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有機反応を俯瞰する ーヘテロ環合成: C—X 結合で切る

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今回は、Paal-Knorr ピロール合成のような、カルボニル化合物を用いた縮合反応によるヘテロ環合成を俯瞰します。そして、ヘテロ環の合成戦略を立てる際には、まず炭素—ヘテロ原子結合を切断し、それをカルボニル基とヘテロ原子源に対応させればよいことをお話します。

前置き

これまで、電子の動きを表す巻矢印の読み方の解説を中心に、多くの人名反応を紹介してきた「有機反応を俯瞰する」シリーズですが、今回の記事では特定の構造 (ヘテロ環化合物) を合成するためにどのような戦略を立てるかという視点でたくさんの反応を眺めます。そのため、本記事では個々の段階の反応機構を詳しく解説することはしません。そして反応機構を深く考えることは骨折り損である場合すらあるでしょう。目的生成物である芳香族化合物は熱力学的に安定なのです。ウォーレン有機化学の言葉を借りれば、「(ヘテロ環合成は) ときにはいくつかの原料を, だいたい正しい原子数だけただ混ぜて, あとは熱力学にまかせればよいように見える」ということです[1]

しかし、有機化学を学んでいる最中の学生にとっては、反応機構を書き下してみないとその反応を理解した気になれないのです (私の性格かもしれませんが)。そういったことを考慮して、記事の最後には反応機構もまとめてみました。

それでは、ここからおよそ 3000 字で 7 種のヘテロ環化合物の合成法を俯瞰していきます。

ピロールを 2 重のエナミンと見る

はじめに、ピロールを合成する方法について考えます。ヘテロ環合成の方法について学んだことがない状態であれば、「ピロール = 芳香族ヘテロ環化合物」のように、それ自体を 1 つの骨格として認識しているのではないでしょうか。もちろんその認識は正しいです。しかし、ここではピロールの合成法を考えるために少し頭を柔軟にして、ピロール環に潜んだ官能基を探します。そうすると、下の図のようにエナミンを見つけることができます。エナミンといえば、カルボニル化合物とアミンの反応によって構築できる官能基です。

ピロールは 2 重のエナミン (太い矢印は,逆合成を表します)

そこで、「今、エナミン形成を経てピロール環が完成した!」と仮定しましょう。このとき、その反応の出発物質は、エナミンから太い矢印 (逆合成の矢印) でつないだ鎖状化合物になりそうです。が、これ自体もエナミン部位を含むことに気づきます。このエナミンもアミンとカルボニル化合物の縮合反応により構築できるはずです。ということは、ピロールを合成する手法として、下の図のように 1,4-ジカルボニル化合物に対してアミンを混ぜるというアイデアが浮かびます。すなわち、単一工程で 2 回の縮合反応を進行させ、ピロール環を合成するのです。実際に、これは Paal-Knorr ピロール合成として知られており、うまくいきます。

厳密にはイミンを経由しているはず

ただし上の反応スキームについて、「厳密に考えると一度目の縮合における生成物はイミンではないか?」と突っ込む人もいるかもしれません。というのも、単純な第一級アミンとカルボニル化合物の縮合では、イミンが形成されると考えるのが一般的だからです。これは学部レベルの教科書にも書いてある事実です。なので、1 度目の縮合の生成物をエナミンにしておくことは気が引けます。

では「実際にはイミンの窒素による求核攻撃で 2 回目の縮合反応が起こっているのか?」と聞かれれば、「イミンの窒素よりはエナミンの窒素の方が求核性は高いだろう」と返答することはできます。というのも、イミン窒素の孤立電子対は、sp2 混成軌道に収容されているのに対して、エナミン窒素の孤立電子対は C—C 二重結合の π 軌道と共役できるように p 軌道に収容されると考えられます。このとき、s 軌道の性質が混ざった sp2 混成軌道のイミン窒素の孤立電子対は、より原子核に引き寄せられており、比較的求核性が低いです。したがって、2 回目の縮合を起こすのはイミンではなく、より求核的な互変異性体であるエナミンだと考える方が妥当であるとは思います。というわけで下の反応スキームのように、一度イミンが形成されたのちに互変異性化を経て、エナミンからピロールが形成されるというふうに書きかえておきます。

Paal-Knorr 型合成はチオフェンとフランにも適用可能

今回の記事では反応機構の詳細は説明しないと言っておきながら、前の段落に 500 文字も使ってしまいました。しかし、この脱線話のおかげで、フランとチオフェンの合成法を紹介することができます。まずはフランの合成からお話します。フランの合成においても、ピロール合成と同様に、「縮合反応によりエノール部位を形成しつつ閉環し、フラン環が完成した!」と仮定しましょう。そうすると、2 つ目のエノール部位とカルボニル基をもつ前駆体が浮かび上がります。この前駆体は 1,4-ジケトンの 2 つのカルボニル基のうち、一方のカルボニル基がエノール化したものです。

というわけで、実は 1,4-ジケトンに酸触媒を作用させるだけで、下のスキームのように 1 回の縮合反応を経てフランが形成されます (下スキーム, 上段)。一方、チオフェンにこの作戦を適用すると、チオカルボニル化合物が前駆体として考えられます。このようなチオカルボニル化合物は、Lawesson 試薬などの硫黄化剤を1,4-ジカルボニル化合物に作用させることで得られます。が、実際にはそのチオカルボニル化合物は単離されずに、一気にチオフェンに変換されます (下スキーム, 中段)。これらの反応は、それぞれ Paal-Knorr フラン合成および Paal-Knorr チオフェン合成と呼ばれます。ピロール合成と並べて書くと、この Paal-Knorr 型ヘテロ環合成の類似性がよくわかります。

C—X 結合を切断し、カルボニル基とヘテロ原子源に対応させよ

この Paar-Knorr 型のヘテロ環合成をベースに、様々なヘテロ環合成を紹介していきます。そのために、その反応の全体像をもう一度分析します。反応機構はすっとばして出発物と生成物の構造だけに着目すると、目的物の芳香族ヘテロ環の炭素—ヘテロ原子結合が切断されています (下図の左の点線)。そして、切断後の断片として、カルボニル化合物とヘテロ原子源に対応させています。下の逆合成の図は、次のように詠みます。

「ヘテロ環合成の逆合成では炭素—ヘテロ原子結合を切断し、

その断片をカルボニル基とヘテロ原子源に対応させよ」

もっと手短にいうと、「C—X 結合を切れ」です。

ヘテロ原子を 2 つ含むヘテロ環の合成にも適用できる

先ほど紹介した戦略を、ヘテロ原子を 2 つ以上含む芳香族化合物にも適用します。例えば隣接した 2 つの窒素原子をもつ芳香族化合物であるピラゾールを窒素の両端で切断すると、ヒドラジンと 1,3-ジケトンに分解できます。同様に考えると、イソオキサゾールはヒドロキシルアミンと 1,3-ジケトンに切断できます 。実際にそれらの原料から、対応するヘテロ環化合物を合成できます (現実的には、イソオキサゾールの合成では、どちらのヘテロ原子がどちらのカルボニル基を攻撃するかという、位置選択性の問題が生じます)。そして、頭を柔らかくするとヘテロ原子が隣接していないヘテロ環であっても、逆合成した際の断片に対応する化合物さえあれば、この手法を応用できることに気づきます。例えば、ピリミジン環を下の図のように 3 つの連続した炭素鎖と N–C=N という分子断片に分解してみます。それらの断片は 1,3-ジケトンとアミジンに対応させることができます。実際に、それらを出発物質に用いてピリミジンを合成可能です (Pinner ピリミジン合成)。

ピリジンの合成にはひと工夫必要

この調子で、ピリジンに Paal-Knorr 型の切断を試してみます。アンモニアと 1,5-ジケトンに分解できそうです。ん、本当にできますか?シンプルに 2 回のエナミン形成反応が進行したとすると、窒素の向かい側の炭素が sp3 炭素のままとなるため、共役系が繋がらず芳香族系は完成しません。冷静に考えると当たり前です。ピリジン環内には 3 つの二重結合が存在しますが、脱水縮合が 2 回起こっただけでは 2 つしか二重結合を導入できないのです。

これを打開するためのアイデアとして、「1,5-ジケトンの直鎖中に二重結合を仕込んでおいてはどうか」というアイデアが考えられます。

しかし、この方法では二重結合の幾何異性の制御の問題が存在します。というのも、もし1,5-ジケトン中の二重結合がトランス (E) であれば、分子内環化が不可能になります。その理由は、トランス体の場合、エナミン窒素がもう一方のカルボニル基に届かないからです。言い換えると 1,5-ジケトンの二重結合がシス (Z) でなければなりません。しかし、トランスと比べて立体的な混み合いが大きいシスの二重結合を構築することは、少し厄介です。このような出発物の作りにくさの問題もあるため、1,5-ジケトンに前もって二重結合を導入しておくことは、得策とは言えません。

このような問題をふまえて、二重結合を持たない柔軟な 1,5-ジケトンを利用して先に環化し、あとで二重結合を作るという作戦をとります。具体的には、二重結合を構築する手法として 2 通り考えられます。1 つ目は、脱離基を仕込んでおくことです。たとえば、アンモニアではなくヒドロキシルアミンを窒素源に使う方法があります。こうすることで、脱水反応によって追加の二重結合を形成することができ、芳香族系が完成するのです。ピリジンの芳香族系を完成させるための 2 つ目の解決法は、アンモニアと 1,5-ジケトンの反応により生じたジヒドロピリジンに適切な酸化剤を作用させることです。むしろ、ある種のジヒドロピリジンはピリジン合成の目的ではなく、還元剤として利用されるほどです。その駆動力は安定な芳香族化合物になることができることです。反応機構の観点から補足すると、窒素原子が孤立電子対を押し出して、水素をヒドリドとして放出することを手助けしています。

ただし、上のピリジン合成例そのものは、特別に名前がついた反応ではありません。ピリジン合成の人名反応には、さらにひと工夫施されています。それらの人名反応については次回の記事で紹介しますが、とにかく、ピリジンであっても窒素原子の両隣で切断する作戦を利用することは予告しておきます。

 

次回予告

今回、ピリジン合成に関する人名反応を紹介できませんでした。また、ピロールやチオフェンについても、今回紹介した反応以外にたくさんの合成法があります。それらの多様な合成戦略を俯瞰するためには、炭素—炭素結合を切断するための戦略を学ばなければなりません。これについて書き始めると、長くなってしまったので、次回に続きます。

終わりに

以下に、今回紹介した反応やそれを派生させた反応について、逆合成の考え方、反応式、および反応機構をまとめます。反応機構については、できるかぎり文献を調べて、できるかぎり合理的な反応機構を書くように努めました。しかし、反応の順序などの細かい部分が間違っていることはあると思います。今回紹介する反応機構には多数の素反応が含まれます。特に次回の記事では、多成分縮合を用いたヘテロ環合成も紹介します。それらの反応において、各成分がどんな順に反応しているか、あるいはいつ脱水が起こるかを明示することは勇気がいります。教科書などでは、紙面のスペースの問題なのか、無責任な反応機構は書けないという背景があるのか、これらの反応機構は省略されがちです 。もちろん、実験室で反応の条件を検討する際や位置選択性の問題が生じる場合には、反応機構を考えることは重要になります。しかしたいていの人にとっては、いつどれが反応するかといった部分は気にも留めないようです。下に考えられる反応機構をまとめていますが、本当にその順序で行ってるの? と聞かれると痛いところではあります。あくまでも参考程度に眺めていただきたいと思います。

逆合成の考え方 反応式
反応機構
Paal-Knorr ピロール合成
Paal-Knorr フラン合成
Paal-Knorr チオフェン合成
Piloty-Robinson ピロール合成
Knorr ピラゾール合成 (外部リンクはこちら)
イソオキサゾールの合成
Pinner ピリミジン合成

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本連載の過去記事はこちら

参考文献

  1. Clayden, J.; Greeves, N.; Warren, S.; Wothers, P. 第44章 芳香族ヘテロ環化合物 II: 合成「ウォーレン有機化学 (下)」,  野依良治, 奥山格, 柴﨑正勝, 檜山爲次郎訳, 東京化学同人, 2003, pp 1225–1262.
  2. Paal-Knorr ピロール合成, Knorr ピラゾール合成, Pinner ピリミジン合成の反応機構を調査するために, それらの反応混合物を 13C NMR で追跡した研究: Katritzsky, A. R.; Ostercamp, D. L.; Yousaf, T. I. Tetrahedron198743, 5171–5186. DOI: 10.1016/S0040-4020(01)87693-6

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PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

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