[スポンサーリンク]

一般的な話題

高専シンポジウム in KOBE に参加しました –その 1: ヒノキの精油で和歌山みかんを活性化–

[スポンサーリンク]

1 月 27 日に開催された第 23 回 高専シンポジウム in KOBE に参加してきました。高専らしいユニークな研究を発見したので、この場を借りて紹介しようと思います。

高専シンポジウムって何?

全国におよそ 50 ある高専の学生や教員が集まり、日頃の教育や研究の成果を発表する場です。高専が有するすべての学科の研究発表が集まるため、化学だけでなく機械や情報関係の発表もあります。まさに異種格闘技場ともいうべき学会です。このような事情があるので発表分野の分類方法はざっくりしています。化学系の学科に関係するものですと、化学、生物、環境、材料といったところです。なので、特定の分野の研究者が集まって、それぞれの研究成果について深く議論し合うというよりは、他高専の学生や先生と広く交流するといった意味合いが強いです。

しかし、「広く交流する目的」といっても本科生 5 年生(B2 相当) からすると、初めての学外での研究発表の場となる場合が多いです。発表前に原稿らしき紙をじっと見つめている様子や発表中の様子からは、緊張感が伝わって来ました。かくいう私も、専攻科 2 年生にして初めて高専シンポジウムに参加しました。高専生には、高専生に対して親近感を見出す習性があるのか、アットホームな雰囲気で、とっても楽しかったです。折角なので高専の研究について紹介しつつ、シンポジウムの様子をレポートいたします。

第23回高専シンポジウム in KOBE

宣伝用のポスターのデザインは、港町 神戸のランドマークであるポートタワーと神戸海洋博物館(左の図)。オシャレな雰囲気です。校舎の外見も近代的で綺麗 (右の写真)。

第 23 回の高専シンポジウムは、神戸市立工業高等専門学校で開催されました。全国におよそ 50 ある高専のほとんどが国立であることと対照的に、この神戸高専は唯一の “市立” 高専です。高専シンポジウムが公立高専で主催されるのは、第 23 回目にして初めてのことだそう。私は部活動の関係で他の高専にも訪れたことはありますが、この神戸高専は心なしか敷地が小さいです。寮もありません。

とまあ、そんな高専生にしか興味を持たれないマニアックな話題はこのあたりにしましょう。真面目に口頭発表とポスター発表を聞いて、それぞれ独断で面白いと思ったものを 1 つずつ選んできました。本記事では、和歌山高専 生物応用化学科 土井研究室から、同じく和歌山高専の中村友香さんの口頭発表について紹介します。

テルペン類によるトリメチルアミンの消臭メカニズムの解析

概要

和歌山名物ミカンの肥料を作る際の原料から発生する悪臭物質を、和歌山に豊富な樹木であるヒノキに含まれる物質を用いて除去しよう、という地元愛の溢れる研究です。

背景

和歌山県の特産品であるミカンを栽培するにあたり、古くからニシンの魚粉が肥料として良いとされてきました。しかし、ニシンの漁獲量は減少しており、現在利用されている魚粉の多くは南米産のイワシを原料とした輸入品です。そんななか 2013 年に転機が訪れます。カナダの法律の改正によって、カズノコを取る目的で、卵を抱えたニシンを輸入できるようになったのです1。このとき、親であるニシンを廃棄してしまってはもったいないですよね。高品質な魚粉を安価に製造するために、カズノコを取った後で、ニシンの廃棄物をリサイクルしたいところです。

問題設定

ただし、魚の廃棄物は想像通り臭いです。実際、特定悪臭物質であるトリメチルアミンがそこから発生することが知られています2。トリメチルアミンは揮発性の物質で、生臭い魚臭の原因として知られています3。ニシンの廃棄物から魚粉を製造するためには、その悪臭を除去する技術が必要です。

アプローチ

ヒノキなどの植物の精油に含まれるモノテルペン類が、アンモニアに対して消臭効果を持つことは既に知られています4。アンモニアといえば、トイレの臭い (いわゆるアンモニア臭) の原因です。そしてその化学構造はトリメチルアミンと類似しています (下図)。ということは、トリメチルアミンも、モノテルペン類で消臭できるのでは?という考えが浮かびます。

実はヒノキは、和歌山県に多く植えられている樹木です。したがって、ヒノキの精油を用いてトリメチルアミンの消臭技術を確立できれば、和歌山の林業とミカン農業の双方の活性化につながると考えられます。このことが本研究の隠れた狙いです。

実験と結果

水蒸気蒸留法や種々の有機溶媒による溶剤抽出法により、ヒノキのおが粉から精油を採取しました。得られた抽出物を GCMS で分析し、含まれる成分の種類と濃度を調べました。これらの結果とアンモニアの消臭に関する文献をもとに4α-ピネンβ-ピネン、そしてリモネンに着目しました。それらのテルペンとトリメチルアミンをそれぞれデシケーター中に注入して、適宜、気体検知管でトリメチル濃度を測定しました。その結果、3 時間後にはいずれのテルペンの場合も、トリメチルアミンの濃度がおよそ30~50%程度減少しました。このことから、それらのテルペン類による消臭効果を実証することができました。つづいて、消臭メカニズムについての知見を得るために、NMR による分析も行ったところ、テルペン類に化学反応が起きているわけでわけではないことが確かめられました。

今回着目したモノテルペン (立体についてはメモを取るのを忘れていました)

コメント

地元愛溢れる研究の動機に感動しました。高専では、この研究のように地域貢献の視点を持った研究が比較的多いと言われています。地元企業と共同研究をしている場合もあります。

今後の発展を期待して、研究成果についても僭越ながらコメントします。とりあえずは狙い通り、ヒノキの精油がトリメチルアミンに効くことは実証できました。ただし、発表ではトリメチルアミンの濃度低下にしか言及されておらず、実際のにおいがどの程度だったのかについては触れられていませんでした。今後は、人間の嗅覚上の閾値や、異臭として認知されるかどうかの許容範囲 (?) といった、具体的な数値目標も重要になってくるのではないかと思います。

一方で、トリメチルアミンの濃度を低下できなくても、テルペン類自体の香りでトリメチルアミンの匂いをごまかせちゃったりできたりして…なーんてことも考えられます。後で、調べてみて知ったのですが、その消臭法は専門的にはマスキング法というそうです5

実際の臭いの話はさておき、トリメチルアミンの濃度が確かに低下したということなので、そのメカニズムに関しても気になるところです。実は発表を聞いている最中は、化学反応で消臭するのかと予想していました。例えばトリメチルアミンのようなアミン類は、それが塩基性であることを利用して、酸系のもので中和できると考えられます。くわえて、窒素原子上に水素を持つアンモニアであれば、アルデヒドと反応することや、いわゆる Michael アクセプターに対して付加反応を起こすことも予想されます5

 

しかし、今回使用したテルペン類は、どうにも炭化水素類です。トリメチルアミンと反応しそうな部位はありません。実際にトリメチルアミンに反応が起こっていないことが NMR で確認できたということを聞いて、「なーんだ、やっぱり反応はしないのか」と一人で考えを巡らせていました。消臭メカニズムの解明には、さらなる調査が必要になると思います。今後の展開に期待しています。引き続き頑張ってください!

次回予告

次回は、米子高専 物質工学科 谷藤研究室の菅野由稀さんのポスター発表について紹介します。狙った訳ではありませんが、次回もアミン系のにおいが漂う研究を選んでしまいました。具体的には、卵の殻の膜を燃料電池の電解質膜に用いて、牛の尿で発電しちゃった、という研究です。乞うご期待!

関連記事

外部リンク

参考文献

  1. カナダ政府, 輸出規制品リストの改正 http://gazette.gc.ca/rp-pr/p2/2013/2013-02-13/html/sor-dors12-eng.html (accessed Feb 6, 2018).
  2.  環境省環境管理局大気生活環境室, 臭気対策行政ガイドブック[online], April, 2012, https://www.env.go.jp/air/akushu/guidebook/01.pdf(accessed Feb 6, 2018).
  3. 高橋素子 「Q&A 食べる魚の全疑問 魚屋さんもびっくりその正体」講談社, 2003, pp 113–114.
  4. Wen, F. J.; Yoo, K. S.; Li, J. K. Advanced materials Research 2012, 518–523, 2224–2228 (DOI: 10.4028/www.scientific.net/AMR.518-523.2224).
  5. 独立行政法人 工業所有権情報·研修館, 消臭·脱臭剤 (化学的方法) [online] March, 2006, http://www.inpit.go.jp/blob/katsuyo/pdf/chart/fippan16.pdf (accessed Feb 6, 2018).
  6. 谷田貝光克 におい·環境学会誌, 2008, 38, 428–434 (DOI: 10.2171/jao.38.428).

関連書籍

[amazonjs asin=”4061543792″ locale=”JP” title=”香料の科学 (KS化学専門書)”]
Avatar photo

やぶ

投稿者の記事一覧

PhD候補生として固体材料を研究しています。学部レベルの基礎知識の解説から、最先端の論文の解説まで幅広く頑張ります。高専出身。

関連記事

  1. 2017年(第33回)日本国際賞受賞者 講演会
  2. ホウ素と窒素固定のおはなし
  3. マテリアルズインフォマティクスでリチウムイオン電池の有機電極材料…
  4. 加熱✕情熱!マイクロ波合成装置「ミューリアクター」四国計測工業
  5. レジオネラ菌のはなし ~水回りにはご注意を~
  6. DMFを選択的に検出するセンサー:アミド分子と二次元半導体の特異…
  7. “マブ” “ナブ”…
  8. 不安定試薬の保管に!フードシーラーを活用してみよう

注目情報

ピックアップ記事

  1. 光薬理学 Photopharmacology
  2. 「鍛えて成長する材料」:力で共有結合を切断するとどうなる?そしてどう使う?
  3. ジョージ・フェール George Feher
  4. CV測定器を使ってみた
  5. ESI-MSの開発者、John B. Fenn氏 逝去
  6. NMRの化学シフト値予測の実力はいかに
  7. アルメニア初の化学系国際学会に行ってきた!③
  8. 経営戦略を成功に導く知財戦略【実践事例集】
  9. スタチンのふるさとを訪ねて
  10. アメリ化学会創造的有機合成化学賞・受賞者一覧

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2018年2月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728  

注目情報

最新記事

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP