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化学者のつぶやき

静電相互作用を駆動力とする典型元素触媒

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2017年、南洋工科大学・金城 玲らは、ジアザジボリニンを触媒前駆体として用いるカルボニル化合物の触媒的ヒドロホウ素化反応を達成した。系中生成する化学種が基質と静電相互作用することで反応を加速させるという、ユニークな触媒機構を示す。

“Electrostatic Catalyst Generated from Diazadiborinine for Carbonyl Reduction”
Wu, D.; Wang, R.; Li, Y.; Ganguly, R.; Hirao, H.*; Kinjo, R.* Chem 2017, 3, 134-151. doi:10.1016/j.chempr.2017.06.001

先行研究との比較

非共有結合性相互作用が反応促進の鍵となる事例は幅広く見られる。しかしながら水素結合以外を基盤とするもの、とりわけ静電相互作用によって反応を促進させる人工触媒系の設計・創製はいまだ困難な課題である[1]。
一方、カルボニルの還元触媒、特にヒドロホウ素化反応は数多くの触媒法が知られている[2]が、構造明確な典型元素触媒を用い、かつメタルフリーでの実施例報告は限定的である。どのような典型元素触媒種を使ったとしても、典型元素ヒドリド([E]-H)経由のσ結合メタセシスで進行する触媒サイクルとして統一的に理解できる。これ以外の触媒機構は現在のところ報告がない。

技術や手法のキモ

金城らは近年、含ホウ素/窒素芳香環であるジアザジボリニンの合成・構造決定・反応性調査[3]を行ない、二つのホウ素原子が協働的に不飽和結合を活性化できることを示している。たとえば下記化合物の場合、片方のBは求電子的、もう片方のBは求核的に働く。しかしながら、このような6員B,N-ヘテロ芳香環を触媒として用いた前例は知られていない。


彼らはこの化合物をヒドロホウ素化触媒として用いることで、上記機構とまったく異なる触媒サイクルで反応が促進されることを見いだした。

主張の有効性検証

①条件の最適化

アセトフェノンのピナコールボラン(HBpin)還元反応を用いて検討を進めた。無触媒では反応しないが、触媒量のジアザジボリニン1を共存させることで、定量的に反応が進行する。長時間を要するものの、触媒量は1 mol%にまで低減可能。アセトニトリル溶媒を用いると反応が加速される。(EtO)3SiHを用いるヒドロシリル化は進行しない。最終的に下記を最適条件として同定している。


②基質一般性

詳細は割愛するが、アルデヒド、ケトンともに適用可能。1,2-/1,4-還元が競合する基質では1,2-が優先する。ベンゾキノンはヒドロキノンに還元される。カルボニル化合物の代わりにCO2を基質として用いると、アニリンの還元的N-ホルミル化が行える。

③反応機構解析

本論文のハイライトである。一般的に考える触媒機構の可能性を否定し、なおかつ計算的なサポートを与える事で、ジアザジボリニン1が触媒前駆体として働くこと、静電相互作用型触媒機構である事をクレームしている。

A)対照実験

ジアザジボリニン1はHBpinと反応しない。一方でアセトフェノンとは反応して単離可能な複合体2を定量的に与える(式a)。2はHBpinと反応性を持たず、この逆反応は70℃まで昇温しても進行しない。にもかかわらず、2が室温下にヒドロホウ素化の促進剤となる(式b)。同様に4-メトキシアセトフェノンのHBpin還元を2共存下に行なうと反応は進行する。この際にはアセトフェノンの還元体や、2のメトキシフェニル置換版は生成してこない(式c)。

このことから、2からのアセトフェノンの解離は触媒機構に絡んでいないこと、2そのものが真の触媒活性種として振る舞っていることが示唆される。

B) 速度論解析

NMRチューブ中でジイソプロピルケトンのHBpin還元反応をモニタリングすると、kobs = k’[1]1[HBpin]1[ketone]1という速度式が得られる。触媒1分子が反応促進に関わっていることが示唆される。

C) Eyring Plot

35-65℃の範囲で速度定数の変化を測定し計算すると、H = 8.6 ± 1.0 kcal mol-1, S= 50.7 ± 3.1 e.u.、G(298) = 23.7 ± 1.9 kcal mol-1と算出される。大きな負値Sから、多分子反応過程が示唆される。

D) 速度論的同位体効果(KIE)の測定

ジイソプロピルケトン + DBpinの反応をジアザジボリニン1(3 mol%)共存下に行なうと、KIE(H/D)=3.65と算出される。また18Oラベル化したジイソプロピルケトンを用いた反応では、KIE(16O/18O)=1.83と求められる。これらを相乗させるとKIE(16O, H/18O, D)=5.97と求められる。このことからHBpin B-Hの結合形成/解離とカルボニルC=Oの結合形成/解離がともに律速段階に関わることが示唆される。

E) DFT計算

アセトフェノン、HBpin、複合体触媒2を用いる反応経路の計算を行なうと、2の形状はそのままに、電気的陽性な水素原子がHBpinヒドリドと静電相互作用し、H-B結合へのC=O結合挿入をアシストしている遷移状態が得られた。これはKIEの結果とも合致する。9-BBNで計算しても同じ結果となる。

図は論文より引用

F) 類似構造の触媒能比較

可逆的エチレン放出からジアザジボリニン1を系中生成できる化合物A[3b]を1の代わりに用いても、2を生成せず、A自体が触媒能を発揮する。反応時間が10hと長いことから、極性相互作用が減弱されている結果と考察される(計算からも支持)。解離しないC-B結合をもつ化合物Bや、類似のB2C2N2環を持つ化合物Cでも反応は進行する。また不活性触媒の傾向より、ルイス酸活性化・ルイスペア活性化・π酸性活性化などの機構では無いことも示唆される。

議論すべき点

  • 触媒開発の歴史的趨勢として、まずは取り組みやすい強力な結合(ブレンステッド/ルイス酸―塩基、イオン対、水素結合)で知見を貯め、弱い相互作用を活用する精緻な制御法にだんだんと先端事例が移行してきている。このトレンド下にあって、一つ一つは大変弱い静電相互作用であっても、精密定置多点認識によって反応活性化にも活用出来る可能性を示した例といえる。
  • ホウ素-ビスカルベン錯体が求核性を持ちうる事実は、金城氏が博士研究員時代に見いだした知見である[4]。

次に読むべき論文は?

  • 水素結合以外の非共有結合性相互作用に関する理解を深めることで、新しい触媒設計指針が見えてくるかも知れない[1]。アニオン―π相互作用触媒[5]、カルコゲン結合触媒[1b]、ハロゲン結合触媒[6]などは、最近勃興しつつあるトレンドとして興味深い。

参考文献

  1. (a) Zhao, Y.; Cotelle, Y.; Sakai, N.; Matile, S. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 4270. DOI: 10.1021/jacs.5b13006 (b) Breugst, M.; von der Heiden, D.; Schmauck, J. Synthesis 2017, 49, 3224. DOI: 10.1055/s-0036-1588838
  2. Chong, C. C.; Kinjo, R. ACS Catal. 2015, 5, 3238. DOI: 10.1021/acscatal.5b00428
  3. (a) Wu, D.; Kong, L.; Li, Y.; Ganguly, R.; Kinjo, R. Nat. Commun. 2015, 6, 7340. doi:10.1038/ncomms8340 (b) Wu, D.; Ganguly, R.; Li, Y.; Hoo, S. N.; Hirao, H.; Kinjo, R. Chem. Sci. 2015, 6, 7150. doi: 10.1039/C5SC03174E (c) Wang, B.; Li, Y.; Ganguly, R.; Hirao, H.; Kinjo, R. Nat. Commun. 2016, 7, 11871. doi:10.1038/ncomms11871
  4. (a) Kinjo, R.; Donnadieu, B.; Celik, M. A.; Frenking, G.; Bertrand, G. Science 2011, 333, 610. DOI: 10.1126/science.1207573 (b) 「このホウ素、まるで窒素~酸を塩基に変える~」(Chem-Station)
  5. (a) Zhao, Y.; Beuchat, C.; Domoto, Y.; Gajewy, J.; Wilson, A.; Mareda, J.; Sakai, N.; Matile, S. J. Am. Chem. Soc. 2014, 136, 2101. DOI: 10.1021/ja412290r (b) review: Giese, M.; Albrecht, M.; Rissanen, K. Chem. Rev. 2015, 115, 8867. DOI: 10.1021/acs.chemrev.5b00156 (c) Neel, A. J.; Hilton, M. J.; Sigman, M. S.; Toste, F. D. Nature 2017, 543, 637. doi:10.1038/nature21701
  6. review: (a) 松崎 浩平、有機合成化学協会誌 2014, 72, 1043. doi:10.5059/yukigoseikyokaishi.72.1043 (b) Cavallo, G.; Metrangolo, P.; Milani, R.; Pilati, Y.; Priimagi, A.; Resnati, G.; Terraneo, G. Chem. Rev. 2016, 116, 2478. DOI: 10.1021/acs.chemrev.5b00484
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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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