合成戦略の進化をまとめた解説である。課題克服の過程は、有機合成に携わる研究者にとって多いに参考になる。
天然物全合成から見つけた蛍光化合物-Eurotiumide類の不斉全合成と蛍光特性
徳島大学大学院医歯薬学研究部 中山 淳 先生
天然物の全合成研究では、途中でいろいろと意外な発見に遭遇します。意外な反応を発見することはよくありますが、本論文では意外な蛍光特性を有する物質に遭遇した経緯が書かれています。「TLCをよく観察しよう」という良い教訓となる論文です。
N-結合型糖鎖の合成研究
大阪大学大学院理学研究科 真鍋良幸 先生
最先端の糖鎖合成がここにある。オリゴ糖の化学合成は単なるグリコシル化反応の連続と侮るなかれ。保護基の選択をひとつ間違えば目的物にたどり着けないジクソーパズルのような複雑さは、天然物の全合成そのものである。
アザジラクチンの合成への挑戦
東京大学大学院農学生命科学研究科 森 直紀 先生
現在、天然物合成に携わる若手研究者の研究のモチベーションは何であるか? 12年間という長きに渡り複雑天然物であるアザジラクチンの全合成に挑戦した本解説論文に天然物合成の魅力が語られている。
30年後の天然物合成研究
早稲田大学理工学術院 山口潤一郎 先生
あなたもデロリアンに乗って30年後の未来にタイムトリップ!退職間近の山口研究室で繰り広げられる驚愕の天然物合成研究を体験してみよう。
銅の二面性を利用するクリックケミストリー:開発現場の舞台裏
東京医科歯科大学大学院疾患生命科学研究部 吉田 優 先生
ケミカルバイオロジーのツールを有機合成化学と有機金属化学から生み出す!有機合成に精通した吉田らが「役に立つ分子」の合成を目指して開発した、シクロオクチンの保護基の物語。
天然物合成はドラマチックに!? -リモニンの全合成-
公益財団法人 乙卯研究所 山下修治 先生
柑橘類に多く含まれるテルペノイド、リモニンの世界初の全合成に関する論文です。研究着手の経緯から、ラジカル環化によるCD環部の立体制御やエポキシラクトン部の構築といった様々な難題解決の過程が、ドラマチックにまとまっています。
生物活性環状デプシペプチドSpiruchostatin Aの固相全合成
東北大学大学院薬学研究科 吉田将人 先生
「固相合成ってなに?」という学生の皆さん、「固相合成、知っているつもり」という研究者の方々、本論文には固相合成法開発時の具体的な課題や工夫が具体的に紹介されています。ターゲットは近年大きな注目を集めている環状ペプチド。環状ペプチドは代謝安定性や膜透過性、標的親和性の向上に寄与すると考えられていることから創薬標的としてますます重要性をましています。本論文ではライブラリー構築を見据えた環状デプシペプチドのスピルコスタチンAの固相法を用いた全合成が紹介されています。是非ご一読ください。
感動の瞬間(Eureka Moment in My research):グルタミン酸受容体の立体配座要請
感動の瞬間(Eureka Moment in My research)の第二弾は、大阪市立大学名誉教授であられる大船 泰史先生による寄稿記事です。
お知らせ
現在、有機合成化学協会では「協会誌アンケート」を実施しており、これをもとに協会誌の見直しを図る予定となっております(下記リンクです)。
https://www.ssocj.jp/information/2018/0424093906/
みなさん、アンケートに協力して有機合成協会誌をより良いものにしていきましょう!