Tshozoです。
Twitter界隈を見ていると時々イタいお歴々(本人はマジメなのでしょうが)が見つかるのですが、その中で「インフルエンザ含むワクチン接種は陰謀が」云々と主張する方々が大勢いるタイムラインに出くわしたところがあります。まぁだいたい読まないのですが、その中で前から少し気になっていた化合物「チメロサール」の名前が出てきまして、少し調べてみようと思いましたので以下書いてみます。お付き合いください。
(注記:チメロサールは殺菌剤としても使われると諸々のサイトに記載がありましたが、菌そのものを壊しに行く作用が確認できなかったため、意訳の部分を除き「抗菌剤」と記載します ご了承ください)
チメロサールとは
チメロサール(Thimerosal、またはThiomesal チオメサール、Thiromesal チロメサールとも 英語版はThiomesalと書いている文献が多かったです・本文においては”チメロサール“に統一します)は最初の販売元であるイーライリリー社がつけた商品名”Merthiolate“、又はジェネリック化した同材料を指し、一般名称は”sodium ethylmercurithiosalicylate”です。分子構造は下図のとおりでして。
チメロサール エチル水銀チオサリチル酸ナトリウムとも言う
合成自体は簡単()、チオ安息香酸に水酸化ナトリウムとエチル塩化水銀を混ぜて加熱するというのがイーライリリー社によって考えられた合成法ですが、このほかジチオジ安息香酸ナトリウムにエチル水銀をかませるルートなども知られています。歴史的にはMorris S. Kharaschにより特許で申請されたのが最初、となっています。
[文献1]より引用 求核置換反応にあたるのかな?
NaOHでできたチオラートがHgにアタックして反応する・・・はず
以前採り上げた赤チンも同様に水銀化合物ですが、赤チンは塩や有機物が溶けた溶液に不溶なのに対し、このチメロサールはアルコールも含めた極性溶媒にそれなりに溶けるもよう。この溶解性もワクチンのような水溶液系のものと相性がよかったのでしょう。
まあこれだけ見ると20世紀前半に諸々合成された水銀化合物のうちのひとつなのですが問題はそれがどういう用途で使われていたのか、という話。
なんで使われるようになったのか?の歴史
まずWikipedia英語版のThiomersalに関するソースであるエッセイ[文献2]において
“It was used to kill bacteria and prevent contamination in antiseptic ointments, creams, jellies, and sprays used by consumers and in hospitals, including nasal sprays, eye drops, contact lens solutions, immunoglobulins, and vaccines.”
“Thiomersal was used as a preservative (bactericide) so that multidose vials of vaccines could be used instead of single-dose vials, which are more expensive. By 1938, Lilly’s assistant director of research listed thiomersal as one of the five most important drugs ever developed by the company.”
大意:「軟膏、抗菌スプレー、鼻スプレー、レンズ洗浄液、ワクチンなどに抗菌剤として使われてた」
「廉価な混合ワクチンの抗菌剤にも多用され、1938年には開発元イーライリリーの重要パイプラインのひとつになった」
と書かれています。更にチメロサールがこうした抗菌剤に使われるようになった背景として
“”…as a germicide and preservative known as phenol. Yet a variety of mercury compounds were also used for the same purpose. No less an authority than Robert Koch championed the use of mercury chloride as an antiseptic, although the product’s propensity to cause tissue irritation limited its use. In the early 20th century, investigators synthesized a new class of compounds they claimed to be both more effective and less toxic, theorganomercurials.”
大意:「(塩化水銀は)フェノールに変わる強力な抗菌剤として候補に挙がっていたが副作用のため使用は制限されていた」
「この需要に対し、より効果的で毒性の低い水銀化合物が抗菌剤候補に挙がるようになった」
と。つまり副反応を抑制しつつ低い毒性と強い効果を持つ抗菌材が求められていたのがチメロサールが生まれた理由ということになります。【筆者注:水銀化合物は雑菌類が分裂する際にキーとなる硫黄のはたらきを阻害して分裂を抑制しますが、どのような抗菌スペクトルを持っているかは対象の雑菌の増殖メカニズムに依るようなのですが詳細に把握できておりません。今後ぼちぼち調べてまいります。なお銀系ナノ粒子を使い同様の抗菌作用を発揮する材料が市販されています(例:東洋製缶殿のこちら)。】。
で、チメロサールのもつ強い抗菌効果を活かす用途先のひとつに今回のトピックである「ワクチン」がありました。その理由は一度に投与できるタイプの廉価な混合ワクチンを混ぜてバイアルに入れた後も長期保存できるようにするため。生産ラインの抗菌化はおろか、1930年後半のマンハッタン計画で放射性物質を弄うようになってはじめてグローブボックス的なものとクリーンルーム的なものが出てきた、というのが当時のレベルでしたので無理からぬ話でしょう。
参考:マンハッタン計画で使われたらしいグローブボックス(リンクこちら)
というかこれ、α線はともかく他の線防げないんじゃ・・・
ということですのである程度チメロサールを使用した経緯は理解はできます(理解できるとは言ってない)。ただ当時は水銀への恐怖は実感できていなかったのでしょう。むしろ赤チンが安価で副作用が少ない外傷抗菌剤とされていたことを考えると、チメロサールもこれと同様にバランスの良い抗菌水銀化合物、という理解が進んだのだと思われます。
実際ワクチンへ効果的な抗菌剤を入れていなかった実害として、1912年~1930年にかけてアメリカで常温(!!!)で保存しといたワクチンを子供たちに打ったら敗血症っぽい酷い膿瘍が起きて4人亡くなったとか、オーストラリアでも同様にアカンようになったジフテリアワクチンを打ったらこちらも子供たちが12人も敗血症で亡くなった[文献3]ということもありましたから、ワクチンの抗菌対策というのは医療的にも喫緊の課題であったのは間違いないわけです。
当時の様子を詳しく記した記事もあるくらいに
当時は衝撃的な事件だったもよう 写真はその記事から引用[文献3]
んで筆者の不安をよそにチメロサールはワクチンへの抗菌剤として承認され広く使われ、更に抗菌効果が非常に良好であったため上記のように病院とかコンタクトレンズの抗菌、鼻スプレー(!!!)、はては農薬原体にガンガン使ったあげくCDCが勧告するまでその使用を抑制しなかったようで、結構長いこと使用が続いたのです、水俣病が起きた後も(場所によっては1970年代後半くらいまで)。というかワクチンには今も使われています。実際に日本のワクチン供給を長いこと支えている化血研が公開している成分表(2017年時点)を見てみましょうか。
引用元:[文献4]
・・・入ってますね。極微量ですけど。逆にこれだけ微量でもワクチン活性を落とさず良好な抗菌作用を示す実績があるから使用されているのでしょう。なお化血研以外にも北里第一三共、デンカ生研など主たるワクチン供給会社における諸々の製品にもチメロサールが同様に極微量含まれており、決して同社だけの話ではないことは明記しておきます(リンクこちら・ちょっと古いので今はもう少し変化があるかも)。
体内に注入することによる毒性は?
【以下公的モード】
水銀化合物を血液中にぶち込むんですから極微量でも気分の良いもんではない。ということで以前から自閉症の原因になる云々の議論はあったようで、アメリカ科学アカデミーをはじめ様々な機関が調査していました。
その結果2004年に「問題なし」と発表[文献5], [文献6]しており、「“チロメサールが自閉症を引き起こしている”という主張は裏付けが乏しい」としています。また「チメロサール自体は体内に長くは留まらず速やかに体外に排出されるらしいのでまぁ問題ねぇんじゃないっすかねぇ」と表現しています。
科学界的にもこの主張と同様の論評が多く、特に「リスクとベネフィット」の観点から、雑菌が増えて接種者が急性的に死んでしまうリスクがあるようなワクチンを打つよりも、チメロサールを入れて抗菌化したものを打つ方がずっと健康へのメリットの方が大きいという論調が多いですね。
2004年にアメリカ科学アカデミー薬剤部門から出された報告書の該当部分([文献6]抜粋)
若干話が逸れますが、こうしたワクチンを自閉症や脳疾患の原因とする活動はUK版OBKTであったウェイクフィールドという詐欺師兼元医師が陰謀説をフイチョウしたのがきっかけ(こちらのブログが詳しい)。その騒動が起きたのは1998年くらいで、その流れに押されてか同様にチメロサールに疑義が上がったのは2001年のこのレポートのようなのですが結局なんやかんやありながら上記[文献6]で「今の科学的には」否定されており、少なくとも「チメロサールが自閉症やその他脳障害などを引き起こすという仮説」に対する明確な裏付けはされていないとみるのが現在の一般的な意見であると考えられるでしょう(注:金属アレルギー等の副作用は本件では勘案しません)。なおウェイクフィールドは現在も胡散臭い活動を継続しており、そのせいでワクチン接種者が減って麻疹の感染が広がってしまっているなど、害悪の方がOBKTの比ではなくなってるもようです。
ただ極微量とは言え血液中に水銀化合物をぶち込むのは勘弁、という意見に加え、昨今の水俣条約によって水銀化合物の使用量を低減していく枠組みも出来たこともあってか代替品を使った「チメロサールフリーワクチン」というものも普及しつつあるということ。国内でもぼちぼち出てきつつありますから、妊婦さんなど気になられる方はワクチン接種前に一度先生方にお聞きしてみてもいいんじゃないでしょうか。
【以下感情的モード】
「血液中で分解しても毒性の低いエチル化水銀系化合物になって早めに分解され代謝される」というのが一般的に言われていることですが、人体の中でどういう反応が起きうるかもほとんどわかってないのによくもまぁ安全とか言えるな、というのが何回か混合ワクチンを投与されていてもう余命の方が少ない筆者の感想です。
その他色々調べてみると微量のチメロサールを添加した飲料水を与えたマウス体内(リンパ節)でエチル化水銀ではなくメチル化水銀化したチメロサール副生成物が存在していたという報告(こちら[文献7])もあります。これはチメロサール合成時から発生したものとする意見もあり判断が難しいのですが・・・だいいちマウスと人とは色々異なりますから一律にメチル化するとは言えませんけど。
[文献7]より引用 確かになんかそれっぽいのが増加して見える
(Aがチロメサール1週間適量投与後マウスのリンパ節のMS結果、Bが与えてないマウスのMS結果)
また、若干古い文献(1973年・1975年)をソースにしていますが、チメロサールを含んだワクチンを打った直後にたまたま死亡したかなり若年の方の水銀蓄積状況を検死によって調査したところ、メチル化水銀でみられるような蓄積濃度分布と極めて似通った傾向の分布(肝臓>腎臓>皮膚>脳>脾臓>血漿)が得られたそうで[文献8]、こうした結果が本当に体内でメチル化しないのか、という疑問に拍車をかけていたとも考えられます。
なおかなり最近の論文においては[文献9]チメロサールは幼児では5日に満たないレベルで分解され半減する、としていますがその結果尿からは検出されてないとか言ってますし[文献10]結局どこに行ったのかは明確になっていないのではないかとも思ってしまいます。
まぁさすがにマズいと思ったのかこれらの論文に先立つ1999年に、the U.S. Public Health Service (USPHS) とthe American Academy of Pediatrics (AAP)が合同で公式声明を出し、「乳幼児と小児にチメロサール入りのワクチン打つのやめたほーがええで、特に生後6か月以内には」と発表しています。実際関係者の間では薄々アカンのじゃねぇかという意識はあったのかもしれません。こうした流れの中、チメロサールは徐々に数量を減らしているのが現在の傾向で、その主張を推し進めた関係諸氏の粘り強い活動は敬意を表されるべきだと思います。惜しむらくは医薬業界含めてそういう方向に行くのが数十年単位で遅いんじゃなかろうかということなのですけど。
特に水俣病のみならずイタイイタイ病やその他企業活動や国の無策によって公害被害者となってしまった方々に起きた悲惨な症状を鑑みるに、日本ではこうした重金属を含む化合物に対する恐怖は並大抵のものではないというのは理解できますし、何で今までそんなややこしい毒物(実際法令上も毒劇物に該当しています)使ってくれてんねんという気にもなります。不安を煽るわけではないですし全く別の材料ですがたった1滴のジメチル水銀をゴム手袋越しに落とした研究者が水銀中毒になり死亡した事件もありましたから(「きままに有機化学」殿より・リンク)こういう重金属系の物質に対し不安を抱える気持ちだけは理解できる、ということで。
ただ徒に不安ばかり抱えてもしょうがないところもあり、例えば交通事故を減らすには自動車をなくすのが最良の解決策ですが、それを実行するとエラいことになるのは火を見るより明らか。同様にチメロサールをゼロにすることは出来るでしょうが、例えば仮定として「抗菌スペクトルが単剤では合わないために複数剤で抗菌しなければならず実質ワクチンの料金が上がり保険制度を傷める」とかいうことも考え得るわけです。ここらへんはもう「リスクとベネフィット」をどこまで利用者が飲み込むかによるのでしょう。銀の弾丸なんて存在しませんし。
なおワクチン接種自体を受けないようにする、という対策は筆者個人の意見としては推奨できません。むしろ未接種者が感染を拡散してしまうことになり、上記の例で言うならば「自動車を全く使わず生活する」のとほぼ同等であるため、人と一切接しないで過ごす人生を歩まない限りは今一度考え直していただきたいところであります。
おわりに
現代だったらアスピリンは医薬品として認められないんではないか、と書かれていたのは有機化学美術館のこの回でしたがおそらくチメロサールも時代の間隙を縫って既成事実的に承認された材料の一つだったのでしょう。こうして医薬含む産業界では一回採用(=量産化)されると「実績」という凄まじい効果を生むことになります。特に人の生死や装置の機能不全に関わるところではその実績の強さはハンパではありません。
この実績は同時に根強い利益生成機となり、販売企業によっては自分たちの死活問題と捉えるケースもあります。もちろん今回のチメロサールのケースがそういったものに該当するかは筆者がわかるわけはないのですが、昨今のN社のデオバン事件を見るにつけ製薬会社と言えども利益が最優先されうるケースがあることはよく頭に置いておかねばならん気がします。
組織内の8割方は「患者さんのため」に活動されてるはずですが、特定の優秀な方々の中には自分の沽券にかかわる(失敗する)ことを嫌がる場合があり、そういう方々がハンドルを持ったとたんに利益優先、自分の地位優先となってしまうのはある意味人間が抱える一種の病気なのかもしれません。筆者が好きな漫画の「魔人探偵脳噛ネウロ」での最後の敵は「シックス」でしたが、こうした欲求を抽象化して脳に住む病(sick)として表現した作者である松井優征氏の観察力や表現力は比類ないものがあると思います。
なおこうしたことでいつも思い出すのが、足尾銅山と同様の問題を引き起こしていた別子銅山の問題を部分的にでも解決し山林を復興させる試みを続けた、当時住友財閥総理事の「伊庭貞剛」氏。詳細はこちらをご覧いただきたいのですが、社会に対する企業と企業人の在り方をこの時代に模索したその姿勢はもっと知られてはいいのではないかと思います。伊庭貞剛氏のような「病」に罹らなかった人物が経営者として多数輩出されていたらもっと色々いい方向に行ったんでは、ということを考えるにつけ、このチメロサールの話も徒に不安を呼び起こすことなく代替材料に移行できたのでは・・・とも。ま、他人にそうした理想を求めず自分がそういう「ハンドルを握れる」ポジションに行けるよう努力するのが先なんでしょうけど。
それでは今回はこんなところで。
【後述】
①コメントにて水銀条約の間違いに関しご指摘頂きました方、どうも有難う御座いました 反省も含め訂正線での修正といたしました(システム上何故かコメントが正確に反映されないため、本文章を以って御礼に代えさせていただきます) 今後ともご指摘宜しくお願い申し上げます
②摂取量について定量的な議論が出来ていない点についてもご指摘通りですが、血液に直接注入することと経口で摂取することとの収率の違いに関し十分に論じられている文献を見つけられておりませんため、もう少し調べるお時間を頂ければ幸いです
③語句の統一、誤記の訂正 改めて実施いたしました ご指摘頂きましてありがとうございました
参考文献
- “Autism Research Advances” 2016, L. Zhao, Nova Science Pub Inc, 書籍リンク
- “Four vaccine myths and where they came from”, Lindzi Wessel, 2017, リンク
- ROYAL HISTORICAL SOCIETY OF QUEENSLAND JOURNAL Volume 20, No. 7 August 2008 リンク
- 独立行政法人医薬品医療機器総合機構サイトより リンク
- “Mercury, Vaccines, and Autism One Controversy, Three Histories” , American Journal of Public Health (ajph) February 2008, リンク
- “Immunization Safety Review: Vaccines and Autism”, Immunization Safety Review Committee, Board on Health Promotion and Disease Prevention, 2004
- “Determination of Methylmercury, Ethylmercury, and Inorganic Mercury in Mouse Tissues, Following Administration of Thimerosal, by Species-Specific Isotope Dilution GC-Inductively Coupled Plasma-MS”, Anal. Chem. 2003, 75, 4120-4124 リンク
- “The three modern faces of mercury.”, Environ Health Perspect. 2002 Feb;110 Suppl 1:11-23., リンク
- “Thimerosal-Containing Vaccines and Autism: A Review of Recent Epidemiologic Studies”, J Pediatr Pharmacol Ther. 2010 Jul-Sep; 15(3): 173–181. リンク
- “Mercury Levels in Newborns and Infants After Receipt of Thimerosal-Containing Vaccines”, Pediatrics February 2008, VOLUME 121 / ISSUE 2 リンク