CO2とニッケル触媒、マンガンを用いた1,3-ジエンの位置選択的な1,4-ジカルボキシル化反応が開発された。CO2と1,3-ジエンといったどちらも豊富な炭素資源からアジピン酸誘導体を合成できる。
CO2を用いたジカルボキシル化反応
CO2は毒性が低く入手容易な一炭素化剤として注目を集めている。このようなCO2と別の豊富な炭素資源とを反応させ、触媒的に新たな有機化合物を合成する手法の価値は高い。
近年、遷移金属触媒を用いることで炭素–炭素多重結合に対しCO2を挿入させるカルボキシル化反応がいくつか報告されている[1]。しかし、これらの反応で多重結合に対し導入できるCO2は一分子に限られているものが多い。一つの化合物に一挙に二分子のCO2を導入することは有用なジカルボン酸の合成において効率的な手法となるものの、その報告例は多くない。
1984年にHobergらは1,3-ブタジエン(1)に対しCO2を二つ挿入させるジカルボキシル化反応を報告した(図1A)[2a]。彼らは当量のニッケルを作用させることで1に二分子のCO2を導入し、反応をメタノール処理することでジエステル2を合成した。
2001年には森らが類似の手法が他のジエンにも適用できることを示し、本手法を様々なジエステルの合成法へと拡張した(図1B)[2b]。
触媒的な手法として1989年、Périchonらにより、触媒量のニッケルと電気化学を併用するアルキン3の還元的ジヒドロカルボキシル化が開発された(図1C)[3]。また、亜鉛試薬などを還元剤として用いて、佐藤らがシリルアレン4(図1D)[4a]の、辻らがアルキン5(図1E)[4b]の触媒的ジカルボキシル化を達成した。
今回、カタルーニャ化学研究所のMartin教授らはニッケル触媒とマンガンを還元剤に用いることで1,3-ジエンに対する触媒的なジカルボキシル化反応を開発した (図1F)。
“Ni-Catalyzed Site-Selective Dicarboxylation of 1,3-Dienes with CO2”
Tortajada, A.; Ninokata, R.; Martin, R. J. Am. Chem. Soc. 2018, ASAP. DOI: 10.1021/jacs.7b13220
論文著者の紹介
研究者:Ruben Martin
研究者の経歴:
–2003 Ph.D, University of Barcelona, Spain (Prof. Antoni Riera Escalé)
2003 Visiting Fellow, Max-Planck-Institut für Kohlenforschung, Germany (Prof. Alois Fürstner)
2004–2005 Alexander von Humboldt Postdoctoral Fellow, Max-Planck-Institut für Kohlenforschung, Germany (Prof. Alois Fürstner)
2005–2008 M.E.C-Fulbright Postdoctoral Fellow, Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Stephen L. Buchwald)
2008–2013 Assistant Professor, The Institute of Chemical Research of Catalonia (ICIQ), Spain
2013 Associate Professor, The Institute of Chemical Research of Catalonia, Spain
2013– Research Professor, The Institute of Chemical Research of Catalonia, Spain
研究内容:ニッケル触媒を用いた反応開発
論文の概要
Martinらはニッケル触媒存在下、還元剤としてマンガンを用いることで二分子のCO2を1,3-ジエンの1,4位に選択的に導入する手法を開発した(図2A)。
彼らは本反応後、TMSジアゾメタンで処理した後アルケン部位を還元することでアジピン酸メチル誘導体へ導き、ジカルボキシル化で生じるcis–trans異性体などの分離操作を簡略化している。本ジカルボキシル化では、2,4,7位に置換基をもつフェナントロリン配位子L1を用いることとアンモニウム塩の添加が反応の進行の鍵となった。
幅広い1,3-ジエン類が適用可能であり、芳香族および脂肪族置換されたジエンに対し反応が進行する。高い化学選択性を有しておりエステル基やニトリル基、スタニル基などの高反応性官能基をもつ化合物でも良好な収率で反応が進行する(図2B)。
反応機構に関して、彼らは本反応が初めにジエンと一分子のCO2との反応後に生じるニッケルπ-アリル錯体を経由して進行していると述べている(図2C)。
実際にπ-アリル錯体6を合成し、それを用いた化学量論量反応が進行することが示されている。この化学量論量反応においてL1とマンガンを添加しないと二つ目のCO2が導入されないことがわかった。この結果から、特に二個目のCO2挿入において一電子移動により生じるNi(I)種が関与している可能性があると述べられている。
以上のように温和な条件で幅広い1,3-ジエンに二当量のCO2を導入する1,4-ジカルボキシル化が達成された。今後は機構の解明や不斉反応への応用が期待される。
参考文献
- Liu, Q.; Wu, L.; Jackstell, R.; Beller, M. Chem. ommun. 2015, 6, 5933. DOI: 10.1038/ncomms6933
- (a) Hoberg, H.; Schaefer, D.; Oster, B. W. Organomet. Chem. 1984, 266, 313. DOI: 10.1016/0022-328X(84)80144-8 (b) Takimoto, M.; Mori, M. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 2895. DOI: 10.1021/ja004004f
- Duñach, E.; Dérien, S.; Périchon, J. Organomet. Chem. 1989, 364, C33. DOI: 10.1016/0022-328X(89)87156-6
- (a) Takimoto, M.; Kawamura, M.; Mori, M.; Sato, Y. Synlett 2005, 2019. DOI: 1055/s-2005-872225 (b) Mizoe, T.; Sayyed, F. B.; Tani, Y.; Terao, J.; Sakaki, S.; Tsuji, Y. Org. Lett. 2014, 16, 4960. DOI: 10.1021/ol502538r