新年度第一回目、計第141回目のスポットライトリサーチは理化学研究所(理研)袖岡有機合成化学研究室の太田英介特別研究員(研究当時、現在はプリンストン大学博士研究員)にお願いいたしました。袖岡研究室はスポットライトリサーチ常連で、第43回・第102回にも登場しています。その際は、有機合成反応の開発で取り上げさせていただきましたが、今回はケミカルバイオロジー研究に役立つ「光親和性標識法」の新たな分子ツールの開発に関しての研究成果です。本成果はアメリカ化学会の「ACS Chemical Biology」に掲載され、プレスリリースも行われています。
Ota, Eisuke; Usui, Kazuteru; Oonuma, Kana; Koshino, Hiroyuki; Nishiyama, Shigeru; Hirai, Go; Sodeoka, Mikiko, “Thienyl-substituted α-Ketoamide: A Less Hydrophobic Reactive Group for Photo-Affinity Labeling”, ACS Chemical Biology, 2018, ASAP doi: 10.1021/acschembio.7b00988
実際に研究を行った太田さんについて、共同研究者の平井剛客員研究員(九州大学大学院薬学研究院教授)からコメントをいただいています。
今回の研究は、我々が長年取り組んでいる、有機化学・ケミカルバイオロジーの境界領域研究に位置づけられるものですが、鍵となる光化学に関しては、我々はズブの素人でした。そんな課題に、合成化学専門の太田くんはD2の途中から果敢に挑戦しました。この事実で、太田くんがおおよそどんな人物で、私たちが彼にどんな期待を持っていたか、想像いただけるのではないかと思います。普段はわりとチャラそうな感じで、チャレンジ精神旺盛で、人一倍努力するけど、沢山失敗もして、でもなんだかんだ遠回りしてもどういうわけかわりと良い結果にたどり着ける強運を持ち主。これからもその個性を活かして、新しいことにどんどん挑戦していって欲しいです。
平井剛
それでは本成果の内容と裏話等御覧ください!
Q1. 今回のプレス対象となったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください
光親和性標識法は、光を吸収して反応性の化学種を生成する「光反応性基」を利用して、生物活性分子とその標的となる生体分子(タンパク質など)の間に共有結合を形成する技術です。ケミカルバイオロジー研究に広く用いられていますが、標的以外の生体分子との非特異的な結合形成は、真の標的分子同定の障害となっています。
光反応性基として、フェニルアジド、ジアジリン類、ベンゾフェノンが主に用いられてきました。我々はこれらの嵩高い疎水性の構造が、元の生物活性分子の性質を変化させ、非特異的結合を増やす要因になっていると考えました。本研究では、より疎水性が低く、よりコンパクトな光反応性基として、2-チエニル型α-ケトアミド構造を開発しました。この光反応性基は、糖-タンパク質間の弱い相互作用に適用でき、さらに従来のものに比べ、非特異的結合が少ないことが特徴です。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
色々ありますが、研究の過程で5種類のα-ケトアミド分子の“水中での”光分解速度に違いがあることがわかり、分解物を決定したいと考えたのですが、これが大変でした。光分解後の溶液はうんざりするくらい複雑で、分解物の水溶性も高く、その単離・構造決定は困難を極めました。最終的に同定に至ったのは数種類にとどまりましたが、分解物の予想もしなかった構造に出会った時は興奮しました。中でも、シクロプロパノール形成は衝撃的でした(この反応は三瓶悠君の助けを借りて別報(Tetrahedron Letters, 2015, 56, 5991.)として報告しました)。以前にシクロプロパンを扱っていたので、NMRを見てすぐに勘付いたものの、t-Bu基がシクロプロパノールの一部に変換された構造をにわかに信じられず、何度も疑いました。この経験によって、僕はすっかり光反応に魅せられてしまいました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究を開始した当時D2の僕は、生物活性分子の合成経験しかなく、どの実験をするにも教科書や技術サポートが必要な状況でした。生化学実験は、袖岡研のケミカルバイオロジーグループの方々から手解きを受け、助けて頂きました。最も苦労したのは、標識後のタンパク質を検出するプロトコルの構築です。アフィニティカラム精製や糖鎖検出キットを利用した評価法も試みたものの、最終的に今回報告した方法を採用しました。しかし、既存のプロトコルでは、標識後のタンパク質を検出できず、共存する糖誘導体の影響、クリック反応の条件、タンパク質沈殿操作など細かく精査していきました。最終的に論文の泳動像を得るまでに一年近く費やしたと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
今後はものづくりを基軸に据えながらも、ケミカルバイオロジーや有機光化学のエッセンスを取り入れて研究を進めて行きたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
「自分で設計・合成した分子を、自分で評価する。」
これは研究室配属当時からの僕の憧れでした。実際に研究を進めると苦労ばかりでしたが、本研究を通して異分野の研究の進め方や考え方に触れ、有機合成化学を異なる視点から捉え直すことが出来たのは貴重な経験になりました。分子の面倒を見るつもりが、自分の方が分子に育てられていたような気がします。
手探りの状態で研究を進める中、ようやく今回の発表に至ったのは、現九州大学教授である平井さんとの毎日のディスカッション、袖岡研の皆様のアドバイスの賜物です。また、共同実験者の方々の御協力がなければ、この研究は完成しませんでした。合成とバイオ実験の両方に携る機会をくださった袖岡幹子先生、博士課程研究を理研で実施することを快諾してくださった西山繁先生、戸嶋一敦先生には本当に感謝しています。皆様方にこの場をお借りして感謝申し上げます。
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研究者の略歴
名前:太田英介(おおたえいすけ)
所属:Princeton University, Department of Chemistry, JSPS Overseas Research Fellow (The Knowles Group)
現在の研究テーマ:プロトン共役電子移動を利用した有機合成反応の開発
略歴:2010年3月慶應義塾大学理工学部化学科卒業、同年4月同大学理工学研究科へ進学。2012年4月−2014年3月理化学研究所ジュニアリサーチアソシエイト、2014年4月- 2016年3月日本学術振興会特別研究員(DC2)。2016年3月博士(理学)取得。2016年4月- 2017年3月理化学研究所特別研究員。2017年4月より現職