第 24 回の“海外”留学記は、University of Tokyo, Nozaki 研究室の博士研究員 Andreas Phanopoulos さんにお願いしました。おや、University of Tokyo, Nozaki 研究室? ようするに東京大学の野崎研究室です。今回の海外留学記は、日本でご活躍されている外国人研究者へのインタビューであり、第 20 回の留学研究記を寄稿してくださった佐々木俊輔さんのご提案を実現したものです。
海外研究者から見ると日本には言語や文化の大きな壁があり、まさに辺境の地であると思います。これまで海外で生活する日本人の研究留学記を公開してまいりましたが、さらなる国際理解のためには、日本で生活する外国人研究者の苦悩をも共有することも必要ではないかと思います。
海外研究者の目にとって、日本は一体どのように映っているのでしょうか。日本の研究生活のどんな点に苦労しているのでしょうか。これらの点に注目して、Phanopoulos さんの日本の留学生活をご覧ください! なお、本記事は、英語で行ったインタビューを翻訳したものです。もしも Phanopoulos さんの生の声を聞きたい方はぜひ国際版記事もお楽しみください (Why Don’t You Study in Japan? A Letter from the Nozaki Group at the University of Tokyo)。
Q1. 留学先では、どんな研究をしていますか?
もともとは、オレフィンを鎖状アルコールへ直接変換できるようなタンデム式ヒドロホルミル化-水素化触媒を研究するつもりで JSPS へ申請していました。しかし研究ではいつも起こることだと思いますが、その研究の途中で起こった予想せぬ結果を追究することにしました。具体的には、ヒドロホルミル化反応において見られた通常とは異なる位置選択性についてです (下スキーム)。予想していた直鎖状アルデヒドではなく、めったに見られない分岐状アルデヒドが得られました。この研究は、 ACS Catalysis に報告しました[1]。
私が研究している触媒は、窒素を中心とするトリホスフィンを配位子に持つロジウム錯体です。これらの配位子は、配位子を改造しやすいようなモジュール式合成が可能ですが、他のトリホスフィンと比べて発展していません。一方で、中心の窒素原子によりユニークな電子的性質を示します。なので、将来的な触媒研究として注目を集めています。今回の触媒系によって合成可能な分岐状アルデヒドは、有機合成の重要な中間体であると同時に、化粧品香料、食品香料そしてライフサイエンスにおいても重要性が高まっています。
ヒドロホルミル化反応で見られた予期せぬ選択性
Q2. なぜ日本で研究を行う選択をしたのですか?
何年も前から日本に魅力を感じていました。はじめは、日本の科学研究については私はほとんど知らず、その代わりに日本での生活や文化に興味がありました。私が日本に興味を持ち始めたのは、映画 Lost in Translation をはじめて見たときだと思います。それは、東京のホテルで知り合った男女についての映画です。私は映画をとっても気に入ったので、日本の生活について自分で調べてみるようになりました。私が初めにしたことは、いろんな日本の音楽を聴くことです。伝統的な三味線から、きゃりーぱみゅぱみゅのような J-ポップ、そして宇宙コンビニのようなオルタナティブバンドまで聴きました。日本文化について、たくさんの本も読みました。温泉や寺のような古き伝統から、はたまた原宿ファッションやオタク文化のような最近の流行まで調べました。日本は古い伝統を守りつつも同時に超近代的でもあることが、とっても好きです。それが日本の面白いところだと思います!
博士号を取った後、可能なポスドクと奨学金を探していました。私が真剣に日本で研究しようと考え始めたのはその時です。私の先生の一人が、JSPS を日本で研究するための選択肢として勧めてくださり、行ってみたいグループを探し始めました。そのときになって、私は日本発の一流の化学の研究を思い知らされました。ホットな研究分野の活発な研究室にいくつか興味を持っていましたが、最終的に野崎研究室に志願しました。野崎研究室の触媒研究は世界をリードしており、私がイギリスで相談した誰もが野崎教授について「一緒に研究するにはアメージングな PI だ」と言っていたからです。
東京大学野崎研究室
Q3. 日本での生活を通じて、良かったこと・悪かったことをそれぞれ教えてください。
日本は住みよい素晴らしい場所です。日本は本当にいろんな顔を持っており、私はここでの時間を楽しんでいます。北海道でスキーができて、山梨では登山を楽しめて、沖縄へ行けばダイビングができます。国境をまたがずにこれらができるなんて全く信じられません。さらに日本食は美味しいです。たくさんの種類の料理があり、私は各都道府県の珍味を試食するのが大好きです。
札幌でのスノーボード (左), 富士山の頂上からのご来光 (中央), 沖縄でのスキューバダイビング (右) 全部日本です!!
野崎研究室での研究生活も素晴らしいです。研究室の全員が各メンバーの研究にいつも興味を持っており、起こりそうなあらゆる問題についていつでもディスカッションできます。研究設備は格別です。こんなにたくさんの機器を利用することになるなんて、全く考えていませんでした。機器が最新で手入れが整っているだけでなく、いくつもの異なる分野の研究が同じ研究室で行われています。この多様性も素晴らしいです。実際に、このことは野崎研究室で時間を過ごすなかで得られたもう一つの利点です。このラボで進行中の研究は幅広く深いので、それまでよく知らなかった分野の化学の理解も深まりました。野崎研究室はみなハードワークです。一方で、みなで祝福しあったり、リラックスしたりするのも好きです。パーティのためならどんな理由も許されます!鍋パーティ、誕生日、お楽しみの毎年恒例研究室旅行など、いつもたくさんのイベントが開催されます。
野崎研/山東研合同の年に一度の BBQ (左), 毎年恒例の野崎研の研究室旅行にて野崎教授による乾杯 (右)
悪かったことはほとんどありません!日本人は欧州の大学の研究者よりも長い間研究しがちなので、初めのうちは夜遅くに家に帰ったときにかなりしんどく感じました。このことは日本の文化としてよく知られていますが、すぐに慣れると思います。地震も初めて経験した時には少し怖かったです。でもこれもすぐに慣れることができます。台風については、よい経験だったり最悪の経験だったりするかもしれません。そのとき外にいるかどうか次第といったところです。私が学部と博士過程を過ごした北欧の気候よりも、基本的には日本の気候の方が楽しいと思います。日本は明確に区分された季節があります。イギリスが永久的に持っているような、温暖で白黒はっきりしない雨がちの気候とは全く違います!
Q4. 渡航前に心配していたことはありますか?そのために念入りに準備したことを教えてください。
もろもろの詳細のほとんどは奨学制度の一部として JSPS が面倒を見てくださったので、心配するべきことはほとんどありませんでした。日本でポスドクを挑戦したいと思う方には、ぜひこの奨学金をお勧めします。私が心配していた 1 つのことは、言葉の壁です。ここへ来る前のおよそ6ヶ月間で私は 2000 以上の漢字の意味を学びました。これは留学開始直後には本当に役に立ちました。日本へ来てからは語学教室へ通ったので、今は大抵の場合やっていけています。ただし日本語で報告書を書けるようになるとは思いませんが…。日本へ来ようと考えている人は、言語や文化の壁を心配しすぎてはいけません。なんとかなります。みんなとっても親切で、最小限の理解でも区役所や不動産へ行くことは達成できます!
Q5. 日本に来て苦労したことはありますか?
一番苦労したのは、アパートの手配です。アパートを借りるには、初めに日本の銀行口座が必要です。そして日本の銀行口座を開くには、日本の電話番号が必要です。しかし、電話番号を取得するためには、住所が記載された在留カードが必要なんです! まるで Catch-22 のような堂々めぐりでした。しかし、不動産が大家さんを説得してくださったので、銀行口座なしでアパートを借りることができました。もう一つの問題点は、日本のほとんどすべてのアパートは、家具がついて来ません。これは、冷蔵庫、洗濯機などをすべて買う必要があるということです。さらに、ヨーロッパ人にとって、あって当然のオーブンがほとんどの場合ありません。とはいえ、日本には素晴らしいインテリアショップがあって、そこで低価格でお値段以上の家具を購入することができます。なので、破産せずに必要なもの全てを揃えることができます。個人的には、ニトリが一番便利な店だと感じました。たいていの場合、英語を流暢に話す店員さんがいて、大きな品物の配達を手配したいときに便利です。一方で、大きな外国人コミュニティもあって、日本を出る予定のある人がほとんどの家具一式を安く売ってくれます。これは必要なものをいっぺんに手に入れる際には便利で安い方法です。
来日する人が直面するであろう困難は、最初に日本に到着した時ではないかと思います。もし準備ができていなければ、日本におびえてしまうかもしれません。幸運にも私はフィアンセと一緒にここへ来たので、あらゆる困難も一緒に乗り越えることができました。そのおかげで、どんなこともなんとかやっていくことができました。もし日本へ来ようと計画しているなら、近くに住んでいる外国人や同時期に来る予定がある誰かを探すことをお勧めします。そうすれば、お互い助け合うことができます。
私と Charlotte (フィアンセ). 東京に着いたばかりでドキドキしています.
Q6. 留学後の予定は決まっていますか? 日本での留学経験を将来どのように活かしていきたいですか?
うまくいけば、ヨーロッパでポジションを見つけて帰ろうと考えています (どこになるかはまだ決まっていませんが!) 。日本で学んだ知識と技術は確実に全て使うことになると思います。ここでの研究のおかげで、私ははるかに独立性を高めることができました。技術員に頼るのではなく全ての機器を自分自身で使用しなければならなかったので、その機器がどのように動作しているかを理解することができました。さらに、日本語でしか機器の使用方法を得られないことは、あらゆる物事が何を行っているかを二重に理解しなければならないことを意味します。私は、これから出会うどんな新しい機器も、その使い方も学習できると自信があります。
留学後は、できるかぎりみんなに日本へ訪れるようにお勧めすると思います。たとえほんの短い期間であっても、可能なときはいつでも帰ってくるだろうと確信しています。日本語の会話もいくらか進歩したと感じているので、できれば日本を出た後もレッスンに通い続けるつもりです。おそらく、さらなる日本語の検定試験を受けることもできると思います。
Q7. 最後に、読者の方々にメッセージをお願いします!
Everyone should come and study/work in Japan! The country has a rich culture with a depth of new things to learn and experience, 行きましょう、遊びに来てください!
(この部分のみ, Phanopoulos さんの生の声のままでお送りしました。)
参考文献
[1] Phanopoulos, A.; Nozaki, K. ACS Catal. 2018, DOI: 10.1021/acscatal.8b00566プロフィール
[名前]
Andreas Phanopoulos
[経歴]
PhD (Imperial College London, 2011–2015)
MChem (Durham University, 2007–2011)
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