第137回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクト(伊丹 健一郎 研究総括) 博士研究員の尾崎 仁亮 博士を紹介します。
JST-ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトではナノカーボン構造をもつ分子「分子ナノカーボン」の合成を基盤に、新奇機能性物質の創製やナノカーボン材料への応用など幅広い研究が展開されています。
尾崎博士は昨年末に開催された第26回有機結晶シンポジウムにおいて優秀講演賞を受賞されました。そこで受賞対象となった研究内容に関して、スポットライトリサーチでのインタビューをお願いしました。
受賞対象となった研究は少し前に論文化されており、プレスリリースも行われていました。
Noriaki Ozaki, Hirotoshi Sakamoto, Taishi Nishihara, Toshihiko Fujimori, Yuh Hijikata, Ryuto Kimura, Stephan Irle, and Kenichiro Itami
”Electro-Activated Conductivity and White Light Emission of a Hydrocarbon Nanoring-Iodine Assembly”
Angew. Chem., Int. Ed. 2017, 56, 11196. doi:10.1002/anie.201703648
尾崎博士に関して、伊丹ERATOにおける共同研究者である坂本 裕俊 分子集積グループ グループリーダーと伊丹研究総括にコメントをいただくことができました。
尾崎くんは「分子ナノカーボンを機能性物質として活躍させる」という我々の目標に対し、最も必要なスキルをもつ研究者としてERATOに参画してくれました。本研究を進めるうえでいくつもの壁がありましたが、もがきながらも自ら新たな手法を次々と開発し、解決に向かう様は壮観で、私自身も学ぶことが多かったです。物理化学を専門としながらも有機化学のプロジェクトに身を置くことは勇気のいることかと思いますが、これらを見事に融合させ、まさに尾崎くんにしかなし得なかった研究の流れを作り出しました。「変化し、未知に向き合う。*1」ことは、研究者にとって最も重要な素養のひとつかと思います。今後どんな分野に進んでも、きっと大きな実績を残すものと期待しています。
*1 https://www.youtube.com/watch?v=pl3vxEudif8
(論文執筆時のテーマソングでした。「チェーンに変化する」ということで。)
坂本 裕俊
僕の大好きな言葉にスティーブ・ジョブズの名言 “Creativity is just connecting things.”があります。そんな思いでERATOプロジェクトを始めましたが、尾崎君はまさにそれを実現した、勇気と実力を兼ね備えた研究者です。発想力から何から何まで学ぶことばかりです。今回は、CPPとヨウ素を混ぜて、すんごい機能性物質を生み出しただけでなく、固体物性、細孔材料、有機化学を混ぜたワクワク研究領域があることを見事に示しました。今後、尾崎君がスター研究者になっていく姿が目に浮かびます。
伊丹 健一郎
様々な領域の研究者の興味を引く内容だと思います。ぜひ原著論文と合わせて、インタビューをお楽しみください。
Q1. 今回の受賞対象となったのはどんな研究ですか?
環状炭化水素 [n]シクロパラフェニレン([n]CPP、本研究ではnは9、10、12)の細孔中にヨウ素(I)を包接した試料([n]CPP-I、図a)を合成し、その電子伝導性および蛍光特性について調べました。合成した試料はいずれも電気伝導性を示しませんでしたが、電気刺激に応答して電気抵抗率が変化しました (図b)。特に[10]CPP-Iの抵抗率変化は著しく、抵抗率は3桁近くも減少し、電気伝導性が発現しました。さらに[10]CPP-Iは蛍光の色も大きく変化し、刺激前は青緑色だった発光が白色へと変化しました (図c、図d)。このような応答性は、固体CPPが電気刺激によって構造を変えることに基づいており、「刺激応答性の多孔性材料と機能性分子を組みわせることにより、刺激応答性の機能が発現する」という、汎用的な合成戦略のデモンストレーションができたと考えています。
参考サイト(ケムステ内): シクロパラフェニレンについてカーボンナノリングの合成に成功!https://www.chem-station.com/blog/2009/07/post-100.html
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
電気刺激への応答をin-situで、かつ正確に観測できるよう、測定機器のセッティングや設計などを工夫しました。Q3への回答とも関連しますが、できる限り測定エラーを減らし測定結果を正確なものにすることが研究上の困難を乗り越えるために必要だったからです。結果的にはX線回折やXAFS、各種スペクトルなど多岐に渡る測定において、in-situで刺激応答を観測する技術を身につけました。これは、今後の研究にも役に立てていきたいと考えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究の初めの段階では何が起きているか全く不明だったため、最初に伝導性発現メカニズムの手がかりを掴むところが一番難しかったです。今にして思うと「試料に電気刺激を加えると、抵抗率が減少する」ということ自体は、研究を始めて数週間で観測していました。しかしその要因として、論文中で述べているメカニズムの他、試料作成の不備、外気温の変化など様々なものが考えられました。こうした可能性を一つ一つ排除していくのは非常に骨が折れましたが、過去の文献の調査、仮説設定・検証、そのための実験条件の改善などのプロセスを地道に繰り返すことで乗り越えることができました。
もう一つ重要だったのは、合成化学を基盤とした伊丹ERATOをベースに、様々な分野の研究者が1つのテーマに取り組むことができたことだと考えています。私自身は固体物性の研究を専門としていますが、細孔材料の坂本さん、光化学の西原さん、ナノカーボンの藤森先生、計算化学のIrle先生、土方先生、木村さんと、多くの方の力をお借りして本研究を進めました。こうした方々の協力がなくては本研究を行うことは不可能でしたし、深く感謝しております。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
博士の学位を取得した後、縁あって伊丹グループに所属するようになり、非常に多くの見たこともないような有機分子たちと触れ合うことができています。このような有機分子たちはそれ自体が魅力的なのはもちろんですが、良い物性が出ればますます輝きを増すと思います。今回の研究では、そのような例をどうにか一つ示すことができました。これからも「潜在的にもっと輝ける分子」が「潜在的に」で終わらないよう、分子たちと真摯に向き合いながらその魅力を引き出していきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私が学生時代に師事していた大越慎一先生は、金属錯体や無機材料の固体物性を専門にされており、私自身も金属錯体を用いて研究を行なっていました。それから博士研究員として参加した伊丹グループは有機合成化学のメッカとも言える場所です。これは大きな研究分野の転換でしたが、2つの研究分野の接点を見つけたことが論文の発表と今回の受賞につながったと考えています。こうした中で、化学は広大な研究分野であるものの、やはり同じ「化学」という枠組みの中にいて、そこには必ず接点があるのだということを実感することができました。この記事の読者の方は化学、あるいは科学に興味がある方と思います。みなさんと私の研究分野の接点には、必ず魅力的な研究が眠っているはずです。ご縁がありましたら、一緒に楽しい研究をさせてください!よろしくお願いします。
研究者の略歴
名前:尾崎 仁亮 (おざき のりあき)
2015年に東京大学大学院 理学系研究科化学専攻 物性化学研究室 (指導教員: 大越慎一 教授)で博士の学位を取得。当時の研究テーマは、コバルトとタングステンからなる二元系シアノ架橋型金属錯体の相転移挙動について。
学位取得後、名古屋大学 ERATO伊丹分子ナノカーボンプロジェクトに、博士研究員として参加。分子ナノカーボンの固体物性について研究を始めた。