[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

生体外の環境でタンパクを守るランダムポリマーの設計

[スポンサーリンク]

カリフォルニア大学バークレー校のTing Xu教授らは、生体外の環境でタンパクを安定化するランダム共重合ポリマーの設計手法を開発し、Science誌に報告しました。

“Random heteropolymers preserve protein function in foreign environments”

Panganiban, B.; Qiao, B.; Jiang, T.; DelRe, C.; Obadia, M. M.; Nguyen, T. D.; Smith, A. A. A.; Hall, A.; Sit, I.; Crosby, M. G. Dennis, P. B.; Drockenmuller, E.; Olvera de la Cruz, M.; Xu, T. Science 2018, 359, 1239. DOI: 10.1126/science.aao0335.

1. 立体構造は、タンパクの機能に不可欠

図1. タンパクの基本構造。

タンパクは、食べたものを消化したり、血液中で酸素を運んだり、光合成によって化学エネルギーを生み出したり、生物にとって大切な役割を担っています。その化学構造は一見単純で、図1のようにアミノ酸が繰り返しつながった構造をしています。このアミノ酸が連なった鎖が折りたたみ、立体的な高次構造をとることで、様々な機能を発揮できるようになります。

しかしこの高次構造は、水素結合や疎水性相互作用などの複数の弱い相互作用によってできているため、周りの環境にとても敏感です。生体外の環境では、温度やpH、塩濃度などの条件が合わず、壊れて凝集してしまうことがよくあります。特に、有機溶媒中でタンパクの機能を保つことは難しく、既存の手法では酵素の活性を20%程度保つのがやっと、というところです。有機溶媒中でタンパクを扱えるようになれば、酵素による化合物合成や汚染物質の浄化といった産業利用において、応用の幅がかなり広がるはずですが、タンパクの不安定さがその道を阻んでいます。

そこで今回、Ting Xu教授らは、タンパクの立体構造を安定化させるためのポリマーを開発しました。このポリマーを溶液に混ぜるだけで、タンパクが細胞外の環境でもうまく折りたたまれたり、有機溶媒中で高い活性を保たれるということが示されました。

2. 秘訣はモノマーの構成比とその分布

タンパクの立体構造を安定化するには、タンパクの周りに取り付いて外部環境から守るようなポリマーが理想です。ポリマーとタンパクとの相互作用は強すぎても弱すぎてもいけません。ポリマーとタンパクとの相互作用が強すぎると、タンパクを折りたたんでいる水素結合や疎水性相互作用が影響を受け、立体構造が崩れてしまいます。逆に、ポリマーとタンパクとの相互作用が弱すぎると、ポリマーは溶液中にただ分散し、タンパクを守る働きを成しません。Xu教授らは、タンパクと表面特性の似たポリマーを作れば、タンパクとポリマーが適度に相互作用し、タンパクの立体構造を安定化させられると考えました。

図2. (a) ペルオキシダーゼ(HRP)の表面特性。赤:疎水性、青:親水性、緑:正に帯電、紫:負に帯電。(b) 各タンパクにおける疎水性パッチの大きさの分布。(論文より)

そこで彼女らはまず、よく知られているいくつかのタンパク(α-CT、GFP、GOx、HRP)について表面特性を調べました(図2)。タンパクの表面を、図2aのように疎水性・親水性・正帯電・負帯電部位に分け、各パッチの大きさやパッチ間の距離の統計を取ったところ、いずれのタンパクでもパッチの大きさ・パッチ間距離は1〜2 nmが標準的であることがわかりました。また、タンパクを構成するアミノ酸を疎水性・親水性に分類し、それらのアミノ酸配列における連なり調べると、同じ性質を持つアミノ酸は大抵1〜6個連続して繋がっているだけで、一部に偏っていることはないということが分かりました。

図3. タンパクを安定化するランダム共重合ポリマー。(RHPではi = 5, j = 2.5, k = 2, l = 0.5、Mn = ~30 kDa, PDI = 1.3)

このような分析をもとに、彼女らは図3のようなランダム共重合ポリマーを作りました。このポリマーは、MMA、OEGMA、2-EHMA、3-SPMAという4種類のメタクリル酸エステルから成り、各モノマーは以下のような特性を持っています。

  • MMA:ポリマー全体の疎水性を向上する。極性・非極性の界面で相互作用できる。
  • OEGMA:PEGにより、タンパクを安定化する。
  • 2-EHMA:タンパクの疎水部位と相互作用する。
  • 3-SPMA:正電荷をもつタンパクの部位と相互作用する。

このようなポリマーを様々なモノマー組成比で作り、水溶液や有機溶媒中での酵素活性の保持効果を調べたところ、モノマー組成比i = 5, j = 2.5, k = 2, l = 0.5のポリマー(以下、RHPと呼ぶ)が、最大の効果を示すことがわかりました。各モノマーの反応性をもとにモノマー配列をシミュレーションすると、同じモノマーが多数連続して並ぶことはなく、各種のモノマーが偏りなくポリマー鎖全体に分布していることが確認されました。これは、タンパクのアミノ酸配列において、疎水性・親水性のアミノ酸が偏りなく分布している様子をうまく模倣しています。

3. ランダムポリマーRHPは、タンパクの周りを覆う。

図4.(A)トルエン中、(B)水溶液中でのペルオキシダーゼ(HRP)とRHPの様子(論文より)。緑:RHP、赤:タンパクの疎水性部位、青:親水性部位。

Xu教授らは、分子動力学シミュレーション(MD)により、溶液中でのタンパクとRHPの相互作用の様子を調べました。図4から、水溶液中ではタンパクはRHPにほとんどカバーされていないのに対し、有機溶媒のトルエン中では、タンパクの周りをRHPが覆っているということが分かります。また、タンパクの重心と各モノマーとの距離を調べると、トルエン中では、親水性のOEGMAや3-SPMAはタンパクの近くに、疎水性のMMAや2-EHMAはタンパクから遠くに存在していることが分かりました。つまり、RHPは内側に親水性モノマー、外側に疎水性モノマーが配置するようにコンフォメーションを変化させ、タンパクや有機溶媒とうまく相互作用していると言えます。

4. RHPは、有機溶媒中で酵素の活性を保つ。

それでは実際に、RHPはどのような効果を持っているのでしょうか。Xu教授らは、水溶液中でRHPとペルオキシダーゼ(HRP)を混合し、凍結乾燥した後、有機溶媒に分散させました。すると、RHPと混合したHRPは、トルエンやクロロホルムにうまく溶解し、凝集せずに分散することが確認されました。また、トルエン中に分散したサンプルを乾燥させ、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察すると、RHPとHRPが50〜60 nmほどのナノ粒子を形成していることが確認されました(図5a)。

図5. (a) トルエンに分散したRHP/HRPのTEM画像。(b) 各安定化剤(RHP, AOT, PS-b-PEO)を用いた場合のHRPのトルエン中での活性変化。(論文より)

さらに、 トルエン中でのHRPの活性を経時的に調べると、RHPと混合した場合には、 24時間後にも活性が80%近く保たれていることが確認されました(図5b)。同様の濃度条件で、他の安定化剤(AOT, PS-b-PEO)を用いたサンプルと比べると、4倍以上もの活性保持率が得られています。さらに、GOxやGFPなど、他のタンパクにおいても、高い活性保持率が得られることが確認されました。

5. おわりに

今回のポリマーのデザイン手法のポイントは、一般的なタンパクの親水性・疎水性パッチの大きさを模倣するということです。得られたポリマーは、自然界に存在する天然変性タンパク(intrinsically disordered proteins; IDP)に似ています。IDPは、特定の高次構造を持たず、他のタンパクと多点で弱い相互作用をすることで、構造の安定化や折りたたみの補助を行っていますが、今回作られたポリマーも、同様の構造・機能を持っていると考えられます。

応用面においては、市販のモノマーをランダムに共重合させるだけで作れること、溶液に混ぜるだけでタンパクを安定化できること、といった利点があります。PEG化(PEGylation)のように、化学反応を用いてポリマーを付加する必要はないので、簡便で、反応性の官能基が少ないタンパクにも有効です。今後、酵素を用いた汚染物質処理や燃料電池、タンパクの構造解析など、多方面での応用が期待されます。

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”4339070955″ locale=”JP” title=”ポリマーバイオマテリアル―先端医療のための分子設計設計― (バイオマテリアルシリーズ)”] [amazonjs asin=”489592422X” locale=”JP” title=”カラー図説 タンパク質の構造と機能 ゲノム時代のアプローチ”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 【本日14時締切】マテリアルズ・インフォマティクスで活用される計…
  2. 研究リーダーがPJを成功に導く秘訣
  3. 複雑にインターロックした自己集合体の形成機構の解明
  4. 2011年ノーベル化学賞予測―トムソン・ロイター版
  5. 日本薬学会  第143年会 付設展示会ケムステキャンペーン Pa…
  6. 「赤チン」~ある水銀化合物の歴史~
  7. 239th ACS National Meeting に行ってき…
  8. 従来のペプチド合成法に替わるクリーンなペプチド合成法の確立を目指…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 高分子と高分子の反応も冷やして加速する
  2. 「自然冷媒」に爆発・炎上の恐れ
  3. BulkyなNHCでNovelなButadiyne (BNNB) アナログの反応
  4. 2023年から始めるマテリアルズ・インフォマティクスの進め方 〜<期間限定>MIスターティングパッケージ企画もご紹介〜
  5. DFMS:ビス(ジフルオロメチルスルホニル)亜鉛
  6. 「超分子」でナノホース合成 人工毛細血管に道
  7. 第32回フォーラム・イン・ドージン ~生命現象に関わる細胞外小胞の多彩な役割~ 主催:同仁化学研究所
  8. 男性研究者、育休後の生活を語る。
  9. NeoCube 「ネオキューブ」
  10. ヘイオース・パリッシュ・エダー・ザウアー・ウィーチャート反応 Hajos-Parrish-Eder-Sauer-Wiechert Reaction

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年5月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP