[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

塩基と酸でヘテロ環サイズを”調節する”

[スポンサーリンク]

塩基と酸を作用させるだけで環サイズを調節できるユニークな中員環合成手法が報告された。塩基による環拡大反応、酸触媒による環縮小反応により、様々なベンゼン環をもつ含窒素ヘテロ環化合物を合成できる。

環拡大反応による含窒素ヘテロ環骨格

ベンゼン環をもつN-ヘテロ環骨格、例えば、テトラヒドロイソキノリン(6員環)やテトラヒドロベンゾアゼピン(7員環)は創薬化学における重要骨格である[1]。従って、これらの新規構築法の開発は未だ求められている。

テトラヒドロイソキノリンを構築する古典的手法として、Pictet–Spengler反応Bischler–Napieralski反応がある。しかし、これら反応には、芳香環に電子供与性置換基が必要であること、強い酸・塩基条件を必要とすること、6員環構築が適しており、それより大きな環では大幅に収率が低下するという欠点があるのは自明であろう。つまりテトラヒドロベンゾアゼピンもしくはそれ以上のN-ヘテロ環骨格には適用できない。

近年この骨格合成のための方法の1つとして、様々な「環拡大反応」が開発されている[3a,b]

例えばブリストル大のClayden教授らは、ベンゾ縮環されたN-カルボアミドヘテロ環1aに塩基(LDA)を作用させることで、1bが得られることを報告している[4]。つまり、n員環をn+3員環に環拡大できる。しかし、環拡大には成功したものの、本反応は環状ウレア構造が挿入されてしまう。

今回Clayden教授らは、この環状ウレアに酸を作用させると環縮小反応により、テトラヒドロイソキノリン・テトラヒドロベンゾアゼピンおよび、N-ヘテロ中員環骨格を構築できることを見いだした。

図1. 新規N-ヘテロ環拡大・縮小反応

 

Consecutive Ring Expansion and Contraction for the Synthesis of 1-Aryl Tetrahydroisoquinolines and Tetrahydrobenzazepines from Readily Available Heterocyclic Precursors

Hill, J. E.; Matlock, J. V.; Lefebvre, Q.; Cooper, K. G.; Clayden, J. Angew. Chem., Int. Ed.2018,57, 5788

DOI: 10.1002/anie.201802188

論文著者の紹介

研究者:Jonathan Clayden

研究者の経歴:
1986-1989 B.A., Churchill College, University of Cambridge
1989-1992 Ph.D., University of Cambridge (Prof. Stuart Warren)
1992-1994 Post-doc, École Normale Supérieure (Prof. Marc Julia)
1994-2000 Lecturer in Chemistry, University of Manchester
2000-2001 Reader in Chemistry, University of Manchester
2001-2015 Professor in Organic Chemistry, University of Manchester
2015-          Professor of Chemistry, University of Bristol
研究内容:立体構造の制御、反応開発、生理活性物質の合成

論文の概要

 著者らは、環縮小反応の基質適用範囲の調査を行った(2A)p-TsOH存在下、様々な大きさの環状ウレアに対して環縮小反応を行ったところ、官能基によらず8~10員環の環状ウレアについて目的の環縮小体(2Aa2Af)が中程度から高収率で得られた。余分なウレア部位は、加水分解により除去できる。

また、容易に合成できるテトラヒドロイソキノリン2Baから塩基による環拡大反応、得られた2Bbに対する本環縮小反応をワンポットで行い、テトラヒドロベンゾアゼピン2Bcの合成に成功している(2B)

しかし、ベンジル位にアリール基に加えてメチル基が存在する化合物3の、環縮小反応は進行せず、環構造をもたないアルケン4が生成した。この原因について、著者らは反応機構を示し説明している(2C)

まず、ウレアの酸素原子がプロトン化され、続いて二つの芳香環に挟まれたジベンジル位にカルボカチオンが生じる。このカチオンのα位にプロトンが存在していると、分子内SN1反応ではなくE1反応が進行し、アルケンが生じる。このアルケンが生成する機構からも、新たな中員環合成を開発している。それに関しては本論文を参照されたい。

図2. 新規N-ヘテロ環拡大・縮小反応

 

 以上、酸と塩基を用いるだけの簡便なNヘテロ中員環合成が開発された。得られた生成物のベンジル位にアリール基が残ることが欠点ではあるが、医薬品候補化合物のメディシナルケミストリーに利用されることであろう。

参考文献

  1. Vitaku, E.; Smith, D. T.; Njardarson, J. T. J. Med. Chem.2014, 57, 10257. DOI: 10.1021/jm501100b
  2. (a)Pictet, A.; Spengler, T. Dtsch. Chem. Ges.1911,44, 2030. DOI: 10.1002/cber.19110440372(b) Bischler, A.; Napieralski, B. Ber. Dtsch. Chem. Ges.1893, 26, 1903. DOI: 10.1002/cber.189302602143
  3. (a) Klapars, A.; Parris, S.; Anderson, K. W.; Buchwald, S. L. J. Am. Chem. Soc.2004, 126, 3529. DOI: 10.1021/ja038565t(b) Huang, L.; Dai, L-, X.; You, S. -L. J. Am. Chem. Soc.2016, 138, 5793. DOI: 10.1021/jacs.6b02678
  4. Hall, J. E.; Matlock, J. V.; Ward, J. W.; Gray, K. V.; Clayden, J. Angew. Chem., Int. Ed.2016, 55, 11153. DOI: 10.1002/anie.201605714.

 

Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 「野依フォーラム若手育成塾」とは!?
  2. 高分子を”見る” その2
  3. 「不斉有機触媒の未踏課題に挑戦する」—マックス・プランク石炭化学…
  4. 脳を透明化する手法をまとめてみた
  5. 「シカゴとオースティンの6年間」 山本研/Krische研より
  6. 有機合成化学協会の公式ページがリニューアル!!
  7. 僕がケムステスタッフになった三つの理由
  8. 【CAS プレジデント登壇】CAS SciFinder フォーラ…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【速報】2010年ノーベル生理医学賞決定ーケンブリッジ大のエドワード氏
  2. 科学英語の書き方とプレゼンテーション (増補)
  3. ホフマン・レフラー・フレイターク反応 Hofmann-Loffler-Freytag Reaction
  4. 存命化学者達のハーシュ指数ランキングが発表
  5. Co(II)-ポルフィリン触媒を用いた酸素酸化によるフェノールのカップリング反応
  6. ポリエチレンとポリプロピレン、7カ月ぶり値上げ浸透
  7. 堀場氏、分析化学の”殿堂”入り
  8. 味の素と元社員が和解 人工甘味料の特許訴訟
  9. 3級C-H結合選択的な触媒的不斉カルベン挿入反応
  10. セルロースナノファイバーの真価

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年5月
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

注目情報

最新記事

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

早稲田大学各務記念材料技術研究所「材研オープンセミナー」

早稲田大学各務記念材料技術研究所(以下材研)では、12月13日(金)に材研オープンセミナーを実施しま…

カーボンナノベルトを結晶溶媒で一直線に整列! – 超分子2層カーボンナノチューブの新しいボトムアップ合成へ –

第633回のスポットライトリサーチは、名古屋大学理学研究科有機化学グループで行われた成果で、井本 大…

第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授

第67回目の研究者インタビューです! 今回は第49回ケムステVシンポ「触媒との掛け算で拡張・多様化す…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP