[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

超強塩基触媒によるスチレンのアルコール付加反応

[スポンサーリンク]

超強塩基を触媒とするβフェネチルエーテルの合成法が開発された。アルコールが逆マルコフ二コフ型でアリールアルケンに直接付加することでβフェネチルエーテルを効率よく合成できる。

アルコールのアリールアルケンへの逆マルコフニコフ型付加反応

 βフェネチルエーテル骨格は医農薬や天然物に頻出する重要骨格である。ヒドロホウ素化、酸化、そして生じる水酸基の置換反応が信頼性の高いβフェネチルエーテル合成法として用いられているが、三工程を要する。

より直截的な手法であるアリールアルケンの逆マルコフニコフ型アルコール付加反応の開発が望まれており、本反応を実現する触媒の開発が求められてきた。これまでにNicewiczらが2012年に光酸化還元触媒を用いるメタノールのトランスアネトールへの付加反応を報告しているが、触媒的手法はこの一例に限られる(1A)1

 一方で、ブレンステッド塩基触媒によるアリールアルケンへのアルコールの付加は、理論上、逆マルコフニコフ型で進行することが予想できるため、これまでにアルカリアルコキシドなどを用いていくつか研究されてきた。

しかし、アリールアルケンの求電子性が低いため、ブレンステッド塩基を用いた逆マルコフニコフ型アルコール付加反応は、ピリジルアルケンなどの電子不足アリールアルケンしか適用できない2。さらに、強塩基を用いた際、アリールアルケンのアニオン重合が併発しやすいため、これを抑制する触媒の開発が重要となる。

 今回、コロラド州立大学のBandar助教授らは、有機超強塩基トリアミノイミノホスホランP4t-Buを触媒として用いることで、アリールアルケンの逆マルコフニコフ型アルコール付加反応の開発に成功したので紹介する(1B)

図1. アリールアルケンの触媒的逆マルコフニコフ型アルコール付加反応

 

Superbase-Catalyzed anti-Markovnikov Alcohol Addition Reactions to Aryl Alkenes

Luo, C.; Bandar, J. S.J. Am. Chem. Soc.2018, 140, 3547. DOI:10.1021/jacs.8b00766

論文著者の紹介


研究者:Jeffrey S. Bandar
研究者の経歴:
2009 BSc., Saint. John’s University, USA (Associate Prof.Thomas N. Jones)
2014 Ph.D., Columbia University, USA (Prof. Tristan H. Lambert)
2014-2017 Posdoc, Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Stephen L. Buchwald)
2017- Assistant Professor, Colorado State University
研究内容:触媒反応の開発

論文の概要

 今回用いたP4t-BuSchwesingerらによって開発された超強塩基である3

これまでに根東らによってアリールアセチレンの逆マルコフニコフ型アルコール付加反応に有効であることが示されていた4。トリアミノイミノホスホランP4t-Buは電荷をもたない塩基であり、その塩基性はLDAに匹敵する。また、アルコールの脱プロトンにより生じるP4t-Buの共役酸H–P4t-Bu500 Åの大きさ(アルカリ金属カチオンの25–250)の安定なカチオンであるため、反応性の高い“裸”のアルコキシドを生じることができる(2A)

さらに、無機塩基とは異なり、脱プロトン後に生じる共役酸H–P4t-Buにより、アルコキシドがスチレンに付加して生じるカルバニオン種を迅速にプロトン化できるため、望まぬアニオン重合を抑制できる(2B)。以上のような性質を活かし、今回BandarらはP4t-Buを用いることで、これまでのブレンステッド触媒を用いる手法で問題であった、スチレンのアルコキシドへの低反応性と、アニオン重合の併発という二つの問題を解決し、P4t-Buを用いて目的のアリールアルケンの逆マルコフニコフ型アルコール付加反応を進行させることに成功した。

 本反応の基質一般性に関しては、電子中性あるいは電子不足な芳香環を有するアリールアルケンが適用できる(2C)

一方で、電子豊富なアリールアルケンでは反応はほとんど進行しない。ヘテロ芳香族からなるアリールアルケンでも収率よく対応するエーテル体が生成した。また、アリールアルケンのβ位に置換基があっても対応する1が得られる(1E)

また、アルコールの適用範囲も広く多くの一級アルコールが適用できる(2D)。二級、三級アルコールと立体障害が大きくなるにつれ収率は低下する(1F–1J)。ジオールやアミノアルコールを用いた場合、一級アルコール選択的に反応が進行する(1K–1M)

 以上のようにβフェネチルエーテルの簡便な合成法が開発された。今後の展望として、詳しい機構が解明され、さらなる基質一般性の獲得に期待したい。

図2. P4t-Buの性質(A)、推定反応機構(B)と基質適用範囲(C, D)

 

参考文献

  1. Hamilton, D. S.; Nicewicz, D. A. J. Am. Chem. Soc.2012, 134, 18577. DOI:10.1021/ja309635w
  2. (a) Kharkar, P. S.; Batman, A. M.; Zhen, J.; Beardsley, P. M.; Reith, M. E. A.; Dutta, A. K. ChemMedChem 2009, 4, 1075. DOI:1002/c mdc.200900085 (b) Otsuka, M.; Endo, K.; Shibata, T. Organometallics, 2011, 30, 3683.DOI: 10.1021/om200268v
  3. Schwesinger, R.; Schlemper, H. Angew. Chem., Int. Ed.1987, 26, 1167.DOI: 10.1002/anie.198711671
  4. Imahori, T.; Hori, C.; Kondo, Y. Adv. Synth. Catal.2004, 346, 1090.DOI: 10.1002/adsc.200404076
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 計算化学者は見下されているのか? Part 1
  2. 種子島沖海底泥火山における表層堆積物中の希ガスを用いた流体の起源…
  3. 条件最適化向けマテリアルズ・インフォマティクスSaaS : mi…
  4. 水素化反応を効率化する物質を自動化フロー反応装置で一気に探索
  5. 特許にまつわる初歩的なあれこれ その1
  6. 第22回次世代を担う有機化学シンポジウム
  7. 機能を持たせた紙製チップで化学テロに備える ―簡単な操作でサリン…
  8. NMR化学シフト予測機能も!化学徒の便利モバイルアプリ

注目情報

ピックアップ記事

  1. 「二酸化炭素の資源化」を実現する新たな反応系をデザイン
  2. ブルック転位 Brook Rearrangement
  3. 有機合成化学協会誌2019年10月号:芳香族性・O-プロパルギルオキシム・塩メタセシス反応・架橋型人工核酸・環状ポリアリレン・1,3-双極子付加環化反応
  4. バルビエ・ウィーランド分解 Barbier-Wieland Degradation
  5. 生体医用イメージングを志向した第二近赤外光(NIR-II)色素:①単層カーボンナノチューブ
  6. 高知・フュルスナー クロスカップリング Kochi-Furstner Cross Coupling
  7. ゲルマニウムビニリデン
  8. 2023年度 第23回グリーン・サステイナブル ケミストリー賞 候補業績 募集のご案内
  9. 【なんと簡単な!】 カーボンナノリングを用いた多孔性ナノシートのボトムアップ合成
  10. ビニルモノマーの超精密合成法の開発:モノマー配列、分子量、立体構造の多重制御

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年6月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

注目情報

最新記事

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP