[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

タンパクの骨格を改変する、新たなスプライシング機構の発見

[スポンサーリンク]

DNAを設計図とするタンパクは、すべてα-アミノ酸からできています。ところがチューリッヒ工科大学のJörn Piel教授らは、タンパクの骨格にβ-アミノ酸を生じる天然のスプライシング機構を発見し、Science誌に発表しました。

“Natural noncanonical protein splicing yields products with diverse β-amino acid residues”

Morinaka B. I.; Lakis, E.; Verest, M.; Helf, M. J.; Scalvenzi, T.; Vagstad, A. L.; Sims, J.; Sunagawa, S.; Gugger, M.; Piel, J. Science 2018, 359, 779. DOI: 10.1126/science.aao0157

1. タンパクを構成するのはα-アミノ酸

図1. (a) 一般的なタンパク生合成の流れ。(b) リボソームでの翻訳。(c) α-アミノ酸の化学構造。

高校生物の教科書にもあるように、タンパクは一般的にDNAからmRNAへの転写mRNAからタンパクへの翻訳という過程を経てつくられます(図1a)。リボソームでの翻訳に使われる天然のアミノ酸は全てα型で、タンパクの骨格は-NH-CR-CO-という基本単位の繰り返しによってできています(図1b, c)。ところが今回、チューリッヒ工科大学のJörn Piel教授らは、天然のバクテリア細胞に、βアミノ酸(図2)を含むタンパクをつくる機構があることを発見しました。

図2. アミノ酸の化学構造。アミノ基の位置によってα-, β-型などに分類される。

2. 発見の経緯

Piel教授らは、海の生き物が持つ様々な生理活性化合物の研究をしています(ケムステ過去記事:ポリセオナミド:海綿由来の天然物の生合成)。彼らは、複雑な構造を持つ天然化合物が、生体内でどのようにして合成されるかを解明し、その合成機構を薬の合成などに応用することを目指しています。

その過程で彼らは、様々なバクテリアに存在し、タンパクの翻訳後修飾を行う酵素群を発見しました。これらの酵素は、特定のN末端構造(ニトリルヒドラターゼ様構造またはNif11様構造)を持つ先駆体タンパクに対して翻訳後修飾を行います。この酵素群についてゲノム解析を行っていると、ある機能不明の酵素の遺伝子が、先駆体タンパクの遺伝子と共局在していることが分かりました。遺伝子が共に存在しているということは、この酵素と先駆体タンパクが、機能的に関連している可能性が高いです。そこで彼らは、シアノバクテリア(Pleurocapsa sp. PCC 7319)の遺伝子をモデルに、この酵素の機能を調べることにしました。

3. 酵素PlpX・PlpYは先駆体タンパクの一部を切り取る

彼らが着目したシアノバクテリアの遺伝子には、先駆体タンパクA3, A2と、機能不明の酵素plpXが含まれています(図3a)。さらに、plpXの下流にはもう一つ、機能不明の遺伝子plpYも存在します。彼らは、これらの遺伝子を大腸菌に導入し、どのような翻訳後修飾が起こるかを調べました(図3b)。

図3.  (a) Pleurocapsa sp. PCC7319のplp遺伝子座。 (b) 大腸菌に導入した遺伝子。

どのような翻訳後修飾が起こっているかは、質量分析によって調べることができます。未知の酵素PlpX・PlpYと共に発現した先駆体タンパクA2, A3の質量を調べると、図4のような結果が得られました。酵素なしの場合や、酵素PlpXのみを発現した場合には、先駆体タンパクの質量に変化は生じていません。しかし、酵素PlpXとPlpYを同時に発現した場合には、m/z = 67.53 だけ小さい質量ピークが検出されています。これは、図4bのように、チロシンの一部(チラミン;Tyn)が切り取られたことと一致しています(z = 2)。タンデム質量分析やNMRからも、この考えに一致するデータが得られました。つまり、酵素PlpXとPlpYは、先駆体タンパクA2, A3の一部を切り取り、骨格に-NH-CR-CO-CO-(α-ケト-β-アミノアミド)の構造をもつタンパクを作り出す働きをしているのです。

図4. (a) 質量分析(LC-MS)の結果。スペクトルは論文より。(b) PlpXYによる翻訳後修飾機構。

4. ターゲットは”XYG”配列

では、どんな配列がPlpXYのターゲットとなるのでしょうか?ゲノム解析からは、先駆体タンパクが”チロシン-グリシン(YG)”という配列を持っていることが分かりました。そこで彼らは、先駆体タンパクA3の配列に様々な変異を入れ、Tynの切り取りが起こるかどうかを調べました。図5は、A3の様々な変異体と、翻訳後修飾の有無を示しています。チロシンの前のアミノ酸をG, A, V, L, S, P, Qなどに置換しても、翻訳後修飾がきちんと起こっています。また、切断部位”MYG”の前後にアミノ酸の挿入や欠失、置換があっても問題ないようです。

図5. 先駆体タンパクA3の変異体のアミノ酸配列と、翻訳後修飾の有無。野生型は(a)においてX = M。

5. おわりに

今回の翻訳後修飾機構を利用すれば、タンパクの骨格構造を変えたり、目的の位置に反応性部位を導入したりすることができます。実際、論文の最後には、α-ケトアミドをメトキシアミンと反応させてオキシムに変えたり、チオセミカルバジドを持つ蛍光分子で標識できることなどが示されています(図6)。また、α-ケトアミド構造は、プロテアーゼ阻害剤などの薬剤分子にも見られる構造なので、薬剤合成などにも応用されることが期待できます。

図6. α-ケトアミドを利用した化学反応。

参考文献

  1. Freeman, M. F.; Gurgui, C.; Helf, M. J.; Morinaka, B. I.; Uria, A. R.; Oldham, N. J.; Sahl, H.-G.; Matsunaga, S.; Piel, J. Science 2012, 338, 387. DOI: 10.1126/science.1226121
  2. Czekster, C. M.; Robertson, W. E.; Walker, A. S.; Söll, D.; Schepartz, A. J. Am. Chem. Soc. 2016 138, 5194. DOI: 10.1021/jacs.6b01023

関連リンク

関連書籍

[amazonjs asin=”489706418X” locale=”JP” title=”タンパク質の翻訳後修飾解析プロトコール―リン酸化、糖鎖修飾、ユビキチン化、アセチル化、メチル化、脂質修飾の解析方法を網羅! (注目のバイオ実験シリーズ)”] [amazonjs asin=”4944157517″ locale=”JP” title=”最新ペプチド合成技術とその創薬研究への応用 (遺伝子医学MOOK 21)”]
Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. 続セルロースナノファイバーの真価【対面講座】
  2. ちょっとキレイにサンプル撮影
  3. ゾル-ゲル変化を自ら繰り返すアメーバのような液体の人工合成
  4. ポリエチレンテレフタレートの常温解重合法を開発
  5. アンモニアを室温以下で分解できる触媒について
  6. 研究倫理を問う入試問題?
  7. マテリアルズ・インフォマティクスの基本とMI推進
  8. タンパク質リン酸化による液-液相分離制御のしくみを解明 -細胞内…

注目情報

ピックアップ記事

  1. ボールドウィン則 Baldwin’s Rule
  2. 採用が広がるユーグレナのバイオディーゼル燃料、ユーグレナバイオジェット燃料も完成
  3. ポンコツ博士の海外奮闘録XVII~博士,おうちを去る~
  4. Chemistry Reference Resolverをさらに便利に!
  5. トリス(2,4-ペンタンジオナト)鉄(III):Tris(2,4-pentanedionato)iron(III)
  6. ハメット則
  7. ビタミンB12 /vitamin B12
  8. 化学五輪、「金」の高3連続出場 7月に東京開催
  9. 水素社会実現に向けた連続フロー合成法を新開発
  10. 第83回―「新たな電池材料のモデリングと固体化学」Saiful Islam教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー