[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

磁力で生体触媒反応を制御する

[スポンサーリンク]

今回は、先月創刊されたことで話題のNature Catalysisから論文を紹介します。テーマは、酵素の反応を磁場で遠隔コントロールするという内容で、磁性ナノ粒子をうまく化学修飾することで、生体触媒の反応性を制御しています。磁力や光、超音波など、物理的な力を使ったガン治療が近年注目されていますが、本手法は、物理的な力と酵素の反応をうまく組み合わせたおもしろい研究です。

“Magnetic field remotely controlled selective biocatalysis”

Zakharchenko, A.; Guz, N.; Laradji, A. M.; Katz, E.; Minko, S. Nature Catalysis 2017, 1, 73. DOI: 10.1038/s41929-017-0003-3

1. 磁性ナノ粒子によるドラッグデリバリー

図1. 磁気ナノ粒子を用いたドラッグデリバリーの例。

ガン治療においては、正常な細胞を傷つけず、ガン細胞だけをうまく攻撃する技術が重要です。最近特に注目されているのは、磁性ナノ粒子を用いた手法です。磁性粒子を用いれば、外部磁場によって粒子を特定の位置に集めたり、交流磁場によって標的の組織を加熱することができます。例えば、温度応答性分子でコーティングした磁性ナノ粒子を用いれば、外部から磁場をかけて標的の位置を加熱することで、生体内のpHや塩濃度変化に頼らず薬剤分子を放出することができます(図1)。しかしながら、このような方法では、高温で不安定なタンパクを用いることはできません

そこで、ジョージア大学のMinko教授らは、磁力で粒子同士がくっつくことを巧みに利用して生体触媒反応をコントロールし、薬剤を放出する手法を開発しました。

2. 磁場による酵素反応のコントロール

図2. ポリマーでコーティングされた磁性ナノ粒子。

彼らはまず、SiO2で被覆された磁性ナノ粒子をブロックポリマーでコーティングしました(図2)。内側のブロックはポリアクリル酸(PAA)で、酵素による加水分解反応に適した酸性環境を生み出します。外側は、側鎖にポリエチレングリコールメチルエーテルを持つポリマー(PPEGMA)で、酵素と基質が反応しないためのバリアとして働きます。さらに、彼らは酵素と基質をそれぞれ磁性ナノ粒子に担持しました(図2;酵素NP, 基質NP)。磁場のない状態では、これらの磁性ナノ粒子は分散しており、ポリマーに覆われた酵素と基質は反応しません。これらの粒子に磁場をかけると、粒子同士が磁力よって配列し、酵素と基質が近づくため、触媒反応が起こります。触媒反応によって薬剤分子が生み出されるように反応をデザインしておけば、磁場に応じた薬剤放出が可能になります。

3. 磁場による抗ガン剤の放出

彼らは、パパインというタンパク分解酵素とドキソルビシン(DOXという抗ガン剤を用いて薬剤放出を行いました。彼らの手法では、DOXはウシ血清アルブミン(BSA)と結合した状態で粒子に担持され、パパインによって切り出される仕組みになっています。

まず彼らは、粒子溶液を蛍光測定用セルに入れ、磁場をかけながらDOXの蛍光強度変化を調べました。すると、図3のように、磁場をかけてから0, 1, 24時間と時間が経つにつれ、蛍光強度が大きくなることが観察されました。これは、ポリマー構造内に遮蔽されていたDOXが粒子外に放出されたことを示唆しています。

図3. DOXの蛍光強度変化。1, 2, 3はそれぞれ磁場をかけてから0, 1, 24時間後。(論文より)

さらに彼らは、磁性ナノ粒子から放出されるDOXがガン細胞に与える効果を検証しました。図4aは、それぞれ「磁性粒子なし」「磁場なし」「磁性粒子・磁場あり」の条件で培養したマウス乳癌細胞(4T1細胞)の様子を示しています。「磁性粒子・磁場あり」の条件では、「磁性粒子なし」や「磁場なし」の条件と比べ、ガン細胞の増幅が抑えられています。また、「磁性粒子なし」の条件における細胞数を基準とし、細胞の生存率を算出すると、図4bのようになります。いずれの粒子濃度においても、「磁性粒子・磁場あり」の条件で、細胞数が格段と少なくなっていることが分かります。

図4. ガン細胞の増幅阻害(論文より)。(a) 培養後24時間の4T1細胞の様子。(b) 各DOX濃度での4T1細胞の生存率。水色:磁性粒子なし、灰色:磁場なし、赤:磁性粒子・磁場あり。

4. おわりに

今回の研究では、酵素と基質の相互作用を磁場とポリマーでうまく制御し、(i) 刺激に応じて酵素反応を起こせること、(ii) 酵素反応を遠隔操作できること、 (iii) 必要ないときに酵素反応が起こるのを抑えることが達成されています。今後、様々な薬剤分子の輸送に応用されることが期待できます。

参考文献

  • Torchilin, V. P. Nat. Rev. Drug Discov. 2014, 13, 813. DOI: 10.1038/nrd4333
  • Hayashi, K.; Nakamura, M.; Miki, H.; Ozaki, S.; Abe, M.; Matsumoto, T.; Sakamoto, W.; Yogo, T.; Ishimura, K. Theranostics 2014, 4, 834.
 DOI: 10.7150/thno.9199

関連書籍

[amazonjs asin=”4944157932″ locale=”JP” title=”ドラッグデリバリーシステムDDS技術の新たな展開とその活用法―生物医学研究・先進医療のための最先端テクノロジー (遺伝子医学別冊)”] [amazonjs asin=”4944157509″ locale=”JP” title=”ナノバイオ技術と最新創薬応用研究 (遺伝子医学MOOK 20)”]

関連リンク

Avatar photo

kanako

投稿者の記事一覧

アメリカの製薬企業の研究員。抗体をベースにした薬の開発を行なっている。
就職前は、アメリカの大学院にて化学のPhDを取得。専門はタンパク工学・ケミカルバイオロジー・高分子化学。

関連記事

  1. いざ、低温反応!さて、バスはどうする?〜水/メタノール混合系で、…
  2. 耐薬品性デジタルマノメーター:バキューブランド VACUU・VI…
  3. ハワイの海洋天然物(+)-Waixenicin Aの不斉全合成
  4. ポンコツ博士の海外奮闘録⑤ 〜博士,アメ飯を食す。バーガー編〜
  5. 怒涛の編集長 壁村耐三 ~論文と漫画の共通項~
  6. 日本ビュッヒ「Cartridger」:カラムを均一・高効率で作成…
  7. アカデミアケミストがパパ育休を取得しました!
  8. MEDCHEM NEWS 31-3号「ケムステ代表寄稿記事」

注目情報

ピックアップ記事

  1. インタラクティブ物質科学・カデットプログラム第一回国際シンポジウム
  2. デュアルディスプレイDNAコード化化合物ライブラリーの改良法
  3. 生体医用イメージングを志向した第二近赤外光(NIR-II)色素:②合成蛍光色素
  4. アルツハイマー病・ワクチン開発相次ぐ、副作用回避へ知恵絞る
  5. 酵素合成と人工合成の両輪で実現するサフラマイシン類の効率的全合成
  6. 兄貴達と化学物質
  7. Reaxys PhD Prize 2016ファイナリスト発表!
  8. コケに注目!:薬や香料や食品としても
  9. 第95回―「生物学・材料化学の問題を解決する化学ツールの開発」Ivan Dmochowski教授
  10. ピーターソンオレフィン化 Peterson Olefination

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年2月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728  

注目情報

最新記事

【太陽ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

■■求める人物像■■「大きな志と好奇心を持ちまだ見ぬ価値造像のために前進できる人…

産総研の研究室見学に行ってきました!~採用情報や研究の現場について~

こんにちは,熊葛です.先日,産総研 生命工学領域の開催する研究室見学に行ってきました!本記事では,産…

第47回ケムステVシンポ「マイクロフローケミストリー」を開催します!

第47回ケムステVシンポジウムの開催告知をさせて頂きます!第47回ケムステVシンポジウムは、…

【味の素ファインテクノ】新卒採用情報(2026卒)

当社は入社時研修を経て、先輩指導のもと、実践(※)の場でご活躍いただきます。「いきなり実践で…

MI-6 / エスマット共催ウェビナー:デジタルで製造業の生産性を劇的改善する方法

開催日:2024年11月6日 申込みはこちら開催概要デジタル時代において、イノベーション…

窒素原子の導入がスイッチング分子の新たな機能を切り拓く!?

第630回のスポットライトリサーチは、大阪公立大学大学院工学研究科(小畠研究室)博士後期課程3年の …

エントロピーの悩みどころを整理してみる その1

Tshozoです。 エントロピーが煮詰まってきたので頭の中を吐き出し整理してみます。なんでこうも…

AJICAP-M: 位置選択的な抗体薬物複合体製造を可能にするトレースレス親和性ペプチド修飾技術

概要味の素株式会社の松田豊 (現 Exelixis 社)、藤井友博らは、親和性ペ…

材料開発におけるインフォマティクス 〜DBによる材料探索、スペクトル・画像活用〜

開催日:10/30 詳細はこちら開催概要研究開発領域におけるデジタル・トランスフォーメー…

ロベルト・カー Roberto Car

ロベルト・カー (Roberto Car 1947年1月3日 トリエステ生まれ) はイタリアの化学者…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP