[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ルテニウム触媒によるC-C結合活性化を介した水素移動付加環化型カップリング

[スポンサーリンク]

2017年、テキサス大学オースティン校・Micharl J. Krischeらは、Ru(0)触媒によるベンゾブテノンとジオールの水素移動型付加環化反応の開発に成功した。位置・立体選択的に進行する本反応は、type II ポリケタイドの収束的合成の効率化に寄与できると考えられる。

“Ruthenium-catalyzed insertion of adjacent diol carbon atoms into C-C bonds:Entry to type II polyketides”
Bender, M.; Turnbull, B. W. H.; Ambler, B. R.; Krische, M. J.* Science 2017, 357, 779-781. DOI: 10.1126/science.aao0453


先行研究と比較して優れている点

歪みを持つ炭素環に対するC-C結合活性化反応の研究は古くから行われており、また生じたメタラサイクルとπ結合との反応は、Pt やNi、Rh、Ru を用いた反応などが知られる。これらが有機合成分野を開拓してきた一方、飽和C-H 結合がσ(C-C)結合に挿入する反応は前例がない。
今回の報告では、水素移動型C-Cカップリング概念[1] を用いることでそのような反応形式を達成している。また得られる橋頭位ジオールを持つ縮環化合物は、type IIポリケタイド合成における有用なビルディングブロックになることが期待できる。

技術や手法の肝

Krischeのグループでは、Ru3(CO)12 触媒によるα-ヒドロキシエステルや1,2-ジオールの酸化がオレフィンやアルキンを水素アクセプターとすることで促進され、[4+2]形式の環化反応など、様々な形式の反応を進行させることを見出していた[2]。例えば下図の反応[2b]では、ジオールがRu(0)により酸化されジオンとなり、その後オキサルテナサイクルを形成し、ジエンーカルボニルの酸化的カップリングが進行している。

この系を基盤に、基質としてベンゾシクロブテノンを用いた反応を行なっている。この場合には、ルテニウムがC-C結合活性化を介しながら同様のカップリングを進行させ、6 員環形成反応を進行させる。

主張の有効性の検証

①反応条件の最適化

下記の基質およびトルエン溶媒を用いて初期検討を行い、Ru3(CO)12 (2 mol%), dppp (6 mol%)存在下110 °C で24 h反応させたところ所望の環化体が22%収率で得られた。ジオール部の立体配置はsyn体のみが得られる。最適化の結果、キシレン溶媒中で150 °C にて24h 反応させることで88%収率まで向上した。

②基質一般性の検討

ベンゾシクロブテノン基質側は、アルコキシ基やハロゲンを持つものに限られるものの、ハロゲン化体からはカップリング反応により様々な基質の合成に応用することが期待できる。
ジオール基質側に関しては、5 ~7 員環の飽和炭素環や、隣接位にgem-ジメチル基を持つものでも反応が進行した。さらにα位に不斉炭素をもつ基質についても不斉が損なわれることなく反応が進行し、いずれの基質においても位置・立体選択的に反応が進行した。


③反応機構の考察

通常条件では、シクロブテノン原料の開環した(2-methoxy-6-methylphenyl)methanolが合わせて得られており、2当量の水素を受け取ってジオールを酸化していることが示唆される。一方でケトールを原料として用いたときはredox-neutral系となるため、ベンゾシクロブテノンに対しケトールは1当量で反応が進行する。ジケトンを原料として用いたときは還元剤としてiPrOH を加えることで反応が進行する[3]。

推定反応機構は、以下のとおりである。まず、原料同士が反応することで、ジケトン基質が生じる。ベンゾシクロブテノンの歪C-C結合がルテニウムに酸化的付加し、ルテナインダノンを形成する。その後、ジケトンへの連続付加によりジオキサルテナサイクルを得る。その後、原料によって水素が供給され、ルテニウムヒドリドからの還元的脱離により目的物が生成するとともに、Ru(0)が再生する。

④不斉反応への展開性

上記のスタンダードな基質組み合わせで(CF3CO2)2Ru(CO)(PPh3)2・MeOH錯体と不斉配位子(R)-SEGPHOS共存下に反応を行ったところ、51%eeで光学活性な目的物が得られた。現状この一例だけに報告は限定されている。

次に読むべき論文は?

  • Ru を用いたC-C結合活性化、引き続くエナンチオ選択的反応の論文。開拓度が低く、先例自体あまりなさそうだが。

参考文献

  1. Ketcham, J. M.; Shin, I.; Montgomery, T. P.; Krishe, M. J. Angew. Chem. Int. Ed. 2014, 53, 9142. DOI: 10.1002/anie.201403873
  2. For example: (a) Leung, J. C.; Geary, L. M.; Chen, T.-Y.; Zbieg, J. R.; Krische, M. J. J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 15700. DOI: 10.1021/ja3075049 (b) Geary, L. M.; Glasspoole, B. W.; Kim, M. M.; Krische, M. J. J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 3796. DOI: 10.1021/ja400691t
  3. Johnson, T. C.; Totty, W. G.; Wills, M. Org. Lett. 2012, 14, 5230. DOI: 10.1021/ol302354z
Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. フェノール類を選択的に加水素分解する新触媒を開発:リグニンから芳…
  2. 有機合成化学協会誌2020年7月号:APEX反応・テトラアザ[8…
  3. 配位子を着せ替え!?クロースカップリング反応
  4. 超高速レーザー分光を用いた有機EL発光材料の分子構造変化の実測
  5. ラジカルパスでアリールをホウ素から炭素へパス!
  6. 光触媒を用いたC末端選択的な脱炭酸型bioconjugation…
  7. 有機合成化学協会誌2022年1月号:無保護ケチミン・高周期典型金…
  8. 高専シンポジウム in KOBE に参加しました –その 2: …

注目情報

ピックアップ記事

  1. 2010年日本化学会年会を楽しむ10の方法
  2. コロナウイルス関連記事 まとめ
  3. 2012年の被引用特許件数トップ3は富士フイルム、三菱化学、積水化学
  4. 第67回「1分子レベルの酵素活性を網羅的に解析し,疾患と関わる異常を見つける」小松徹 准教授
  5. 超強塩基触媒によるスチレンのアルコール付加反応
  6. 「もしかして転職した方がいい?」と思ったらまずやるべき3つのこと
  7. 有機機能性色素におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  8. KISTEC教育講座 「社会実装を目指すマイクロ流体デバイス」 ~プラットフォームテクノロジーとしての超微量分析ツール~
  9. 新しいエポキシ化試薬、Triazox
  10. 反応中間体の追跡から新反応をみつける

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年3月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

有機合成化学協会誌2024年12月号:パラジウム-ヒドロキシ基含有ホスフィン触媒・元素多様化・縮環型天然物・求電子的シアノ化・オリゴペプチド合成

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年12月号がオンライン公開されています。…

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP