今回は、Knorr ピロール合成、Kröhnke ピリジン合成、あるいは Hantzsch ジヒドロピリジン合成のように炭素—炭素結合の構築を含むヘテロ環合成を俯瞰します。ヘテロ環合成によく利用される反応剤の種類についてお話し、ヘテロ環合成に見られる共通の指針を紹介します。
C—C 結合の切断にはマイナス性の C とプラス性の C が必要
前回、ヘテロ環合成の逆合成においては、まず炭素—ヘテロ原子結合を切断し、その断片をカルボニル基とヘテロ原子源に対応させればよいことをお話ししました。この単純な作戦で、6 種のヘテロ環の合成法を紹介できました。さらに多様な合成方法を俯瞰するためには、炭素—炭素結合を切断するための戦略を学ばなければなりません。その準備運動として、前回記事の C—X 結合切断の手法を丁寧に分析してみます。
前回からの繰り返しになりますが Paal-Knorr 型の合成では、C—X 結合をカルボニル基とヘテロ原子源に切断していました。これらの反応剤を反応機構上の性質で分類すると、カルボニル基は求電子剤で、ヘテロ原子は孤立電子対を持つ求核剤です。もっとざっくりいうと、カルボニル基の炭素がプラス性で、ヘテロ原子はマイナス性です。
この馬鹿丁寧な分析から導き出される結論は、CーC 結合を切断した後には、マイナス性の炭素成分とプラス性の炭素成分が必要になるということです。ちなみに、逆合成の言葉では「実際の反応剤ではないが、その反応剤の性質から関連づけられる分子の構造単位」のことをシントン (synthon) と言います。
α-ハロカルボニル化合物とα,β-不飽和カルボニル化合物は 2 つの求電子部位を持つ
先に、ヘテロ環合成においてよく利用されるプラス性の炭素化学種を 2 種紹介します。Paal-Knorr 型の合成のように、プラス性炭素をカルボニル基の炭素に対応させることは常套手段です。しかし他にも炭素求電子剤はあります。例えば ハロゲン化アルキルです。ハロゲン化アルキルが、求核剤によって SN2 反応を受けることは説明不要かと思います。特にヘテロ環合成においては、カルボニル化合物の α 位にハロゲンを持つ α-ハロカルボニル化合物が頻繁に登場します。その一番大きな理由は、カルボニル基自身も求電子剤に利用できることだと思います。すなわち、 α-ハロカルボニル化合物は下の図の中段で表すような、 2 つのプラス性炭素が隣接したシントンということになります。(実際に利用する際には、どちらの求電子部位がどの求核剤と反応するかといった位置選択性の問題が生じるので注意は必要です。)
一方、3 つの炭素からなり両端がプラス性であるシントンも存在します。それは、α,β-不飽和カルボニル化合物のような、電子求引基が結合したアルケンです。下の共鳴式が示すように、電子求引基の β 位にある炭素はプラス性を帯びており、求核剤の攻撃を受けます。もちろん、電子求引基自体も求電子性部位に利用できます。したがって、α,β-不飽和カルボニル化合物は、両端がプラス性である三炭素成分とみなせるのです。
多成分縮合において、単純なエノールやエノラートは炭素求核剤として都合が悪い
続いて、炭素の求核剤について説明します。真っ先に思いつくのは、エノールやエノラートです。というのも、酸素原子の孤立電子対と共役した二重結合は、共鳴構造式によって示される通り、α 炭素がマイナス性を帯びているからです。
しかし、現実的なことを考えると、単純なカルボニル化合物のエノールやエノラートを使うことは都合が悪いです。なぜなら、先ほどお話したように、ヘテロ環合成ではすでにカルボニル化合物をプラス性の炭素成分に利用しているからです。例えば強塩基を使って無理やりエノラートを発生させようにも、どれがエノラートになるの?という選択性の問題にぶち当たります (こちらの記事も参照: 炭素をつなげる王道反応: アルドール反応 (2))。
どっちがエノラートになるの?
β-ケトエステルはプラス性の炭素とマイナス性の炭素が隣接したシントン
ヘテロ環合成においては、上記の問題を解決するため、1,3-ジカルボニル化合物を使います。1,3-ジカルボニル化合物は、ケト-エノール互変異性によって、そこそこの割合でエノール体として存在することがあります。その理由は、エノール体の炭素—炭素二重結合が、2 つ目のカルボニル基と共役して安定化できるからです。さらに、6 員環構造を取れば分子内水素結合を形成してもっと安定化できるのです。
一方、塩基性条件において発生するエノラートも、利用しやすくなっています。なぜなら負電荷が 2 つのカルボニル酸素上に非局在化できるため、単純なエノラートよりも安定だからです。したがって、2 つのカルボニル基に挟まれたメチレンの水素は、弱い塩基でも脱プロトン化されます。つまり、求電子剤に使いたい方のカルボニル化合物と求核剤に使いたい方のカルボニル化合物とを、塩基が区別できるようになります。
特にヘテロ環合成においては 1,3-ジカルボニル化合物として β-ケトエステルが利用されます。その利点は、カルボニル基が求電子部位として利用されるときに明らかになります。つまり、ケトン部位とエステル部位ではケトン部位の方が求電子性が高いため、選択的にケトン部位での縮合反応が起こります。この選択性が現れる理由は、アルコキシ基がカルボニル基上に結合したエステルでは酸素原子の孤立電子対がカルボニル基上に非局在化できるため、そのカルボニル基の求電子性がケトンのそれと比べて低下しているからです。以上のことから、 β-ケトエステルはプラス性の炭素とマイナス性の炭素が隣接したシントンに対応します。
ヘテロ環合成を俯瞰する
ここまでの話を踏まえて、ここからおよそ 2000 字で 7 つの人名反応を俯瞰します。基本的な考え方は、まず C—X 結合を切断し、続いてお好みの位置で C—C 結合を切断することです。次に、その際に得られた仮想的な分子断片 (シントン) を実際の反応剤に対応させます。下の図は、逆合成の一例です。このとき C—C 結合切断をどこで行うかや、反応剤に何を使用するかによって様々な合成方法があります。反応機構はぶっ飛ばして、ヘテロ環をどんなふうに組み立てるかを中心に俯瞰してゆきましょう。
まずは Knorr ピロール合成から紹介します。この反応の逆合成解析では、ピロールの窒素の片側だけを切断し、炭素鎖は C3-C4 で切断しています。このとき、マイナス性炭素とプラス性炭素が隣接した 2 炭素成分は、上述したようにβ-ケトエステルに対応させることができます。もう一方の成分については、マイナス性の窒素はそのままアミンに対応させ、プラス性の炭素はカルボニル基に対応させることができます。
一方、Hantzsch ピロール合成の場合は、窒素の両隣を切断し、窒素原子源としてアミンを使用します。2 つの求電子性炭素が隣接したシントンとして α-ハロカルボニル化合物を使用しています。マイナス性炭素とプラス性炭素が隣接した 2 炭素成分については、Knorr ピロール合成と同様に、β-ケトエステルです。対照的に、この反応の炭素成分はそのままで、アミンに第三級アミンを使用するとフランが得られます (Feist-Bénary フラン合成)。どういうことかというと、第三級アミンは単に塩基として作用するのです。フランの酸素原子の由来は、前回記事で紹介した Paal-Knorr フラン合成のときと同様に、カルボニル酸素です。(ただしこの Feist-Bénary フラン合成においては、α-ハロエステルへの攻撃に対する位置選択性の問題が存在します。生成物中での R1 と R2 の位置が必ずしも下の反応式のようになるとは限らないので、注意が必要です。)
炭素求核剤に利用されるのは 1,3-ジカルボニル化合物に限りません。すなわち、エノラートの負電荷を安定させる電子求引基がメチレンの両隣に存在するような化合物、いわゆる活性メチレン化合物であれば、炭素求核剤に使えます。例えばシアノ基を有する活性メチレン化合物を利用する例として、Gewald チオフェン合成が挙げられます。この反応では、まず α-シアノエステルの活性メチレンとβ-ケトエステルのケトン部位が縮合し、続いて硫黄と結合して環化します。シアノ基を利用したことの利点は、芳香族化するときに現れます。というのも、すべての成分が結合した直後には、シアノ基は環外へ伸びたイミノ基になっています。これがイミン-エナミン互変異性を起こすことで、環内に二重結合が追加されます。結果として、アミノ基を有するチオフェンが得られます。
変わり種の活性メチレンを利用する例として、Kröhkne ピリジン合成についてもお話しします。前回記事の終盤でピリジン合成において窒素原子の両隣を切断すると 1,5-ジケトンが浮かび上がることを予告していました。この反応では、その 1,5-ジケトンを得るために α-ピリジニウムケトンを活性メチレンとして利用し、プラス性の三炭素成分である α,β-不飽和ケトンに共役付加させます。このとき正電荷を帯びたピリジニウムは、エノラートを安定化させる役割を持ちますが、もう一役買います。すなわち、生成した 1,5-ジケトンが窒素源と反応してジヒドロピリジンを形成した後で、脱離成分になるのです。その結果、晴れて芳香族系が完成できます。この Kröhkne ピリジン合成が巧妙である点は、系中で 1,5-ジケトンを合成しつつ、ピリジン合成において存在した「1,5-ジケトンに窒素源を作用させるだけでは芳香族系が完成しない」という問題を解決したことです。
あと 2 つピリジン合成を紹介して終わります。Kröhkne ピリジン合成では、1,5-ジケトンを Michael アクセプターである α,β-不飽和カルボニル化合物と 1,3-ジカルボニル化合物に分解していました。実はその α,β-不飽和カルボニル化合物について、さらに炭素—炭素二重結合部分での逆合成結合切断を施すと、1,3-ジカルボニル化合物とアルデヒドに分解できます。この合成法は、アルドール反応の 1 種である Knoevenagel 縮合と呼ばれます。
この作戦を利用してピリジン全体を逆合成すると、次の図の Hantzsch の方法のように、アルデヒド、1,3-ジカルボニル化合物×2, 窒素源の 4 成分に分解できることになります。ただし、単にこれらが縮合しただけでは、ジヒドロピリジンが形成され芳香族系が完成しません。この反応は Hantsch ジヒドロピリジン合成として知られていますが、ピリジンがそのものが欲しい場合であっても心配ご無用です。前回の記事でお話しした通り、実はこのジヒドロピリジンは容易に酸化されてピリジンを与えます。
一方、全く同様の結合切断をしながらも、ひと工夫すれば直接ピリジンを得られます。その方法は、窒素源にヒドロキシルアミンを利用することです (Knoevenagel ピリジン合成)。どういうことかというと、そのヒドロキシ基が脱離成分となって、追加の二重結合を形成することができるため、芳香族系が完成するのです。
終わりに: 芳香族への置換基導入法は、SEArやクロスカップリングだけじゃない
今回、ヘテロ環合成の人名反応を俯瞰してみて、「同じヘテロ環化合物に対して、なぜこんなにもたくさんの手法が存在するのだろうか」と思ったのは私だけでしょうか。あるいは、C—C 結合切断を含むヘテロ環合成において β-ケトエステルなどを利用すると、生成物中にエステル部位などが残ってしまうことがなんだか気にいりません (エステルなら加水分解して脱炭酸すれば、除去することはできます)。自分で疑問を投げかけておいてセルフ突っ込みをします。考え方は逆ですね。それらの手法を使えば決まった位置に特定の置換基を持つヘテロ環が合成できるから、お好みの合成法を選べってことです (当たり前か…)。
芳香族化合物に置換基を導入する方法は、芳香族求電子置換反応 (SEAr) やクロスカップリング反応だけじゃないんです。特にクロスカップリングがなければ、いろんな合成法を熟知する必要があったのだな、としみじみと感じられます。今の学生にとっては、ヘテロ環合成法よりも先にカップリング反応を知ることもあり得るわけで、私と同じような感想を持つ人もいるかもしれないと思い、こんな感想を書いてみました。
ヘテロ環合成においてたくさんの人名反応がありますが、それらをわざわざ丸暗記する必要はありません。本記事が、簡単な逆合成の考え方の理解とヘテロ環合成に見られる共通の指針を見つけるための手助けになれば幸いです。というわけで、本文中で紹介した 7 つの反応と、さらに 2 つのヘテロ環合成反応について、逆合成の考え方、反応式、および反応機構を以下にまとめます。反応機構については、前回の記事と同様にできるだけ合理的に書くように努めましたが、細かい順序などは違っていることがあるかもしれません。
逆合成 | 反応式 |
反応機構 | |
Knorr ピロール合成 | |
Hantzsch ピロール合成 | |
Feist-Benary フラン合成 | |
Gewald チオフェン合成 | |
Kröhnke ピリジン合成 | |
Hantsch ジヒドロピリジン合成 | |
Knoevenagel ピリジン合成 | |
Biginelli 反応 | |
Bohlmann-Rahtz ピリジン合成 | |
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本連載の過去記事はこちら
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- 第十回 有機反応を俯瞰する ーリンの化学 その 2 (光延型置換反応)
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参考文献
- Clayden, J.; Greeves, N.; Warren, S.; Wothers, P. 第44章 芳香族ヘテロ環化合物 II: 合成「ウォーレン有機化学 (下)」, 野依良治, 奥山格, 柴﨑正勝, 檜山爲次郎訳, 東京化学同人, 2003, pp 1225–1262.