第144回のスポットライトリサーチは、カリフォルニア大学バークレー校(John F. Hartwig研 博士研究員)の寄立 麻琴 (よりたて まこと)博士を紹介します。
寄立博士は2018年3月に慶應義塾大学理工学部の千田・佐藤研究室で博士を取得されたのち、つい最近、UCBC(カリフォルニア大学バークレー校)のJohn F. Hartwig教授のもとで博士研究員として研鑽を積み始めた新進気鋭の研究者です。
千田・佐藤研究室では新規反応開発と天然物全合成を両輪に研究が行われており、次々と画期的な合成反応を報告されています。
寄立博士が行っていた研究は下記論文が報告されたときから注目していたのですが、先日発表された、日本化学会第98春季年会における学生講演賞を受賞されたことをきっかけにスポットライトリサーチへの寄稿をお願いすることにしました。
受賞タイトルは、『官能基選択的な 5 員環ブロック連結反応を利用したステモアミド系アルカロイドの網羅的全合成』です。
Yoritate, M.; Takahashi, Y.; Tajima, H.; Ogihara, C.; Yokoyama, T.; Soda, Y.; Oishi, T.; Sato, T.; Chida, N.
“Unified Total Synthesis of Stemoamide-Type Alkaloids by Chemoselective Assembly of Five-Membered Building Blocks”
J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 18386‒18391. doi: 10.1021/jacs.7b10944
千田憲孝教授から、寄立博士に対しコメントをいただいています。
寄立麻琴君は卒業研究において,最先端の有機化学の知識と実験技術をしっかり身に付けました。その「頭」と「腕」に期待して,佐藤准教授が長年温めてきたテーマ(有機合成化学協会誌, 2018, 76, 454–457),すなわち今回の受賞につながった「アミド基選択的な求核付加反応を基盤としたステモアミド系アルカロイドの網羅的全合成」のテーマを与えました。寄立君はまさに「研究の虫」となって,連日黙々と実験をこなし,かつ自分の頭で問題点の核心の抽出とその解決策を考え,見事にこのアルカロイド類の網羅的全合成に成功したのです。研究に没頭する一面と,飲み会で楽しく酔ってストレス発散をする一面と,硬軟両面で常に全力投球できることが彼の特徴でしょう。現在の留学先であるHartwig研を選ぶ際も,Caltech・Stoltz研への短期留学の間に自分でHartwig先生にお会いするアポを取り,直談判でポスドクを志願するなど,積極性も十分です。これまで研究してきた天然物合成に加えて,Hartwig研で金属触媒を用いる新規反応開発の分野も習得し,近い将来,日本のアカデミアで大活躍してくれることと期待しています。
この度は学生講演賞受賞おめでとうございます!ぜひ原著論文と合わせて、インタビューをお楽しみください。
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?
私達の研究室はアミド基の新たな変換法の開発と、それを利用したアルカロイドの全合成研究を行っています。多くの医薬品に見られるアミド基は、これまでに多くの合成法が開発されてきましたが、その変換法の開発は遅れていました。アルカロイド合成のlate-stageにおいてアミド基選択的に求核剤を付加できれば、不安定な多置換アミンを合成終盤に構築できます。このため、エステルなどのより求電子性が高い官能基が共存する中で「安定なアミド基」を選択的に変換する手法の開発が求められていました。
本研究では、アミド基選択的な求核付加反応を基盤として図2に示すステモアミド系アルカロイド(1~4)の網羅的全合成を達成しました。本合成の鍵は、ステモナ類が共通して有するヘテロ5員環ブロックを「官能基選択的に」「望みの位置で」連結させる点です。ステモアミド(1)に対してラクトン選択的にγ-ラクトンを伸長してサキソラムアミド類(2,3)を合成し、ラクタム選択的にγ-ラクトンを伸長してステモニン(4)を全合成しました。ラクトンの求電子性が高いため、ラクタム選択的な求核付加反応を実現できる還元触媒を精査し、永島先生らが開発した触媒系が最適であることを見出しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
ステモアミド(1)を合成するための鍵反応であるビニロガスマイケル/還元のワンポット反応の開発です。初めてマイケル付加が進行したのは、γ-ブテノリドとシロキシピロールをTBAFで処理した時でした。この時、目的物とその酸化体(分子量+16)が生成していたのですが、目的物のNaとKピークが検出されたと思い込み酸化体の同定に時間がかかったのをよく覚えています。基質の量上げでは、2 L以上の溶媒を凍結脱気するのが大変すぎることや、低温下でTBAFの溶液を移すカニュラが詰まることなど、苦労のかかる合成でした。四塩化スズでもマイケル反応が進行することを発見してからは、論文に載せたワンポット還元までの構想をすぐに思いつきスムーズに実験が進みました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
化学的に一番価値がある成果はQ1でも述べた官能基選択的な求核付加反応の開発でした。しかし最も難しかったことは、過去に20以上あるステモアミド(1)の合成例のいずれよりも短工程・高収率・大スケールで1を供給できる独自の合成法を開発することでした。ルート開発で一番難しかった所はQ2で書いたマイケル反応でしたが、さらに苦労した点は反応のスケールアップでした。ステモアミドまでの全7工程をグラムスケールにスケールアップする際に、もれなく全ての工程で問題が生じました。最近流行りのグラムスケール合成というのは、見た目よりも大変なんだと身をもって実感しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
日本の化学を発展させるために一番重要視していることは教育です。将来独立した時に、優秀な学生を育てることが研究成果を挙げる上で非常に重要だと思います。また、優秀な学生が世の中に出ていくことで、さらに化学を発展させてくれます。良い教育をするためには、まず自分の化学・教育・プレゼンテーションの能力を磨く必要があるので、Hartwig研という新たな環境に身を置きました。様々な面でパワーアップして、将来は優れた教育者と言われるようになりたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
実験は上手くいくまでに莫大な時間がかかりますが、その中でする試行錯誤を繰り返した回数や時間が自分を強くします。そして窮地や困難を乗り越えるたびに力がつき、化学を心の底から楽しめるようになると思います。そして新たな発見をする、その時感じるワクワク感を一度味わったらやみつきになります。ぜひ、今の実験を諦めずに(自分のペースで)とことん追求してみてください。
最後に、恩師である千田先生・佐藤先生、一緒に研究した研究室のメンバー、またこの様な機会を頂いたケムステスタッフの方々に深くお礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:寄立 麻琴(よりたて まこと)
所属:カリフォルニア大学バークレー校 化学科(Hartwig研)
研究テーマ:sp3炭素のC-Hシリル化、ボリル化反応の開発
略歴:2013年3月 慶應義塾大学理工学部応用化学科 卒業
2018年3月 慶應義塾大学 理工学研究科 基礎理工学専攻 博士課程修了(千田・佐藤研究室)
2015年4月~2018年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2018年5月~現在 カリフォルニア大学バークレー校 化学科(Hartwig研)
2017年度 内藤記念海外留学助成金 採択